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続きです。

 わたしの感覚もだいぶ落ち着いてくる。

結局のところあのキノコ男もシュルームも、あの状態で歩くのは無茶だったようで、わたしの位置から数歩ほどしか離れてなかった。

特にキノコ男の方は・・・・・・着地の衝撃のせいで、既に脚がその機能を十分に果たせなくなっているようだった。


 落ち着くまで地に伏していたわたしはそんなシュルームたちよりむしろ早めに回復する。

結構な高さからの落下だったが、わたしとシュルームに関してはケガはなかった。


「大丈夫・・・・・・?」


 小走りでシュルームに追いついて、その隣に並ぶ。

シュルームはわたしの呼びかけに頭をゆるく振ってめまいを取り払った。

シュルームの視線はまっすぐ前へ向く。

ぼろぼろの、痛ましい姿のキノコ男へ。


「・・・・・・とにかく、キノコについて行きましょう・・・・・・」


 キノコ男の足取りは不安定で、その歩みは緩慢。

ほとんどおもりと変わりなくなってしまった脚を引きずるように、弱々しく、しかし確かな意思を持って歩んでいた。


 わたしたちはそのキノコ男に追いつくが、それくらい近づいてもこちらには目もくれなかった。


 今日はずっと楽しそうにしていたシュルームの表情は今や重々しい。

わたしたちはあのキノコ男について何も知らないが、それでも今の状態を見せられたらわたしたちが心を痛めるのには十分だった。


「どこ・・・・・・向かってるんだろ・・・・・・」

「それは・・・・・・わたしと言えども、分かりません・・・・・・。けど、コーラル・・・・・・一応、覚悟はしておいてくださいね・・・・・・」


 シュルームが伏目がちに言う。

その視線には複雑に感情の色が混ざっていた。


「覚悟って・・・・・・」

「・・・・・・あれは、もう・・・・・・魔物です・・・・・・。まだ何故か理性を保っているようですが・・・・・・どの道、わたしたちは彼・・・・・・か彼女かも分かりませんが、その命に終止符を打たなければなりません・・・・・・」

