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世界樹防衛戦・第四波

続きです。

 緩く曲がった地平線を初めて見たのはいつだったろう。

今やわたしは地球の丸さを象徴するその光景をすっかり見慣れてしまった。


 ダーウィンを駆り、空を滑る。

目指すのは地平線の向こうに聳える巨大な樹木、世界樹だった。


 プラヌラ排斥派とプラヌラ推進派の衝突は推進派の勝利により一時的な決着を見たが、もうこの世界に平穏が訪れることはない。

飛び方を知らない人類が手に入れた翼、プラヌラ。

まるで神のイタズラのように世界に投げ込まれたそれは、世界を混沌の渦に飲み込んでいった。


 推進派の狙いはわたしとダーウィン、そして世界樹。

プラヌラの力があればこの星を意のままに掌握できると本当に信じているのだ。


 わたしはどの勢力にも属さない。

ただ・・・・・・今は亡き先生の教えに従って、人として人の道を貫くだけだ。

けれど、それも正しいのかもうよく分からない。


 わたしは・・・・・・。

わたし自身の考えは・・・・・・。


『さんご? 気をつけて、敵影が近い。プラヌラ機構内蔵の新型機だ。数は・・・・・・十も居る・・・・・・』


 ダーウィンに“彼”からの通信が入る。

プラヌラによってなされる理屈を超えたその通信は、間にある距離を全く感じさせないほどクリアだった。


 ああ、またこの瞬間が訪れる。

わたしが最も救われて・・・・・・そして、最も救われない瞬間。


 敵機に搭乗しているのは誰だろう?

それはかつての友人かもしれないし、わたしより幼い子どもかもしれない。

その誰かに・・・・・・きっと戦う意志なんてないし、わたしと同じようにそう迫られて、追い込まれてここまで来ているのだ。

その事実が、それがもたらす痛みが、わたしを苛む。

けれども・・・・・・。

その苦痛を忘れられるのは、ダーウィンとこの身を一つにし、機械的に敵を殲滅するこの瞬間だった。


『さんご・・・・・・?』

「・・・・・・大丈夫、問題ないよ。新型機なんて言っても、このプラヌラの容器の出力の三分の一にも満たない」

『さんご、僕が心配しているのはそういうことじゃなくて・・・・・・』

「敵影を目視、これより殲滅に向かう」

『・・・・・・はぁ、分かった・・・・・・』


 ずっと、何かの答えを探している。

この不条理に、何か意味があって欲しいと願う。

でも・・・・・・その答えは、神の悪意でしかないのかもしれない。


 ダーウィンは操縦桿など握らなくてもわたしの意思に応じて動く。

その四肢で風を切り、赤い光の軌跡を残していく。


 ふと、懐かしい疑問を思い出す。


「ねぇ、もしわたしたちに初めから翼があったらさ・・・・・・わたしたちは上手に飛べてたと思う?」

『それは・・・・・・僕には分からない。けど、君ですらその翼で地に堕ちていくんだ』

「わたしってそんなふうに見える?」

『ああ、見えるさ。だから・・・・・・きっと誰も上手く飛べないよ。・・・・・・そいつらだけ自由に空を舞うなんて、許さない・・・・・・』


 少し霞んだ空に砕けた月が影を作る。

世界樹の麓で、ダーウィンを模した機体の群れに飛び込んだ。


 幾重もの光が過ぎ去り、爆炎が巻き起こる。

搭乗者の顔も拝めず、その真意も知ることは敵わず、ただ機体の断末魔を聞くことしかできなかった。

そしてその全ては、わたしの手によって奏でられている。


 ねぇ、ダーウィン。

どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

あなたはどうしてわたしにこんなことをさせるの?

わたしはどうしてあなたにこんなことをさせてるの?

こうまでして、こんな世界を守り続ける意味があるの?

それならいっそ・・・・・・全部台無しにして・・・・・・。


『・・・・・・』


 通信から“彼”のため息にも似た息遣いが聞こえてくる。

その音がダーウィンのコックピット内に響くのは、全ての敵機が炎に包まれて海に落ちていった直後のことだった。

続きます。

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