102話 メイド達の情熱
「先代のルアール王の名はレイゼン。生きていれば現在52歳です」
あら、同級生・・・って違う! 私は永遠の36歳! 現在16歳!
ぴちぴち! ぴちぴちなのよ!
心の戦いにぜーはーぜーはー言いながら、私はセアンの報告を聞く。
どうやら見た処、セアンは温泉の一件でかなり絞られたらしく、ものすごく真面目な騎士に見える。
ここに大人の私がいないせいかもしれないけれど。
そんな彼は真面目な顔で報告を続ける。
「彼の即位は彼の父である王が亡くなると同時でした。その死はどうやら心を狂わせたうえでの自害らしく、その壮絶さに臣下もレイゼン王の即位を寿ぐこともせず、身内のみでひっそり即位を済ませたのだそうです」
「そのせいで塔にも連絡がなかったということかしら」
リアナシアおばあ様は考え込む。
これはあれかな?
外聞が悪くて皆揃って口を閉ざしていたら報告するの忘れちゃったよ~的な?
「しかし、即位後三か月、外交が止まっていたという記録もありました。改ざんの痕跡が見られましたので、ただの即位ではないかもしれません」
「ということは、かなりの人数に魔力干渉を使った可能性があるということか」
おそらく、とセアンは告げ、私達は押し黙る。
きっと、全員の脳裏に「面倒くさそうな相手だ…」と浮かんだに違いない。というか、浮かんだことにしよう。
何しろ、即位のときから色々と暗躍するような男だ。気が長すぎる。できれば関わりたくないような男に違いない。
実はこの時私の考えとは違い、他の者はレイゼンの魔力干渉の能力の強さに内心唸っていたりするのだが、私の中のレイゼンは、『皆が認める面倒臭い人』になったようだ…。
「報告は各国の王にもしておいてくれ」
ディアスはセアンに命じる。命じるのは手慣れた感じで、セアンも違和感無しに頷いた。
「あら、知らせてしまってもいいのかしら?」
ディアスの言葉にリアナシアおばあ様が尋ねると、ディアスはコクリと肯く。
「魔族とレイゼンが別物だというのは知っておくべき情報だ。こちらの機密はともかく、情報は互いにつかんでおく方が双方の特になる。危険度も減るだろうしな」
リアナシアは頷き、納得したようだ。
そこまで聞くと、セアンが姿を消した。
おそらく各国の王に報告するのだろうと思うが、ちゃんと仕事をしているのを見ると不気味に見えるのはなぜだろう…。
続いてディアスは私が過去に行っていた時に起きた現代での出来事を話した。
「兄しゃまが着ぐるみで姉しゃまがセクシー!?」
「どうでもいい所に食いつくのは母親譲りか…」
なんですかね、その呆れたような、馬鹿にしたような表情は…。
まぁ、確かに母様も私の報告の中でハーンの初恋にがっつり喰い付きましたがね。
母様馬鹿にすると許しませんよ?
「シャナ、シャナ、ストップストップ」
ヘイムダールに止められてはっと我に返れば、いつの間にやら私はディアスの頭に飛びつき、齧りついていた!
恐るべし条件反射…。
ヘイムダールに宥められて抱っこされ、背中をポンポンと軽く叩かれてようやく落ち着いた。
あ、でもこれで動けるようになったことが判明した。後はこのずるずる衣装を着替えて何とか外の見学をしに行かねば、とたくらんでいると、視線を感じて私はそちらへ顔を向けた。
「・・・何でしゅか? 噛みついたことは謝りましぇんよ。母しゃまを馬鹿にするのは罪でしゅ」
視線の主はディアスだ。彼は齧られた頭を軽く押さえながらジト目で見つめてくる。
「とりあえず・・・今わかっていることを言うからよく聞け」
ディアスはため息を吐き、続けた。
「王都の町中で見つかったのは魔力干渉にあった商人だ。
他にも数人、あちこちの町を巡って商売をする者ばかりが被害にあっている。
ちなみに見つけたのは学生達だ。専門科と協力して新しい魔力の吸い取法を見つけたらしい。それで引っかかったのがその商人。
彼等に共通しているのはその誰もが武器を扱っていること、町から町へと決まったルートを辿らず動くことが挙げられる。ゆえに足取りを追うのはかなり苦労する。
では彼等が全員立ち寄った場所はあるかと言えば、これは判明し、出てきたのはこの王都クリセニアだ」
今わかっていることをものすごい早口で言われた!
