119話 異変
全力で大きな瓦礫を破壊する。それも頭上で。
するとどうなるか…。
もちろんこうなる。
「ぎょわああっ、落ちてきましゅっ、落ちてきましゅよっ! ぐほぅっ」
砕いても砕いても落ちてくる瓦礫は、自分達に降りかかる頃には小さな石ころか砂粒と化すのだが、そうなると今度は砂が目に入るわ、口の中はじゃりじゃりになるわで大騒ぎである。
では当初の予定通り結界を張ってはどうか?
世の中、全力で攻撃している最中に結界を張るなんて、そんな器用な真似ができる人はおりませんよ。出来たらば、それは全力で攻撃しているとは言わんのです。
それは、塔の面々も同じである。
幸い、足元からにょっきり出かかっていた魔物に砂がかかったり瓦礫が落ちたりで出てこれなくなっているのでまだいいが、この瓦礫が全て地上に落ちた後はどうなるかわからない。
そうなったら今度は魔物とも戦わなくてはならないはずだ。
どこの誰だか、元王様だか知らないけれど、次から次へと仕掛け過ぎじゃないですかねっ!
「シェール!」
もうもうと煙の舞う中、ハーンの声が響き、シェールがいるであろう位置から高魔力が解き放たれる。
それも大魔法並みの威力だ。
なんだかすごいですね。
あり? でも、シェールってあんなに魔力強かった?
なんてのんびり考えている暇もない。
ちょっと失敗すると大きい塊が落ちてくるので、それは飛んで避けるしかないのだ。
「ばっびょうっ」
口の中が砂だらけでじゃりじゃりだと、喉もじゃりじゃりで叫ぶ悲鳴もにごります。
随分と長い間(本当はそんなに長くはなかったかもしれないが)、私達には1時間にも2時間にも感じるような時間を越え、ようやく、瓦礫は落ちてこなくなった。
砂煙が少しおさまり、視界が開けてくると、見えてきた学園の防護壁は半壊。
学生達は地面に降り、げふげふと咳き込み、目をごしごしと擦っている。
「みじゅぅぅぅぅっ」
口の中と目を洗いたい。
「そうも言ってられん」
よろよろと立ち上がったのは何とか回復したらしいファルグだ。
とはいえ、血が足りていないのか、あまりまっすぐ歩けず、部下が肩を貸してようやく立つことができたという状態だ。
そんな彼が見据えたのはやはり地面のゴブリン。
一部は砂に埋まり、一部は瓦礫に潰されたが、大半が私達同様残っている。
ゴブリン達は、頭上の危険が無くなったのを感じたのか、遂にその体を地上に這い上がらせてきた。
「抜剣!」
ルイン王子の叫び声が響き、学生達は目を真っ赤にし、涙をボロボロこぼし、剣を手に咳き込んでいる。
真剣な場面ですが…、何というか…、ダメっぽい雰囲気がひしひしと…。
砂埃で顔を汚し、目は真っ赤。時々咳き込み過ぎて息苦しそうな生徒達のその姿は…はっきり言ってゴブリンより怖い!
だが、戦闘は始まった。
「魔族共…。下種な魔物を殲滅せよ」
ファルグも少し掠れた声で低く命じる。
ここからは殲滅戦である。
学園と魔族、協力して事に当たる。
自然と共同戦線になったが、誰も気にしていないようなので大丈夫のようだ。
昨日の敵は今日の友! である。
さて、魔法が使えない状況では私はおじゃま虫なので、皆から離れ、防護壁に背を向け、両手にポンポンを装着。
私にやれる精一杯をこなすべし。
「がんがれ・がんがれ・び・な・じゃ・まっ」
砂のせいで声がガラガラだ。だが、皆条件は同じっ。ここは戦っている者達と心を一つにし、私は私にできる最高の応援をするのです!
「ばげるな・ばげるな・び・な・じゃ・」
「ごえーがらやべろ!」
筋肉アルフレッドからダメ出しが出た。
怖いからヤメロとはこれいかに…?
仕方ないので振りだけすることに。
お尻をフリフリ、ポンポンを顔の前でぐるぐるまわす。
エクササイズを兼ねてるわけではないのよ。最近太ったと感じているわけではないのよっ。えぇ、決して!
ついでに短い脚を上げてカンカンダンスも踊っておこう。
ナイスバディの為に!
「短いあじぼえ(足萌え)~っ」
お、クラスメイトの一人に火がついたっ。
ものすごい勢いで鉄球の付いた武器を振りまわし、敵に突っ込んでいく。
一部味方も危険にさらされてますが…。まぁ、いいか。
…ひょっとして幼女好き…の例の奴だろうか…。
短い・・なんて言ったのだろう?
