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プルーム・パラキート

続きです。

——これがプルーム様が自分の力では絶対に思い出すことのできない記憶。

封じ込めた真実。


 感情の波に揺られながら、形の無い空間に魂だけが漂う。

過去と現在が入り混じる混沌とした空間にコトリの声が響き渡った。


「キミは・・・・・・どうしてボクにこの記憶を? 確かに・・・・・・これはボクにとって、すごく複雑で、飲み込み難いものだ。けれど・・・・・・これは、本当にボクにとって必要なものだったのかい?」


 これは、ボクにとっての・・・・・・瑕疵だ。

不用意に触れれば痛みを伴うし、それは・・・・・・正視に堪えない。

この痛みはしまったままで、それでよかったのではないだろうか。


——確かに・・・・・・プルーム様にとってこの記憶はグリフィスの血と同じようにその体に巣食う腫瘍のようなもの。

けどね、プルーム様・・・・・・。

あなたはずっと怖がってる。

誰にも愛されないことを。

そして・・・・・・愛されることを。


「それは・・・・・・もう分かってるよ。けど・・・・・・けどボクは・・・・・・」


 この身に刻まれた痛みと、冷たさ。

歪んで歪んで捻じ曲がった感情。

それは枯れ果て鈍くなり、しかしひび割れた土壌の下で自らを縛り付けていた。

ボク自身のために。


 そこに注がれた、一滴の雫。

ダンたちと共に長い時間をかけて育ててきた種に、それはゆっくりと染み込んだ。


 母の愛。

それがもたらすのは暖かさと喜びじゃない。

いまさら、ボクはどうしたらいいのか。

ボクは・・・・・・。


——心配しないで、プルーム様。

ほら、これはあなたも覚えてるでしょ?

あなたは、ちゃんと色んな人に愛されてきた。

わたしたちがみーんなあなたが好きなのと同じように、ね。

確かにそれがもたらすのは暖かさだけじゃないわ。

だけど、もう・・・・・・あなたの種は土を割って、新芽を大地に芽吹かせて、降り注ぐ日差しを浴びるべきなの。

少し遅れてしまったけど・・・・・・プルーム様だって、もう偽らずに生きられるはずだから・・・・・・。


 コトリの声が暖かな風となって通り過ぎる。

そうすると、いつのまにか閉じていた瞼の上に光を感じた。


 懐かしい少し埃っぽい匂いが乾いた鼻腔を温める。

パチパチと薪火が弾ける音が鼓膜を心地よく叩いた。


「なぁ、プルーム。お前、ここに残らないか?」


 懐かしい、飾らない少し粗暴な声にハッとして目を開く。

視界に飛び込んでくるのは窓。

その外でしんしんと降る雪と、静かな夜。


 ボクは目を見開いたまま、声の主に視線を向けた。

炎に照らされた白髪に無精髭。

ガッチリした体格だが、腰掛けて暖炉に手を伸ばすその姿はどこか柔らかな印象があった。


 ウィングス。

ウィングス・パラキート。

ボクとダンたちを冬の間保護してくれていた、事実上のボクらの親のような存在。


「・・・・・・どうしてそんなことを? 元々、この冬を越すためだったし、ボクたちもそんなに長いこと迷惑をかけるわけには・・・・・・」

「はぁ・・・・・・お前なぁ、そういうとこだぞ? 分かってて言ってんだろ? アイツらは・・・・・・アイツらは心配要らない。これでも生きてくだけの知恵はばっちり教えたはずだ。だがな、俺は・・・・・・お前だけは心配なんだ」

「・・・・・・ボクなら何も心配要らないと思うけど? それなら、コーラルの方がまだ子どもだし、そっちの方が気がかりになるはずだろう?」

「はぁ・・・・・・お前だって子どもだろうが・・・・・・」


 ウィングスは、ボクと話すとよくため息をつく。

今になって思えば、ボクが困らせていたのはあまりにも明らかだけど。


 ボクとウィングスの間には、いつも一定の距離がある。

それはボクが開けた距離であり、そしてウィングスもそこを無理に詰めてこようとはしない。


 いっそのこと、もっと近づけばもっと暖かいのかもしれない。

もっと心地よかったのかもしれない。

ただ、もし今再会したとして・・・・・・その距離をボクから詰めることはできないだろう。


 ウィングスの瞳の中で暖炉の火が揺れる。

過去を懐かしむように細められたその瞳には、不思議な光が宿っていて、それに何故だか惹きつけられた。


「少し前の話だがな、お前たちがくる前に・・・・・・一人、子どもを匿ってたことがある。あの娘も、何かから逃げるように・・・・・・光を追うようにここにやって来た」

「・・・・・・それは?」

「自分のことを四号なんて言う変わり者だったよ。性格も明るくて、それこそシュルームやコーラルと同じように元気な娘だった。だがな、俺はアイツは・・・・・・お前に似てたと思うな」