「・・・・・・そっか・・・・・・」


 やがて、キノコ男は・・・・・・大空洞の隅の、日陰の位置で脚を止める。

優しい日差しが降り注ぐこの場所で、そこはきっと一番優しい場所だった。


 キノコ男は、元より裂けて折れ曲がった脚でその場に跪く。

地面に手を突き、まるで涙を流すみたいに両肩を振るわせた。

わたしとシュルームは、その後ろからキノコ男の視線の向く先を覗き込む。


「これは・・・・・・」


 シュルームの息を吸う音が、はっきりと聞こえた。


 優しい日陰の中に横たわる、朽木の一部。

空洞内には樹木は無さそうだし、おそらくキノコ男が持ち込んだものだと考えられた。


 その朽木には数株のキノコが束のようになって生えている。

どこにでもありそうな姿のキノコだが、しかしきっと・・・・・・それは今までに見たことのないものだった。


 キノコ男は、もはや再び立ち上がることが出来ないままこちらに振り返る。

その動作に魔物の攻撃性は感じられない。

そうして跪いた姿勢のまま、ゆっくりとわたしたちを見上げた。


「まさか・・・・・・これは・・・・・・子ども、ですか・・・・・・?」


 シュルームが息を呑む。

共通の言語を持たないから、もちろんシュルームの言葉はキノコ男に伝わらない。

そのはずなのに、キノコ男はシュルームの声に応えるようにキノコの生えた朽木を差し出した。

そして・・・・・・そのときだった。


「待った・・・・・・シュルーム!」


 シュルームの肩を引くようにして、キノコ男から離れる。

キノコ男の体は痙攣するように震え出し、そして体内から伸びていた結晶が堰を切ったように成長を始めた。


「・・・・・・そんなっ、まだっ・・・・・・!」


 シュルームが悔しそうに叫ぶが、結晶の成長は止まらない。

何か、ギリギリで理性を繋いでいた糸が切れたのか・・・・・・キノコ男はどんどんと魔物に染まっていった。

そこに・・・・・・。


「コーラル! シュルーム!」


 激しく飛び込んでくる声がある。

それは、プルームのものだった。


「待ってろ、今そっちに行く! 魔物はそいつだけか!?」


 焦った様子のプルームはあろうことかキノコと同じように飛び降り、そしてこちらに走って向かってきた。

落下のせいか、あるいは道中で出来たものなのか、その手足には血が滲んでいる。

それでもお構いなしに突っ込んでくる。

キノコ男に向かって。


「このっ、よくも二人をっ・・・・・・!!」


 わたしとシュルームの間をすり抜けて、未だその身の変化にもがくキノコ男に向かっていく。


「待って・・・・・・お願い、待って! まだ!!」

「待って・・・・・・て、何を・・・・・・?」


 シュルームの張り上げた声に、プルームが一瞬脚を止める。

その瞬間、シュルームはプルームのそばまで走り抜けてその肩を掴んだ。


「待って・・・・・・待ってください。まだ・・・・・・戦ってます! あれはまだ、魔物なんかじゃないっ!」

「な、何言って・・・・・・」


 シュルームの言葉に、プルームは困惑する。

しかしその肩に食い込むシュルームの指の力強さに何かを感じ取ったようだった。

わたしも、この一連の流れに・・・・・・なんだか力が抜けてしまう。

キノコ男だけが、暴力的な体内のプラヌラと戦っていた。


 そして・・・・・・。


「・・・・・・」


 キノコ男の体の変化が止まった。

それは、キノコ男が・・・・・・魔物として完成したことを意味する。


 その光景を目の当たりにしてなお、シュルームは武器の一つも取り出さない。


「あ、おい・・・・・・」


 さらにはプルームの肩をどけて、ゆっくりとキノコ男に歩み寄った。

プルームもシュルームの意志の強さに引き止めるに引き止められない。


 そうして、シュルームはキノコ男に手を伸ばし・・・・・・触れる。

その瞬間、シュルームの頬に一筋の涙が伝った。


「ええ・・・・・・分かりました。あなたの願い、しっかり受け止めますよ。わたしに・・・・・・任せて。だから安心して・・・・・・眠って・・・・・・」


 何が通じたのか、何が何を伝えたのか、側から見る分には分からない。

けれども、事実としてキノコ男は自身の体内で暴走する魔力を抑え込みシュルームの抱擁を受け入れていた。


 シュルームがわたしとプルームの方へ向く。


「この子・・・・・・わたしに、子どもたちを託そうとしてるんです。自分がもう、魔物になってしまうと気づいたから。そんなときに・・・・・・わたしを選んでくれたんです・・・・・・」


 そんな馬鹿な話があるか。

この光景を見ていない者は、きっとそう言うだろう。

だけれど、実際この場所に、そんな馬鹿げた・・・・・・美しい物語があった。


 初めはキノコ男に対する殺意しかなかったはずのプルームでさえ、黙って見守っている。


 静寂の中、キノコ男はその禍々しい姿には似つかわしくない優しい動作で、シュルームの体を押し返す。

そうして抱擁を終わらせ、そして・・・・・・運命を受け入れるように両手を広げた。


「・・・・・・っ」


 シュルームはその意思を汲み取って、リュックから護身用の短剣を取り出す。

剣を持たない方の手をぎゅっと握りしめて、その切先をキノコ男に向けた。


「いや・・・・・・」


 その様子を複雑な眼差しで見ていたプルームが、一歩踏み出す。

そして強張ったシュルームの手から短剣を奪った。


「こういう役回りは・・・・・・ボクでいい。キミも・・・・・・異存はないだろう?」


 プルームは、シュルームを少し後ろに下がらせてキノコ男に尋ねる。

キノコ男は執行人が変わってもなお、ただその両手を広げたままでいた。


 プルームに、シュルームのような躊躇いはない。

迷いなく、キノコ男に向かって歩みを進めていく。

ただどうしてか、その一歩一歩がどこか重たそうに見えた。


「あ・・・・・・」


 サクリ、と無抵抗のキノコ男をプルームが刃で貫く。

それに、シュルームはただ気の抜けた声を漏らした。


 キノコ男は刃を受け入れて、そしてまるで礼を述べるように・・・・・・プルームの背に両手を回した。

プルームをその腕で抱き、やがて事切れた。


※ ※ ※


 帰り道、ダンも合流して言葉少なに森の出口を目指す。

菌糸の森は、来たときと変わらず柔らかな木漏れ日が草葉の生い茂った土を暖めていた。


「ねぇ、シュルーム・・・・・・。なんでキノコ男は・・・・・・シュルームがキノコの世話とか出来るって分かったのかな・・・・・・?」

「ふ・・・・・・簡単な話ですよ。胞子です。わたしと・・・・・・それからキノコがあった部屋で眠ったあなたには、体や衣服に胞子が付着していました。うちの子たちが、わたしとあのキノコを繋いでくれたんですよ」

「・・・・・・。そっか・・・・・・」


 いつの日だったか、シュルームが「キノコ同士は高度なコミュニケーションを行っている」と語っていたのを思い出す。

きっと、シュルームの愛情が胞子を経て、あの子思いなキノコ男に伝わったんだ。

シュルームなら・・・・・・あのキノコ男も安心だろう。


 だから・・・・・・。

どうか、安らかに。

続きます。

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