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守護塔で引き籠ります!  作者: のな
VS 魔族編
119/160

118話 崩壊

 まず始めに、にょきっと魔王ファルグの体から腕が飛び出し、皆ぎょっと目を丸くした。


 息を詰めて様子を窺っていると、続いて黒髪の頭、細い肩、くびれは少な目の腰、太めの腿に、短めの足が抜け、ぼんやりとした様子の女がファルグの体の上に浮かび、しばらく揺らめいていた。

 その顔は疲れ切り、髪で顔も隠れ、まるで幽鬼のようであったと後に魔族は語った。



___________



『ただいま帰りました~・・・』


 私はぐったりした状態でファルグの中から抜け出た。

 ある意味這い出たと言っても過言ではないかもしれない。

 なぜかしばらく皆に遠巻きに見つめられた後、ようやく第一声が掛けられた。


「もういいのか?」


 ハーンが私の顔を覗き込むように尋ねてきたので、私は笑みを浮かべる。

 ただし、笑みと言ってもにっこりではない。


『ふ…ふふふふふ…。良いですとも。もちろん良いですともよ。こちとらまさか初めてとは思いませんでしたが!』


 何が初めてって、ファルグではなく私がという意味だが、ハーンは誤解したようで、一瞬目を丸くしていた。

 ハーンが生まれているのにファルグが純潔のわけ無いでしょうが!

 まぁ、本人もすぐに気が付いたようだけれど。


 まったく・・・


 やれやれと肩を竦めると、遠巻きにこちらを見ていたシェールが尋ねてくる。


「えぇと、・・・シャナなのか?」


 シェールの訝しげな声に、私は顔を上げ、ふふんと胸を反らした。


『佐奈お姉様と呼んでよくってよ』


 この口調だとアデラのようだわ。

 そんなことを思いながら微笑むと、ぽかんと口を開けて私を見上げるシェールの向こうに、何やら黒いオーラを纏った男が一人…。


 タラリと冷や汗が流れた。


 こ…これは何やらまずい気がしますね。

 私は急いで体に戻ることにし、シャナの体に目をやったが…中に入るのを一瞬ためらった。

 

 シャナの肉体は、座ってファルグの体に手をついた体勢で、白目をむいて口を開けっぱなしにし、どこか笑っているように見える不気味な姿になっていたのだ…。

 

 ・・・・・と、とりあえず中に入りましょう!


 見なかったことにして、黒いオーラから逃げた。

 これでとりあえず佐奈である自分は安全だし…。





「て…同じことでしゅー!」


 バチィッと黒目が戻ったところで、私は佐奈の魂が体に逃げても、結局は自分に戻るだけであって、ノルディークの黒いオーラから逃げることにはならないことをいまさらながらに悟った!

 何という凡ミス!

 ぼうっとしてはいられませんよっ。急いでここを立ち去らなくてはっ。


 だが・・


「うわっ!」


「これは…」


 ん? 

 

 すぐに逃げの体勢をとろうとした私の耳に、シェールとハーンの声が届き、思わずそちらをちらっと見て立ち止まってしまったのが運の尽き。

 ぐわしっと頭を掴まれ、そのままギリギリと絞められる。


「ぬひょぉぉぉぉぉぉぉ~っ」


 ディアスにやられたことはあるけれど、まさかノルディークにこれをやられるとはっっ。

 地味に痛いのよ…。


「シャナ。誰が命がけで愛人を増やせと言ったのかな?」


 黒い、オーラと笑顔が黒いっ。


「言ってましぇんね…」


 しょぼんとしながらぷらんぷらんと振り子のように振られる。

 意外と私の首って丈夫ね…。




 さて、その後、ノルディークは私をぷらんぷらん状態にしたまま、数分間に渡り耳元で囁くような説教をかました! 

 わかるだろうか、美ボイスによる耳元囁きの説教の恐ろしさが。

 

 背中はゾクゾク、鳥肌がぞわっと立ちあがり、聞く度に思わず悶えてしまうのだ!


