121話 なんですと~!!
結果を言えば、リアナシアおばあ様はお亡くなりになってしまいました。
ヘイムダールが横たわるリアナシアおばあ様を魔法で清め、抱き上げる。
塔の主達は私より長い付き合いなのだ、その胸の痛みも大きいだろう。
そして、父様…。
兄様が治癒士を連れてきてくれたが、父様もリアナシアおばあ様も間に合わなかった。
いつかは親とも別れるものかもしれないけれど…まだ、早い。
母様は呆然自失で座り込んだままだし、兄様は何か話そうとして何度も口を噤む。
姉様は…生きているけれど、目が覚めたら何と説明すればいいのだろう。
「う…」
しんと静まり返る中、ピクリと姉様の手が動き、ディアスが無事な片手で姉様の手を掴んだ。
「ノーラッ、無事か?」
自分も青い顔をして辛そうだが、姉様を心配して食い入るように覗き込む。
「ディアス…兄様?」
姉様はディアスの手を借り、ゆっくり体を起こすと、額に手を置きしばらく俯いた。
「私…ナーシャ様に…預かり物をして…」
預かりもの?
私が首を傾げると、姉様は掌を揃えて胸の前に出し、私達はその上をじっと見つめた。
すると、掌はぼんやりと青い光を灯し、そこに小さな何かを形作っていく。
「人間?」
ディアスが首を傾げる。
そこへ、リアナシアおばあ様を横たわらせ、祈りを捧げていたヘイムダールがやってきて、目を丸くした。
「どうしてそこにナーシャが?」
「おばあじゃま?」
相変わらずのガラガラ声で尋ねれば、ヘイムダールはわずかに苦笑して私に掌を翳した。
どうやら清めてくれるつもりらしい。
何しろ私、ドラゴンというよりは泥ゴンと化しておりましたからね、清めていただけるなら喜んでという感じだ。
しゃらしゃらしゃら~と水が体中を流れて行った感触がして、次にぱっと瞼を開けば、あら不思議、真っ白ドラゴンシャナの出来上がりだ。
「おばあしゃまどこでしゅかっ?」
喉も快調。
姉様の掌を食い入るように見つめると、掌の上で出来上がった何かは、人の形を取り、きっちり服まで着て起き上がった。
その姿は…
『こんな姿でごめんなさいね。アルバートを救うにはこの方法しかなかったの』
三等身でかなり可愛くなっているが、姉様の掌の上にちょこんと立っているのは、リアナシアおばあ様だ。
いつもの様ににっこり微笑み、覗きこむ皆を見回し、ディアスを見て眉根を寄せた。
『いい男が台無しねぇ、ディアス。やられてしまったの?』
その言葉にはっと顔を上げた姉様は、ディアスの片腕がないことに気が付いて息を飲む。
だが、ディアスは苦笑いするだけだ。
「油断した。次は大丈夫だ」
姉様は青い表情で今すぐディアスの腕を確認したそうだが、その掌の上にリアナシアおばあ様を乗せたままでは何もできず、もどかしそうだ。
ナイスお邪魔ですよ、おばあ様。
「ところでナーシャ、なぜ精霊になってるんだ?」
こちらもあまり顔色の良くないアルディスが尋ねると、リアナシアおばあ様はうふっと少女の様に微笑みを浮かべた。
『だって、死んでしまったのだもの』
いや…あっけらかんと言わないで・・・おばあ様。
それに…やっぱり亡くなってたのね…。
そういうわけで、私達は微妙な雰囲気でリアナシアおばあ様の死を確認したのだった。
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ミニナーシャ曰く、
年のせいかあっさり負けてしまい、でも子供達に会えるならいいかと納得しかけた所に、父様を見て彼だけは生かさねばと思ったらしい。
そこで、父様を生かすために塔の力を凝縮し、父様を眠りにつかせた。
いわゆる仮死状態という奴だ。
そして、塔の力を次の誰かに受け渡し、父様を起こしてもらおうと考えたらしい。
