110話 さらに改良
魔王が帰り、私はかぼちゃパンツ一丁姿だったので兄様のマントで包まれ、シェールと共に馬車に揺られての帰宅となった。
塔の面々はと言えば、口説き落とした子に魔力を少し吸ってもらい、動くのに支障のない状態になると、魔力干渉の出所を探しに行ってしまったので家には私とシェールだけが戻ることとになったのだ。
兄様は、騎士のお仕事があるのでクラゲを没収して抱えたまま城に向かい、ハーンは剣技を頼りにされ、護衛代わりにヘイムダールと共に行動するらしい。
おかげで私は少々ご機嫌斜めですとも。
「私も手伝えましゅのに~」
とぼやけば、シェールが苦笑する。
「さすがに半裸の幼児を連れまわすわけにはいかないだろう?」
馬車は屋敷の門前に停まり、シェールは先に降りると、降りようとした私をひょいっと抱き上げながらそう告げた。
確かに半裸の美少女が目立つ男達と共にいたらあらゆる人々の視線をわしづかみにしてしまう。
世の美少年、美少女を、この美貌とお肌で惑わして未来をふいにさせるのは忍びない…。
「少年少女の味方でしゅからね、私は…むふ…むふふふふふ」
町に出れば私から目を離せない美少年、美少女を想像して思わず口から笑いが漏れだした。
この時、シェールは塔の主達が変態扱いされないよう避けたのだと言う真実を思い浮かべ、何とも言えない表情になっていたのだが、もちろんそれは私にはわからなかった。
それはともかく、玄関を開けると…
「ニャー!」
「ニャー!」
「ニャニャー!」
大量の子猫…
「シェール君っ、扉を閉めて!」
珍しく慌てる母様が走ってきて叫び、シェールは慌てて扉を閉めた。
急いで閉めたので猫は外に出なかったようだが…。それにしてもこの猫は一体??
再び家の中を見れば、何十匹という愛らしい子猫と、少し離れた所に転がる小さなふわふわの子犬がっっ!
「誰かから預かったのでしゅか? 拾ったのでしゅか?」
母様なら動物を何十匹と拾ってきても不思議はないので尋ねてみる。
それにしても…なぜか猫も犬も物欲しげに私を見上げているのだが、私は餌ではないぞ…。
「違うのよ、これは吸い取る君5号なの」
母様はなぜか照れたように正体を明かす。
吸い取る君と言えば…我が名を付けられようとしていたあのヒルの事ではないか?
で、母様はなぜ照れているのだろう?
私は子犬と子猫にじぃぃぃぃっと見つめられ、少々恐怖を感じる中、シェールは足元の子猫を見下ろし、しゃがんでその頭を撫でようと…。
「ギニャッ」
いま変な声が…と思った時には子猫は私に飛び掛かり、その体を巨大なヒルに変化させた!
「やっぱりヒルでしゅぅぅぅ!」
飛び掛かってきた猫やら犬やらを模したヒルは、私の結界で弾かれ、ぼとぼとと床に落ちた。それをなぜか我が家のメイドと執事が素早く回収していく。
子犬も子猫も捕まえられるものはさっさと袋に詰め込むその様子を見やり、私は青ざめた。
「ここにいる子犬子猫はましゃか・・・」
私はシェールにビタリと張り付き、シェールはそんな私をしっかりと抱っこする。
そして、犬猫の一部回収を終えたメイドと執事は、鬼気迫る表情で告げた。
「そのまさかですお嬢様。協力してくださいませ!」
・・・・・なにを協力しろと!?
「嫌でしゅうぅぅぅぅぅ~!!」
叫んだが、問答無用で屋敷中を駆けまわされる羽目に陥った。
約1時間ほど、地獄を見ました…。
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「というわけでね、これが吸い取る君5号」
母様は檻に入った無数の吸い取る君を指し示した。
奴らは子猫と子犬の皮を被ったヒルだ…。可愛いと思って檻を開ければ、その一瞬をついて飛び出し、魔力に反応して人を襲うのだ!
変質者か通り魔のごとき生き物だ。
結局、全てを捕まえきるまでの約1時間、私を抱えたシェールは屋敷内を駆けまわり、天井から、壁から、床から噴出してくる吸い取る君を避け続け、屋敷の使用人総出でなんとか全回収を終えたのだが…。
「魔物だ…これは間違いなく魔物」
「ホラー屋敷でしゅた…」
シェールと私はブツブツぼやきながらソファに突っ伏している。
私は着替えなくてはいけないのに、着替える気力もわかない。
何しろ、床から天井から壁から襲いかかってくる無邪気な子猫と子犬…もとい、巨大ヒル。
奴らは思わぬところから飛び出し、私達を翻弄し、時に上から大量に降ってくるという恐怖を与えたのだ。
お蔭で現在疲労困憊だ。
「学生さんが少し実験をするので先生に見せるまで預かってくださいって、でも檻は開けないようにって言うのをね、・・つい開けてしまったの」
テヘペロ~と微笑んでも…微笑んで…カワイイですね、母様。
見惚れている場合ではない!
笑いでは誤魔化されませんよ!
それに、
「母しゃま~、それどころじゃないのでしゅよ~。3日後に魔族が攻めてくるのでしゅ~・・ひょっ」
ぐたっとしながら告げた私の手を、ぺろりと何かが舐めた感触がした。
突然の感触にぞわっと鳥肌が立ち、まだヒルがいたのかと慌てて起き上がると…
そこには少し傷ついたような表情のケルベロスのベロちゃんの姿が!
「ベロちゃん! ごめんでしゅっ。奴らと間違えたのでしゅよっ…て、あり? なじぇケルちゃんとスーちゃんはぐったりしておるのでしゅか?」
見ればケルベロスの2つの頭がぐったりと項垂れている。
『魔力がどこまで吸えるか…実験』
そう告げたベロちゃんの後ろから、ぞろぞろ現れる20代の青年達。
話を聞けば、どうやら使い魔に興味を持ったこの20代の青年達、専門科の一人が、吸い取る君がどれくらい魔力を吸えるか試してみたいと言いだし、それにうまく乗せられたケルちゃんの承諾を得て、実験中、母様が可愛さのあまり檻を開けたというのが今回の事件の全容だった。
「おかげで貴重なデータが取れました! 3日後だとかいう魔王戦にはこの3倍ほどの数を投入できるよう調整しておきます!」
そう言うと彼等は吸い取る君5号をもって屋敷から出て行った。
何とも慌ただしい…しかも肝心の先生に見せてないけどいいのだろうか…。
「シャナ…わかってるか?」
シェールが相変わらずソファでぐったりしながら尋ねる。
「あれが、3日後投入されるんだぞ」
・・・・・・・・
・・・・・
・・・・
「無理でしゅ!」
そんな戦場恐ろしくて参加できない!
そのあと3日間、一応抗議のために部屋に閉じこもってみたり、真夜中にノルディークを襲ってみたり、アルディスの睡眠中に囁いてみたり、ディアスの顔に落書きしたり、ヘイムダールのズボンを脱がしてみたりと頑張ったが…。
ダメでした。
そして、戦場で恐怖の生き物がばらまかれたのだった…。