「はうぅぅぅぅんでしゅっ」


 血まみれの着ぐるみドラゴンが、どす黒いオーラを持つ男に囁かれて悶えるその様子は、はたから見るとかなりシュールだ。


 こんな状況になったのも、シェールとハーンの驚きの声のせいだ。

 先程、一体彼等は何に驚いたのかと問いたださねば。


 ひとしきり悶え、解放されてぜぇはぁと息を吐きながら地面に突っ伏した私は、首だけ動かしてシェールとハーンを見やった。


「先程の驚きはなんでしゅか?」


 見れば、なぜかシェールは片手で片腕を抑えて眉を寄せ、何かを堪えているように見える。

 ハーンはシェールよりはましなようだが、時折ピクリと眉間に皺が寄るので、二人とも何かしら痛みでも感じているのかもしれない。

 

 私がじっと観察していると、地面に突っ伏していた体がふわりと浮き上がり、再びノルディークが耳元で囁く。


「他の男を見ては駄目ですよ、シャナ」

 

 嫉妬! ノルディークの黒い嫉妬!


「見てましぇんよ。大丈夫でしゅ。愛ちていましゅわ、ノルしゃん」


 どこの昼ドラだ…というセリフを発して、ノルディークのお胸にスリスリ、ついでに、いつの間にか整えられている胸元をくつろげ、その生肌にむちゅっと唇を押し当てておいた。

 ノルディークはそれで機嫌を直したわけではないが、にっこり微笑むとその顔を近づけ、長いまつげが伏せられて、今にも唇が重なるというその瞬間・・・。



「何か…来るぞ!」


 ハーンの警報が出た。


「ハーン警報でしゅ! 戦闘態勢!」


 魔族も、壁の上の生徒達も状況が状況だけにすぐに身構える。

 しんと静まり返ったその時、ごぽっと水音のようなものが響いた。


「今の…」


 下から?


 ノルディークに抱き上げられた高さから下を見下ろせば、湾曲し、鋭く尖った黒い鉤爪(かぎづめ)が地面から生えてきた。

 それも無数に…。


「馬鹿なっ!」


 叫んだのはヘイムダールだ。

 どうやらありえないことが起きたらしく、いまだ体の傷が残るファルグを治療しながら辺りに増えていく鉤爪を見て手元の治療の光が揺らいだ。




 ゴォォォォォォォンン

 ズゥゥゥゥゥゥン


 鈍い音がどこからともなく響き渡り、私達はきょろきょろと辺りを見回す。

 

 鉤爪が地面にがきっと引っかかり、全身が鈍い鉛色をした小鬼が姿を現し始める。

 

「ゴブリンがこんな場所に出やがった!」


 魔族の叫びに学生達が息を飲んだ。

 

 ゴブリンと言えばファンタジーでもゲームでも有名な魔物だ。小説の中にはとっても良いゴブリンちゃんなんかもいそうだけれど、おおむね悪い魔物だ。

 

 塔の結界に守られ、魔物の侵入を阻むはずのこの大陸、その人間の住む王都で、ゴブリンを大量に見かけるなどということは普通ありえない。

 学生達に塔は見えないけれど、絵本を読んで育った子供達ならば知っている。

 

 この大陸に魔物が大量発生することはない…。


 だが、それが現れた…?


 ドクリと心臓が大きく脈を打ったその時!


「全員、上だ!」


 カッと目を見開き、意識が復活した魔王ファルグの叫びに、下ばかり見ていた者達全員が空を振り仰ぎ、目の前に迫る瓦礫に声を失う。


 巨大な瓦礫は、何か建物が崩れ去ったかのような・・・・


「ましゃか…」


「結界起動…」


 ルイン王子の声がかすかに耳に届き、私はすかさずさっと黄色いメガホンを召喚し、それを片手に叫んだ。


「攻撃魔法最大出力! 瓦礫をぶち壊しぇ!」


 私の叫びに、魔族が反応し、つられる様に学生達が魔法を放った。

 ルイン君には悪いが、おそらくこれは結界防御ではダメだ。

 その判断が正しかったか、間違っていたかはこれからわかる。


 

 目の前には…


 

 緑の塔そのものが落ちてきていた・・・・・。






 

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