『何でもやってみるものよね~。できちゃったわ』
力の塊が精霊に形作られたのは、やはり塔の主としての力が強かったせいだろうと、ミニナーシャの女子高生のようなノリに疲れたように、ヘイムダールは告げた。
「昔はね、こういう風に精霊がたくさん生まれたんだ」
ヘイムダールがさらにぼそっと呟く。
彼はエルフなので精霊にも詳しいようだ。
「魔物も人も、魔族も獣も、強い力を持つものの残した力は精霊となり、たくさんの盟約を結んだ。だが、結界が張られてから、少しずつ精霊も生まれなくなったんだ」
「では、貴重な精霊の誕生を目の当たりにしたのでしゅねっ」
私が目を輝かせると、ヘイムダールは柔らかく微笑み、私の頭を優しく撫でる。
精霊としてリアナシアおばあ様の意思は残ったけれど、結局のところ本物のおばあ様はいないのだから、やはり微笑んでもどこか寂しげだ。
だが、精霊は違った…。
『さぁ! 人身御供を連れてきなさい!』
使命に燃え上っているのか、張り切り、元気だ。
「人身御供って…次の塔の主になれそうな人でしゅか?」
『そうよっ。私はそのためにいるのだからっ』
そうは言っても、塔の主になれる者の条件は、まず第一に、幻である塔が見れなくてはならない。
私の周りにそんな人はいないのだけど。
きょろきょろと辺りを見回すと、なぜか兄様の目が輝いている…。
いやいやいや…それは駄目でしょ、兄様。
あの記憶の奔流に耐えられる人間でないと。
「・・・あ、でも、私のやり方ができれば、条件は揃ってなくても塔の主になれるかもしれましぇんね」
要するに、記憶と知識のファイル化だ。
それさえできればあの膨大な記憶で気が狂うという事態は避けられる。
魔力については、受け取ったものを小出しにして少しずつ体に馴染ませていけば、数年もあれば全て受け切れるのではないだろうか。
なんてことを考えていると、ミニナーシャがきらりと目を輝かせる。
『それは私の力をシャナという名のフィルターにかけてできる事かしら?』
「ちゅまり?」
『私の力を一旦シャナに渡し、そこから契約者に渡すということよ。それで本来あるべき苦しみを避けることはできるかしら?』
社長から課長へファイルを手渡し、さらに課長から現場マネージャーにファイルを手渡すということね。
想像するに、できそうな気がするので頷く。
『では、さっそく。…あ、シャナが最初に触れた人物が次の塔の主になるから覚えておいてちょうだい』
兄様が目をキラキラさせて狙っておりますが…。
それだけは避けたいところだ。
とりあえず、力を受け取ったら兄様から逃げて、その上で誰を塔の主にするかじっくり考えよう。
私とミニナーシャはさっそく手を繋ぎ、目を閉じる。すると、すぐに膨大な魔力と記憶と知識が流れ込んで来た。
この一瞬は痛みに襲われるけれど、それをファイル化し、次々に段ボールに詰め込んでいく。今回はこのダンボールを渡す作業がある。
イメージでは12畳ぐらいの部屋いっぱいに段ボールが積み上げられ、ぎっちりと埋まった。
パチッと目を開くと、私の視線は少し高くなっており、どうやらうまくまとまり切れなかった塔の魔力が、ノルディークの魔力干渉を一時的に破ったようだ。
あ、服はリンスター家特製なのでちゃんと伸びました。
大人の姿ならばその筋力で兄様を避けるのも容易!
長い脚を生かして最初の一歩を踏み込んだ瞬間!
「我が姫! ここにいらしたのですか!」
ぎゅむっと私の手を取ったストーカー騎士、セアン・マッケイは、そのまま青の塔の全てを継承し、バタンと倒れたのだった。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・
「なんでしゅと~!」
一瞬で幼女に戻った私の悲鳴は、空に大きく響き渡った…。