 この話を聞かされていたとき、ボクは初めなんの話か分からなかった。

しかし、今なら・・・・・・ウィングスが何を思っていたか、少し汲めるかもしれない。

それは・・・・・・きっとボクも成長したということだろう。


「アイツはお前と同じで要領も良くてな、教えたことはなんだってすぐできるようになった。真面目で器用・・・・・・だけど、これもまたお前と同じように・・・・・・絶対に心を開かなかった」

「・・・・・・心外だな、ボクはウィングスおじさんのことを尊敬してるし、信頼してる。ボクの気持ちってそんなに伝わりづらい?」

「はっ、いいや。お前は分かりやすいよ。だからそれが口先手八丁だってすぐ分かる。基本的に、誰も信じちゃいないんだ。そして・・・・・・その娘はどうなったと思う?」

「・・・・・・きっと今みたいに引き留めようとして・・・・・・そして、止められなかったんでしょ?」


 ボクはどこか挑発的に、ウィングスに言葉を返す。

ボクはこのときは・・・・・・自分自身のことで精一杯だったのかもしれない。

だから、素直になんて振る舞えなかった。

でも覚えている。

この晩だけは・・・・・・。


 ウィングスは自嘲的に笑う。


「ふっ、死んだよ。俺が・・・・・・殺した」

「・・・・・・」

「アイツは、最後だけ俺に心を開いた。それで俺に頼んだことが・・・・・・自分を殺せ、だったよ。詳しいことは聞かなかったが、結局・・・・・・彼女はこの地を終着点に選んだ。今も、森の奥に彼女の亡骸が埋まっている。一日たりとも、そこへ足を運ぶのを欠かしてないさ。なぁ、プルーム。お前は・・・・・・死なないよな?」


 寂しそうに、炎と光の宿った瞳をこちらに向ける。

ボクはそれから視線を逸らすことができず、ボクの心の内を覗き込むことを許してしまった。


 無防備なところに突如その視線が触れて、中途半端に開いた口が塞がらなくなる。

ずっと親のように見てきたウィングスの姿。

しかしそれが酷く弱々しく見えた。

だから、ボクはこの人を・・・・・・出会ってきた大人を、初めて心の底から信じることができた。


「ボクは・・・・・・」


 言葉を探す。

ボクの気持ちを探す。

そして・・・・・・結局、言葉を飲み込む。

ボクは、ボクの中に答えを見つけられなかった。


「お前を見てると、不安になるんだ。お前は他の誰よりも器用で、不器用だ・・・・・・。お前たちは、じきにここを経つ。お前は確かになんでもできるかもしれないが、普通のやつらなら普通にできてることがただ一つどうしたってできないんだ。・・・・・・最後くらい、何か欲しいものは無いのか?」

「・・・・・・」


 このとき、ボクは何を考えてこうしたのか分からない。

けど、間違いだったとは思わないし、このことを後悔したことはない。


「それなら、おじさん・・・・・・ボクに姓を頂戴よ。ボクに・・・・・・おじさんの名を使わせて」

「・・・・・・はぁ? お前そんなこと・・・・・・・・・・・・分かった。いいさ。いいに決まっている。プルーム・パラキート。その翼で、お前の青空に飛び出せ・・・・・・!」


※ ※ ※


 夢は夢にすぎない。

けれどそこにあるのは虚構じゃない。

彼の足跡はここに刻まれ、彼が手放したものも、彼が抱きしめたものもここに残っている。


 懐かしい夢の中、自分自身と再会を果たしているプルーム様。

その隣に、わたしも体を横たえ布団を被った。

プルーム様のわたしからしても華奢な体を抱き寄せ、その背を撫でる。


「ほんとはね、このカウンセリングの真似事も・・・・・・プルーム様のためじゃなくて、わたしのためなの。ただね、わたしたちの愛も偽物じゃないって、そう伝えたかった。あなたの心を暖め、苦しめたかった」


——あなたはこれからも、色々な人と色々な言葉を交わす。

いく日もの夜を超え、涙を流し、愛を抱擁する。

忘れないで、あなたはもう一人じゃない。

暖かな日差しを浴びて、その若葉を広げ・・・・・・あなたのように優しくて柔らかい花を咲かせて。

わたしたちは、静かに見守っているから。

今まであなたを見守ってきた人と一緒に。

続きます。

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