最後の甘い夢へ
続きです。
胸の中、何かが絡まるように蠢いていた。
それは血流に合わせて、鼓動に合わせて、心の中を駆け巡る。
ボクはまた、彼女・・・・・・コトリの元へ向かっていた。
コトリは決して場所を変えない。
以前と同じように、ボクにあの一室に来るように催眠をかけたのだ。
ただ前と比べるといくらか意識がはっきりしている。
ちょっと前までは朝になれば自分がどこで何をしていたのか思い出せなかったし、昨日も気がついたらあの部屋にいた。
だけど今日は、こうして向かっている間も意識がはっきりしていた。
少し人の波から外れて、そんなに見覚えのないはずなのにすっかり馴染んでいる道を行く。
そうしてたどり着いた宿場の集合地の、その中の一つの建物に入って行った。
扉を開くと、そこには当然のようにコトリが待っている。
「あ、来たんだね・・・・・・プルーム様」
「ああ・・・・・・」
脳に痺れをもたらす、甘い声。
しかしその声の主は少し不思議そうに首を傾げた。
「あれ・・・・・・? 待って、プルーム様・・・・・・催眠が、かかってない???」
「あ、はは・・・・・・やっぱり?」
どうりで今日はやけに意識がはっきりしていると思った。
そして催眠が効いていないわけにも、多少推測はできる。
「流石にこう何日もかけられ続けると流石にね・・・・・・体も慣れてくるみたいだ。それに前回は・・・・・・記憶もはっきりしてたし、ボクはもうすっかり催眠について自覚している。だからかからなかったんだろうね・・・・・・」
「う・・・・・・そんなぁ。わたし、これでも結構自信あったんですけどねぇ・・・・・・」
コトリは言葉ではそう語るが、その声色はどこか嬉しそうだ。
そうして先行し、すでにとってある部屋までボクを連れて行く。
そしてその扉の前で「でも」と続けた。
「でも、それでも・・・・・・来てくれたんだね」
「ははっ、ボクが美しいレディからの誘いを断るわけなんてないだろう?」
「ふふっ、プルーム様は相変わらずだね。けど・・・・・・今晩はそういう時間じゃないよ。前回ので、プルーム様の心はだいぶ開いて来た。今日で、この・・・・・・カウンセリングの真似事は終わりになるかもしれないよ?」
「それは・・・・・・ふっ、なんだか寂しいね」
コトリに通されるまま、部屋に入る。
昨日と同じようにその中にはすでに甘い香りが充満していた。
ボクは導かれるままに、部屋に一つしかないベッドに腰を下ろす。
そして・・・・・・まだ横にはならず、ドアを閉めるコトリの背中に独り言のように語りかけた。
「今日・・・・・・少し変わった、キノコの魔物を退治したんだ」
「え・・・・・・キ、ノコ・・・・・・?」
「まぁ色々あってね・・・・・・。それで、そのとき・・・・・・その魔物にトドメを刺したとき・・・・・・」
甘ったるい香りが、何かを緩ませる。
今まで感じたことのない、疼き。
熱を孕んだ、塊のような感情。
「そのとき・・・・・・ボクは、自分の父親にトドメを刺したときより・・・・・・痛かったんだ・・・・・・」
「・・・・・・」
この感情はなんだろう。
悲しみ?
恐怖?
ボクは自分の感情を形容する術を、自分で思っている以上に知らないようだった。
「プルーム様。それは・・・・・・やっとプルーム様が、プルーム様自身の心の痛みに気づくことができた証拠だよ。ずっと見ないようにして来た自分の傷、ずっと知らないふりをしてきた苦しみを・・・・・・こうやってやっと自分で知覚できるようになったの。プルーム様・・・・・・気づいてる?」
「え・・・・・・? 気づいてるって・・・・・・何にかい?」
コトリのすべすべした手のひらが、その暖かさでボクの頬を覆う。
そうして優しい眼差しで、コトリはボクを覗き込んだ。
「プルーム様・・・・・・あなた、今・・・・・・泣いてるのよ・・・・・・?」
ボクの頬を確かに伝っていたらしい雫は、コトリの指を静かに濡らした。
続きます。




