116話 魔王を救え
今回はあまりコントロールがうまくない私の結界だったため、さすがに足元が大きく揺れて全員が座り込んだ。
結界に覆われていた暴走魔法だが、こちらは塔からの攻撃にあまりびくとしなかった。というのもそれを抑えるために張られた結界が塔からの魔法の威力を皮肉にも弱めてしまっていたせいだ。
もう駄目かと一瞬絶望がよぎる…。
しかし、そこで奇跡が起きた!
なんと! 中に放り込んだクラゲ達が生きており、増殖しつつ魔法を喰らって弱めていったのだ!
お蔭である程度弱まった瞬間に結界が解かれ、功労者であるクラゲの大増殖と、暴走魔法は塔からの魔法に打ち砕かれたのであった。
ありがとうクラゲ達…。
そして、空の暗雲がすっかり晴れ、綺麗な青空と、私達関係者と見ることができる稀な人々が空に浮かぶ塔を見上げる。
そこから小さな粒が急降下してくるのだが、それはおそらくヘイムダールだろうと思われた。
だが、彼をのんびり待っている暇はない!
「綺麗な布でしゅ! 医療班でしゅ!」
慌てる私にはっとして、魔法の衝撃から立ち直ったルイン王子が叫ぶ。
「医療班! 急いでけが人の手当てを!」
このケガ人とは主にディアスを示す。
姉様か母様がいれば癒しの魔法が使えるのだけれど、二人は町の人々の誘導に回ったのでここにいない。
私の癒しではケガを悪化させるだけだろう。
「親父!」
ハーンは高い防護壁を飛び下り、魔王ファルグの元へと駆け寄っていく。
おそらくあちらの方が致命傷だ。
遠目だったけれど、魔王はその胸を刺し貫かれていたと思うから…。
「シェール、シェールッ、どうしましょうっ。どうしたらいいでしゅかっっ?」
涙目で慌てる私をシェールは抱き上げる。
何しろこんな血みどろの状況は経験がないのだ。もちろんそれは私だけでなく、多くの子供達も同じで、皆何かしたいが何をすればいいのかわからず立ち尽くしていた。
シェールも私の背中を撫でてなだめつつ、ほんの少し震えている。
ここはお姉さんの私がしっかりしなくては!
自分を奮い立たせてやれそうなことを考える。
ノルディークとアルディスはすでにディアスの治療に当たっている。それならば…。
「シャナ! 一体何があった!?」
叫び、駆け寄ってきたのはヘイムダールだ。彼は傍に背の高い青年を引き連れている。
二人はちらりと辺りを見回し、そこにディアスを見つけて驚愕に目を見開いた。
「ディアス!」
「ヘイン! 魔王の方をお願いします!」
駆け寄ろうとするヘイムダールを引き留めたのはノルディークだ。
ヘイムダールはディアスに向けていた足をピタリと止め、傍にいた青年の肩を叩くと、壁下を覗き込んではっと息のみ、降りていく。
私はシェールに頼んで後を追った。
「ハーン、退いてくれ。治療する」
ヘイムダールは魔族を押しのけ、魔王ファルグの胸に手を置く。
治療のために開かれた胸からは血が溢れてきている。部下が何人もそれを抑えて止めていたが、あまり効果はない。
ヘイムダールの手もすぐに真っ赤に染まった。
「助かるか? ハーフエルフのにーちゃん」
「その呼び方はやめてくれないか」
魔族に呼ばれたヘイムダールは眉根を寄せながら呪文を繰りだす。
ハーフエルフ・・・。
塔の記憶を紐解けば、ヘイムダールはほとんど人間寄りのハーフエルフのようだ。
エルフのような尖った耳も無ければ、硬質な雰囲気を感じさせる顔立ちでもなく、容姿はほとんど人間である。
だが、魔法探知やコントロールに優れ、使い魔の契約を導くことができるのはエルフの特徴のようだ。
そして、人よりもずっと強い治癒力…。今はそれが頼りである。
「父親似だな」
魔王ファルグはヘイムダールを見て笑う。
「似たくありませんよ。少し黙らないと乱暴に扱いますよ」
「…本当に父親似だ」
どうやらファルグはヘイムダールの父親を知っているらしく、苦笑した。だが、その笑いの後にごぼりと血の塊を吐き出す。
「! ファルグ!」
私はシェールの腕から降りて駆け寄り、ファルグとヘイムダールを交互に見やった。
「来たか…」
ファルグはにやりと微笑むと傍に座り込んだ私の頬に触れて微笑む。
「あまり話さないでください。命を縮めますよ」
ヘイムダールの忠告も無視してファルグは私に話しかけようとするので、私は彼の口をとっさにべしっと塞いだ。
「殺す気かっ」
慌てたシェールに手を掴まれ、私がはっと我に返ると、ファルグは低く笑っている。
だが、顔色は悪くなっていく一方だ。
このままではおそらく…
「気に…するな」
ごほっと吐き出す息の中には大量の血が混ざる。おそらく息をするのも苦しいのだろう。
ヘイムダールが癒しているが、癒しが追い付いていない。
どうする…どうしたら…。
私の頭の中はその言葉がぐるぐるとまわり、今までの過去を脳が勝手に再生しだす。その中には塔の過去も混じり、頭の中は大混乱だ。
こんな状態で冷静に物を考えることは不可能なのに、目の前のファルグの血がなんとかしなくてはと気持ちを焦らせ、ますます冷静さからは遠のいていくようだ。
そして、ある瞬間ふっとよぎった記憶が…。
「ひょっとして…」
私は防護壁の上へ視線をやり、何人かの生徒が身を乗り出してこちらを見ている姿のその向こう側にいるであろう姿を思い描く。
ノルディーク…。
彼の存在が間違いでないのなら、ファルグも救えるかもしれない。
あの時の様に気持ちは落ち着いてはいないし、うまくいく保証はないが、これが成功すれば彼は間違いなく助かるだろう。
ごくりと唾を飲み込んだその時、ふと手にファルグの手が触れ、私はその手を取った。
「勝負は…私の」
「まだ終わってましぇん! ちょっと黙んなしゃい!」
ビシッと言ってやると、私はヘイムダールの邪魔にならないように気をつけて、ファルグの胸に手を置き、深呼吸した。
「シャナ?」
ヘイムダールが訝しげに聞き、私は真剣な表情で自分の手を見つめる。そして、その両手に光を点らせた。
「っ!」
「!?」
シェールとハーンが胸に手を当て、ガクッと膝を着く。
そして、壁の上からノルディークが現れ、胸を抑えながら叫んだ。
「二人ともシャナを止めて下さい! シャナ! やめるんだ! 魔王の魔力は人が下せるものではない!」
まさか…とヘイムダールは驚きの表情で私を見やり、私はにんまりと口元に笑みを浮かべた。
「この勝負、勝たせてもらいましゅ!」
チートな私のチートな能力による、ちょっぴり無茶ぶり。
魔王を我が狼さんにしよう計画が発動した瞬間であった。
ちなみにこの勝負、勝てば魔王が狼さん。負ければ共に死ぬかもというかなり大きなものになった。
もちろん負ける気はないけどね!




