100話 なんてこった…
「ほぉ、魂が微妙にぶれてはいるが体に入れたか」
魂がぶれているとは失敬なっ。
私はハーンの腕に抱っこされた姿で食堂にて再びハーン父ファルグと対面した。
あの後、生乳をちびハーンに吸い付かれるわ、着替え中にハーンに襲われかけるわで大変だったが、なんとか着替えを済ませたものの、やはり朝ちゅん…しかもハーンを相手にした後は歩けませんでした。合掌。
ということでハーンは最初お姫様抱っこで移動しようとしたが、さすがに恥ずかしいので腕抱っこで移動したのだ。ちびハーンはそれをむくれた顔で見上げながらついてきた。
その顔もまたかわゆし…。
「なんだ、ローも帰っていたか」
1年ぶりに返ってきた息子だというのに、いたのかというような態度で接するファルグ。
これが魔王ということなのか…、それともただの変わり者親子なのか謎だ。
「死ぬところだったじょ、アホ親父」
確か3歳なのにハーンは随分と丈夫そうだなぁ…。1年砂漠を駆けずり回っても平気そうな顔をしているし、3歳児にしては大きいし、背中に子供には重そうな剣を背負っていても平然としている。ファルグにも食って掛かる。
「死ななかったのだからそれでよいだろう。さぁ、朝食にしようか」
相変わらずファルグはマイペースだ。
息子がどれほどわめこうともさらりとかわし、朝食の準備を始めている。
…きっとこういう所が似たんだな。ハーンは。
「その姿だとシャナだったか」
「そうですよ」
少し硬めのパンをスープに浸して食べながら、私はファルグの質問に答える。
「雰囲気が変わるな。ぜひどちらも喰ってみたいものだ」
思考も息子と同じだ…と思う。
「手放すには惜しいが、その体はこの時代に存在できん」
私はぴたりと手を止める。なんだか物騒な話になりそうだ。先ほど魂が微妙にぶれているとも言っていたし。
どういうことかと首を傾げれば、私が不安になっていると思ったのかハーンが私のつむじに口づけ、ファルグが私の髪を一房とって口づけ、ちびハーンが私の手を取って口づけた。
ビ…ビバッ! ハーレム天国、親子バージョン!
お・・・おぉ、いかん。懐かしのシャナ思考が戻ってきたわ。ついでにヨダレも垂れかけた。
「この時代に生まれてないものははじかれるもしくは消滅するということだ。本来ならこの時代に出た一瞬のうちにそれは成されるが、この時代に佐奈は生きていたのだろう? 器をモノとし、魂が抜けた状態であったために生きていられた。今の状態はモノである器を佐奈の魂が被って操っている状態だ。魂はその体に定着していない」
だから魂が微妙にずれるという発言に繋がるらしい。
もし、この25年前に佐奈の存在が無く、シャナ個人として転移した場合…転移した瞬間に消滅していたと…そういうことのようだ。
なんて恐ろしいんだタイムスリップ! 「時を駆け抜け、時代の覇者になる!」なんて夢見るどころか、一発でジ・エンド確定だったとは!
「死んでないならそれでいいだろう」
ハーンがはげますが、それは先程ファルグがちびハーンに言った台詞まんまです。
ハーンも気が付いたのか、苦虫を潰したような表情を浮かべ、私を笑わせた。
「シャナはローが好きか?」
突然ファルグが尋ねてくる。
「ハーン? ハーンは私の愛人ですから愛してますよ?」
「なるほど。それはいいな。では、私も愛人にしてもらおう」
「いいですよ。いくらでも…はい?」
咄嗟に軽く答えてから私は内容を理解してファルグを見る。彼はいつものニヤリ顔…ではなく、獰猛な獅子そのものの顔だ。
「そうと決まれば」
「待った! 待つです! 既婚者を愛人にはしませんよ! 私不倫はしない主義です!」
「正室ならばとうの昔に寿命が尽きた。それの母もな。今は独り身だ慰めてくれるだろう?」
流し目! 色気ある流し目はおやめください! まさに流されるっっ。
髪一房、握られているその場所からエロチックなオーラが流れ込んでくるようだ。
私としましては、こんなエロ大魔王的な大人とむふふは喜ばしいけれど…ハーンの父という所は何とも…
「うぬぅ…」
にやけたり悩んだりしていると、ファルグは髪を離し、にやりと微笑んだ。
「惜しいが時間だな。だが、脈はありそうだから今から宣言しよう。私が勝てばお前を貰い受けるぞシャナ」
「ん?」
私が首を傾げると、ファルグは手を翳し、ハーンが私をぐっと抱きしめる。
すると、景色が次第に霞んでいき、周りの音が遠くなっていく。
どうやらファルグの力で転移するようだ。
いきなりですね!
「25年後が楽しみだ…」
にやりと笑ったファルグのその最後の言葉に、私はぎょっと目を丸くし、私を抱きしめるハーンを見上げた。
ましゃか…
「…現代で人間の思惑に便乗して魔族が動いたのはこれが理由だな」
ハーンは諦めろとばかりに小さくため息を吐き、私は声を張り上げた。
「魔族襲撃はハーン父の愛人の座獲得が理由~!!?」
なんてこったい。
原因は私でした…。