「シャナへの説明が面倒になった感じだなぁ…綺麗にまとめられてたけど」
ヘイムダールは呆れたようにディアスを見つめると、ディアスは立ち上がり「以上だ。俺は思う所があるから外に行く」と報告を終わらせ、何故か外へと駆けて行った。
ひょっとしてディアスも戦いが気になった…とか??
私はその急ぐ背を見送りつつ首を傾げた。
その後、ヘイムダールやリアナシアおばあ様からいくつか付け足しがあったけれど、ディアスが言った以上の情報らしい情報はなかったので、ディアスの早口情報は本当に簡潔にまとめられたもののようである。
「また何かわかればすぐに情報は入るわ。それまでは対魔族に専念しましょうね」
リアナシアおばあ様がそう締めくくると、母様が部屋の扉を開け、メイドさん達を呼びこんだ。
彼女達は許可があるまで廊下で待機していたらしく、駆け込むように部屋へなだれ込むと、ギラリと目を輝かせて私をその視界に捕えた。
その目はまるで獲物を見つけた狩人のようだ・・・!
何!?
「まだあんな御衣裳を! 衣装部隊急いでお嬢様の着替えを! お食事部隊はテーブルセットを急いで!」
衣装部隊とお食事部隊とな!?
いつの間にメイド達にそんな部隊ができたのかと目を白黒させていると、メイド達は私を取り囲み、その場で手早くすぽぽぽぽ~んっ! と服を脱がせていった。
「いやん、でしゅ」
丸裸にされました!
が、メイドさんの壁のおかげで外側は見えないので、おそらく外からも見えないと思う。ゆえに羞恥心は半減だ。
「なんて可愛くない下着っ! これを着てくださいませ!」
メイドさんが鬼気迫る勢いで持ってきたのはかぼちゃ型黒猫パンツ。猫の耳と顔がお尻にあるなかなかキュートな一品だ。
「御衣裳はこちらです」
差し出されたのはやはり顏だけ出るタイプの着ぐるみだ。
今度は何の着ぐるみか? と矯めつ眇めつしていると、問答無用で着せ替えられた。
「ばっちりです」
着替え終わった私を見てメイド達が満足そうに頷く。
最近、うちのメイドさんは衣装に凝ってますね。
今回は・・・
「リスでしゅね…しかもヒマワリの種クッション付きでしゅか」
何というこだわり…。しかも尻尾動きます。
「では、急いでお外に参りますわよ!」
そう言うとメイドさん達は私を抱えて外へと飛び出した。
何やら並々ならぬ気合いを感じるが…何事?
外…というか、屋敷の前庭は、穴ぼこやら破壊痕でひどい惨状だ。そして、先に出たディアスだが、なぜか戦闘に参加している。
「さ、お嬢様、皆様、朝食でございます」
過去から戻ってきた私はちょっと前に朝食をとったので気分的には昼食だったが、こちらでは朝食のようだ。
過去は昼でこちらは朝なので半日くらい時間がずれている感覚だ。
とはいえ、断るのもなんだし、小腹も空いたので食事をとることにした。
それはいいのだが…
もっきゅもっきゅ…
次から次へとおかずを出され、私はそれらを口に放り込まれて現在口が開けないほどに頬を膨らませて噛んでいる。
もっきゅもっきゅ…
そして、なぜか周りのメイド達はその様子にくねくねと体を動かして悶え、母様達には優しく微笑まれた。
一体何がそんなに皆のツボになっているのか…。
そしてメイド達の情熱は一体何!?
疑問に思っていると、兄様が小さい鏡を私に向けた。
鏡に映っているのはリスのコスプレをして頬袋をポンポンに膨らませた私…
て、リスそのものですか!
苦情を言おうにも口が開けられず、私はしばらく無言でもっきゅもっきゅとご飯を噛みながら、メイド達を喜ばせることになった。
彼女たちの情熱は、本日このシャナリスに注がれていたらしい…。
メイドさん…着ぐるみ萌えを完全習得したようだ…。




