115話 激震 ※
残酷描写が入ります。苦手な方はお避け下さい。
世界が一瞬灰色に染まりました。
「だ…大魔法ってすごいんでしゅねぇ」
しんと静まり返った防御壁の上、ハーンの腕の中にぎっちり抱きしめられ、がっちり抱きしめ返す私はぼそっと呟いた。
「あれがいなければ死んでたかもな」
ハーンがぼそりと返し、腕を緩めたので彼が顎で指し示す方向を見やれば、そこには結界魔法を発動させたノルディークと、その横に立つアルディスの姿があった。
「いちゅの間にアルしゃんが?」
疑問に思いながら目をパチパチ瞬き、ハーンの腕から抜け出てふと辺りを見回せば、呆然としている生徒達。
彼等は一様にノルディークとアルディスの手が翳される方向へと目を向けており、私もそちらを向いてぎょっとした。
学園の防護壁の前、魔族達がいた広場に巨大な球体結界が出現し、その中で風と泥と炎が入り混じって暴走している。
「ひょっとして大魔法を閉じ込めたのでしゅか?」
「たぶん。ノルディークとアルディスさん、それに魔王がいなかったら、あちこち焦土と化していたかもしれないな」
シェールもその顔に驚きを張り付けながら球体を見上げていた。
「大魔法を使うならもう少し状況を考えて使え」
「ほえ?」
がしぃっと頭を片手で掴まれてギリギリと締め上げられた。
いたたたたっ。
今、こういういことするのはただ一人!
「何するでしゅかディアスっ」
べちべちとディアスの手を叩いて抗議すると、ディアスは私の頭を意外にあっさり解放した。
とりあえず頭の形が悪くならないようにさすっておく。
「取り敢えずこれを消し去るのが先決だ」
ディアスはそう言うと小さく呟くように呪文を唱え始める。
まるでお経のような言葉の羅列に何が何やらわかりませんが、とりあえずこの結界に閉じ込められた大魔法を消滅させねば危険ということですね。
そう言うことならと協力しようと手を伸ばすと、後ろからべちぃっと頭を叩かれた。
「やめんか!」
「そうだよシャナ! シャナが関わると解決するものが大事になるんだから!」
いきなりあらわれて失礼なことをぶっこくのは我が悪友、筋肉アルフレッドとそばかすオリンだ。
こうして見ると、アルフレッドの筋肉は、魔族の筋肉を見た後では見劣りする…。
まだまだ細マッチョかな。
あ、そういえば魔族はどうなったのか。
再び頭をさすり、むっすりしながら防護壁の下を覗き込めば、ムキムキマッチョ軍団は忙しそうに働いていた。
「何してるでしゅかー?」
「あぁ? あぁ、嬢ちゃんか。この暴走した魔法を消すための補助魔法陣を書いてるんだ」
さすがは魔族。何やらよくわからないが魔法に対する対処が早い。
私はと言えば、そのよくわからないを突き止めるために、塔の知識のページをめくり始める。
膨大な知識の中から大魔法発動の項目を見つけ、さらに絞り込むのはかなり骨が折れた。が、なんとか見つけて読み込めば…。
「にゃんと!」
叫び声をあげた私に、あれを消そうとしている者達以外の者がびくっと反応する。
何しろ戦場は現在しんと静まり返っているのだから当然だ。
「な、何?」
シャンティが我に返ったようでこちらに駆け寄り、尋ねた。
「あれはでしゅね、大魔法同士がぶつかり合ってできた暴走魔法なのでしゅ」
「「「は?」」」
シャンティ、アルフレッド、オリンの三人が首を傾げた。
そこで私はすちゃっとどこからか取り出だしたるダテ眼鏡を装着し、説明を始めた。
大魔法のぶつかり合いというのは、たいていぶつかり合ってともに消滅するのがほとんどなのだそうだ。
しかし、魔法の性質によってはどちらかの魔法を強くすることがある。
たとえば火の魔法に風の魔法をぶつけると炎の渦が出来上がるといった具合に。
それを合成魔法というらしいが、難しいので合体魔法と呼びます。
それとは別に、火の中に風が溶け込み、元の魔法の操者を無視して大爆発などの別の威力を発揮するものがある。
それが今起きているもので、これを合成無操暴発魔法というのだが、これも難しいので合体無双暴走魔法と名付けよう。
「確率は10万分の1の発動率でしゅ」
得意げにうんうん頷くのはメガネ美少女先生シャナだ。
ぴこ~ん!
頷いたところで、遠くからなぜか突込みのごとくピコハンが飛んできた! しかも私の頭にメガヒット!
くっ・・・これは我がクラスの悪友の一人、ピコハンマスターの仕業に違いないっ!
「「「それは絶対シャナのせいだー!!」」」
「ちっけいな!」
10万分の1なんて運が悪かったとしか言いようがない。私のせいではないぞっ。
悪友達が声を揃えて叫んだので、抗議しておきましたよ!
