124話 お目覚め
真実は確かに機密事項でした。
とりあえずお口にチャックして黙っておくことにします。
人類の恨みを買わないために!
まぁ、歴代の塔の主も同じことを思ったんだろうな…。
結局わかったのは、結界を解くと人類にとってはよろしくないということ。
ルアール王はともかく、エロ顔魔族は結界を消し、魔物をこの大陸に放り込むことを望んでいるということ。この二つくらいだ。
ルアール王は協力しているだけ…てことは…、ない…よねぇ。
「ソフィアがいたな」
ディアスがぽつっと呟く。
そういえばそれらしき美女にディアスは腕を奪われたのだった。
私はディアスの失った方の右腕を見つめ、見つめたところでふと先程と何かが違うことに気が付いた。
「ありぇ? 姉しゃまは?」
ソフィアのことはこの瞬間にぶっ飛んだ。
先ほどまでディアスの傍らで甲斐甲斐しく世話をしていた姉様がいない。
「ノーラならイネスに呼ばれて行ったが?」
母様が何か企んでいるのかもしれない。
ちょっと気になったので、父様が眠る部屋を見に行ってこようかなとハーンの膝を下りると、すぐさまひょいっとカルストに抱き上げられた。
おぉうっ、しまったっ、油断した!
「お休みの時間ですね。ちゃんと眠るまでお側におりますから」
にっこり微笑むその目がギラギラと輝いている!
「いえいえ、私は大人でしゅので必要ありましぇん」
ぶんぶんと首を横に振って必死の抵抗を試みた。
ここで捕まれば恐ろしいことが待っていると本能が告げている!
「反抗期ですね。あぁ…反抗期。なんていい響き。昔は我が主ヘイムダール様もよく反抗なさって、眠るまでの間の頬スリスリを嫌がったり、ちょっと飛び出たお腹にスリスリするのを嫌がったり。おねしょした時はパンツを替えさせてくれなかったりと」
「抹殺されたいか」
静かに剣を抜き、カルストの首筋に剣を当てるヘイムダールの目は真剣だった。
…ところで、その剣どこから出したの?
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「はぁ、またお休みタイムが邪魔されるとは…」
一通りの主従追いかけっこを終え、ぶつぶつ言うカルストを最後尾に、私達はぞろぞろと父様とセアンの眠る客間へと向かった。
二人は一応主と魔狼になるはずなので同じ部屋に置いたのだが、部屋を覗いてみれば、父様がベッド、セアンがソファに寝かされていた。
しかも、
「ナゼに二人とも女装でしゅか?」
チラリと部屋の壁側を見れば、もう深夜だというのに目を爛々と輝かせるメイド達の姿が。
これは完全に二人をおもちゃにして遊んだ後と見た。
そして、姉様もそのお遊びに参加すべく呼ばれたのだ。
現に、姉様はこの部屋で父様の唇に紅をひいているところだった。
「出来上がりです」
にっこり微笑む姉様に、母様がにっこり微笑む。
ダブルにっこりに鼻血が吹き出そうだ…。
じゃなくてっ!
「何やってるでしゅかっ?」
私が声をかけると、母様は今気が付いたように振り返った。
たくさん涙したせいか、綺麗な母様の瞼がほんの少し腫れている。
「シャナ、見て頂戴。この姿ならこの人が起きた時にとってもびっくりするでしょう?」
どうやら母様は父様を驚かせたいらしい。
まぁ、確かに、目が覚めたらひらひらのロリータファッションで、かつらも被り化粧も施されて、完璧な女装が施されていれば、自分に何があったのかと驚きますな…。
「早く起きないかしら」
母様は、いまだに心にダメージを負っているように見える。
やはり仮死状態とは言え、冷たくなっていく父様を見ていたのだろうから当然だ。
声は弾んでいるように聞こえるが、目はいまだに焦燥感たっぷりで、いつもよりもきょろきょろと忙しなく動いている。
「父しゃまを起こすには…」
「あれだろうな」
ハーンが目線だけで女装した騎士、セアンを示す。
私はうむと頷くと、ダカダカダカッと走り寄り、
「とぉうっ」
奴の腹に全身ダイブをかましてやりました。
ドスッと良い音がして、ごふっとセアンの口から息が漏れる。
「ぐっ…げほっごほっごほっごほっ…一体何が…?」
あ、起きた。
私は起き上がるセアンの体からずり落ち、そのまま寄ってきたノルディークに抱き上げられた。
すると、セアンはなかなかの美少女ぶりを披露し、痛みで涙目になりつつ、私を見上げてきたではないか!