その頃、別の場所ではシャンティが…ゴブリンを踏みつけていた。
「あだじの体重おもぐないがらべ!」
なまって聞こえますよシャンティさん。
大丈夫、大丈夫。乙女の体重は皆軽いのです。
さらに別の場所ではピコハンが乱舞! ハリセンが敵をバッタバッタと叩き落とす。
いつの間にそんな武器が発達したのだろう…。
我が悪友達が活躍しているようだが…。
いろんな意味で彼等を『突っ込み隊』と名付けておこう。
さて、数は多いけれど敵は低級な魔物。
こちらは魔物よりももっと上級の位置にいる魔王や魔族の皆様方がいる。
ほんの少し時間はかかったものの、ゴブリンによるけが人はほとんどなく、無事敵の殲滅に成功した。
「「「おぉぉぉ~っ」」」
勝利の声があちこちで上がり、私もほっとして肩の力を抜く。
とりあえずは皆無事…といかんいかん、ディアスのケガがありました!
きょろきょろと周りを見回せば、皆の動きで舞い上がる砂煙の中、アルディスに支えられるディアスの姿を発見。
「アルじゃん! ディアジュ! 無事でじゅがっ」
駆け寄ると、二人の傍には背筋の伸びた背の高い文官風の男性が一人。
金糸の髪に、透き通るような青い瞳。顔立ちは整っており、鬘でも被れば女性にも見えそうだ。
そんな彼の白磁の肌は、抜けるように白く滑らかで、頬ずりしたくなってしまう…。
いかんいかん、煩悩は消して…。気になることと言えば、彼の耳が尖っていることだ。
ひょっとして…。
もしやと思った時にはすでに体が動き、彼の体を登ってその耳に触れていた。
「エルフでじゅが?」
「えぇ、そうですよシャナお嬢様。お初にお目にかかります。私はヘイムダール様の執事…からつい先ほど魔狼となりましたカルストと申します」
「カルじゃんでじゅね。ジャナ・リンジュダーど申じまじゅ」
ぺこりとお辞儀すると、カルストはふふふと微笑んで私を撫でる。
「可愛いですね。お話は聞いておりましたが、もっと早くお会いしたかった。そうしたらたくさん遊んで愛でてさしあげられましたのに」
…気のせいでしょうか、目がやばい方向に輝いて見えます。
「カル、シャナは幼女だが、普通の幼女じゃないから襲うなよ」
アルディスが釘をさすと、カルストはうふふと微笑み、へばり付く私を抱きなおした。
「まずはその口のじゃりじゃりを何とかしてあげませんと」
いや・・・ちょっと、何やら空恐ろしいものを感じるので遠慮したいのですが…。
心臓はドキドキ、冷や汗だらだらで見つめあっていると、砂煙をあげてヘイムダールが走ってきた。
「カルスト! ここを頼むっ! 全員転移する!」
は? と問う暇もなく、主の意をくんだカルストが、私をポーンと投げ飛ばし手を振っていた。
「なんでじゅど~!?」
そのまま私はアルディスにキャッチされ、駆け寄ってきたノルディーク、けが人のディアス、アルディス、ヘイムダールと私の5人は、ヘイムダールの魔法により転移させられることになった。
_____________
気分は吊るされたミイラ…
アルディスは私をキャッチしたが、逆さにキャッチしており、しかも掴んだのは足だった。
そしてその体勢を直す間もなく転移。
私は服の中に入った砂をバラバラとこぼしながらブランブランと揺れていた。
ミイラを想像したのは乱暴に扱ったら崩れそうな気がしたからなのだ。この落ちる砂の様に…。
「無茶するな! ディアスはけが人だぞ!?」
アルディスは痛みで顔をしかめるディアスを見ると、ヘイムダールに抗議した。
「・・・・・・・・・」
「べいんぐん?」
ヘイムダールはアルディスを見ていなかった。
まるで絶望したような表情で前を見据え、小さく呟いた。
「間に合わなかった…」
何が?
私は吊るされたまま、首だけヘイムダールの見ている方に動かし、息を飲んだ。
「どうじゃま!」
アルディスの手を蹴って地面に降りた私は、ぐったりと横たわる父様の元に駆け寄る。
その傍らには涙をこぼす母様と、床に倒れている姉様。
「レオノーラ!」
ディアスも傷の痛みを堪えて駆け寄る。
「何が…」
尋ねる私達に、母様は呆然とした様子で私達の背後を指さし、ぐるりと振り返った私達が見たもの。
それは…
「おばーじゃま!」
血の海に沈むリアナシアおばあ様の姿だった。