とにかく、あの結界の中身が飛び出ると、思わぬ被害が広がるため、ノルディーク、アルディス、ディアス、魔王、それと子分達が消し去る作業をしているらしい。
おかげで戦いが思わぬ形で止まっちゃいました。
ヘイムダールがとある準備をしているのだけれど、それも無駄になりそうな勢いだ。
「…とりあえず応援しましゅか」
その言葉に友人達が頷き、皆ぞろぞろと集まると、その手にポンポンを取り出した。
どこから出てきたかは説明すると長くなるので簡単に言うと、その辺を走っていたクラゲである。
掴んだだけではヒル化しないようなので、それをポンポン代わりに足を上げて腰をフリフリ、アリスとドラゴンのチアだ。
「ふぁいと~・ふぁいと~・み・な・しゃ・ま」
「頑張れ・頑張れ・み・な・さ・ま」
「負けるな・負けるな・み・な・しゃ・ま」
「ポロリが・欲しいわ・ま・ぞ・く」
おおっ、ポロリ推進派!
「ポロリは・やめてね・ま・ぞ・く」
おぉっ、こちらは阻止派。
「気が散るからやめんか!」
ディアスに怒られました・・・。
「じゃあ見学しましゅか…」
塔の面々と魔族が動いているのだ、何も問題はないだろうと見物を決め込むことにすれば、周りの友人達もそうねとばかりにシートを敷き、お茶を飲み始める。
様相はアリスのお茶会なのだが、作業している者達にとってはきっと目障りだろう。ディアスの額には青筋が立っていた。
そんな中、ポンポン代わりに持っていたクラゲをじっと見つめ、私ははっとして他のお茶を飲む友人達に視線を向け、クラゲを指さした。
そこは長い付き合いの友人達、おぉと感心するように目を輝かせ、うんうん頷くと、クラゲを両手に立ち上がり、私と共に構えた。
「魔力を吸い取るならあれも吸い取るでしゅよ!」
「行ってらっしゃい!」と声をかけ、全員が結界の中めがけてクラゲを投げつけた!
これにはノルディークもぎょっと目を剥く。
「何か起きたらどうするんだ!」
アルディスの叫びにはっと皆が我に返った。
「「それは考えてなかった・・・・」」
「アホかー!」
アルディスにしては珍しく叫び、私達はドキドキしながら様子を窺ったが、何も起きないようだ。
ほっと息を吐くと、ちょうど壁下で魔族が声を上げ、魔法陣が発動する。
これで暴走した大魔法も消せる目処が立ち、ほっとした空気が流れたその瞬間・・・
「予定にはなかったが、丁度いい」
低い声が響き、皆がきょろきょろと辺りを見回す。
すると…
「何か来るぞ!」
ハーンの叫び声にびくっと私は飛び上がる。
「「陛下!」」
壁下で魔族の叫び声!
何事かと壁の淵から身を乗り出すようにして皆が覗き込めば、魔王ファルグの胸から赤く染まった剣が飛び出していた!
「な・・・に?」
遠目でわかりづらいけれど、あれは…本物の血?
そして、その攻撃を繰りだしたのは…例の塔で会ったエロ顔の魔族だ!
「こっちもか!」
ハーンが叫んで私を抱え込み、私は彼の腕の隙間からその光景を目の当たりにした。
「ディアス!」
私は悲鳴を上げる。
「がぁあああっ!」
ディアスが叫び声をあげ、その片腕が斬りおとされ、血飛沫と共に右肩から先が床に転がった。
「失礼。あの魔法は爆発させたいものですから」
私達の前に現れ、ディアスの血で真っ赤に染めた剣を振ったのは、長い深緑の髪の女性…。
その姿にノルディークが、特にアルディスが信じられないと言った表情を浮かべるのを見た。
ビシビシビシビシッ!
支えが一気に減ったことで、大魔法を閉じ込めた結界にヒビが入り、私ははっとして咄嗟に空に向かって叫んだ。
「ヘイムダール! 撃ってくだしゃい!」
返事はないがおそらくためらっている。だが、緊急事態だ。対魔族用だったがそれどころではない!
「「「撃て、ヘイムダール!」」」
私、ディアス、ノルディークの叫びで、空にきらりと光が見えたかと思うと、雲を割って空に浮かんだ塔から魔法が放たれた!
対魔族用に隠していた塔からの攻撃。
塔には魔法を増幅させる力がある。現在偶然にも王都の上空にある塔を使い、それを放たさせた。
暴走した大魔法をこれで消し去る!
「各自結界展開!」
咄嗟に第二王子ルイン君の声が響き渡り、学生達を動かす。
私は王都が破壊されぬよう、他の塔の主が動けぬ今、学園の広場のあの結界にだけ魔法が当たるように結界を張り巡らせた。
チートの力を今使わなくて何とする!
成功するかは神頼みだけど!
ちなみに突然現れた謎の者達には何の防御もしてやらない。
女はそれをわかっているのか、赤い唇に笑みを浮かべるとすっと姿を消した。
そして
ズゥゥゥゥゥゥゥンン!
再び王都は地響きとともに大きく揺れたのだった。