美少女万歳!
あ、いやいや…これは変態。これは変態。
いかんいかん、危うく奴の元の姿を忘れてかぶりつくところだ。
実に恐ろしきは我が家のメイドのメイク技。
それはともかく、
「いつまで寝てるでしゅかっ! 早く父しゃまを起こすのでしゅっ」
ちなみに時間は深夜。本当なら寝ててもいいのだが、やはり母様を早く喜ばせてあげるために、今は起きてもらわねばならぬ!
そのためならば、私は涙を飲んで、この美少女のお尻をひっぱたいてやろうではないかっ!
「ちなみにそのときはぜひ『あっふん』声をよろしくお願いしましゅ」
あ、思わず心の声が…。
「あっふん?」
小首を傾げられてしまったっっ。
中身は変態騎士なのに、見た目がロリータで可愛い!
「ぬはぁぁぁぁぁ~っ」
我慢しきれずにノルディークの腕の中でもにょもにょと悶える。
そんな風に私が眉根を寄せたり、でれっと笑み崩れたりで百面相していると、私の心の葛藤に気が付いたのか、ノルディークが私をその胸に強く抱き寄せてにっこり微笑んだ。
「記憶を呼び起こして、君の魔狼を早く起こしてくれないか?」
ノルディーク、黒い笑顔による実力行使です。
「記憶?」
再び首を傾げるセアンは、ほんの少しお尻をずずっと動かし、逃げ腰になりながらも、しばらく右に左に首を傾げていたが、やがて眉間に皺を寄せ、頭を抱えだした。
おそらく私が梱包して渡した塔の記憶が漏れ出ているのだろう。
それらは、調子に乗って一気に開くと、片付けようのないほど散らばって溢れだし、やがて持ち主を廃人へと変える危険な代物だ。
変態だって、失敗すれば廃人になりかねない・・・はず。
じっと見つめていると、セアンは唸りだす。
「…ダメでしゅかね?」
「こればっかりはわからない」
塔の主達がじっとセアンを見つめて、待つこと数十秒…。
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「俺の姫君がこんなちんちくりんに!」
がばっと顔を上げたセアンの第一声は、私を見ての一言だった。
「その記憶はどうでもいいんでしゅ!」
ピキュっと音を立てて、歩くと鳴く子供用スリッパでセアンの頭を叩き、ついに私の正体を知ったセアンに突っ込むと、彼は廃人寸前の濁った瞳の色をして私を見つめる。
「しかもすでに…」
ノルディーク、アルディス、ハーンに視線を当て、はぁと溜息を吐く。
これは記憶のせいで廃人寸前でなくて、とある真実によるショックを受けて廃人寸前のようだ。
ほんとにどうでもいい記憶ばっかり覗いてるな…。
見た目は美少女だからその死んだ目は残念すぎるし…。
なんて思っていると、後ろから声が響いた。
「記憶に整理がついたのなら、さっさとアルバートを起こせ!」
痺れを切らしたディアスだ。
セアンは渋々と言った様子で父様の傍に立ち、指をパチリと鳴らした。
そんな動作で何が? と思えば、ぴくっと父様の指が動き出し、続いて大きく胸が上下して深い呼吸を繰り返す。
その後、少しずつ呼吸が整ってくると、父様はパチッと目を覚まし、続いて腹筋だけを使ってぐんっと体を起こすと、さらりと肩から長い茶色のかつらの髪が零れ落ちた。
そしてその髪をぼんやり見つめ、その手に掴んで、第一声…。
「何が起きましたの!?」
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そう言う父様にこそ何が起きましたの!?
父様、まさかの女性言葉で目覚めました。
実は起きてたんじゃないのですかね…。
思わずジト目で見てしまったのは仕方がないだろう。




