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大空洞

続きです。

 洞窟の変わり映えのしない景色が高速で流れている。

暗闇に慣れてきた目は、曖昧ながら辺りの状態をなんとか視認できるくらいにはなっていた。


 キノコ男に運ばれて数分。

わたしたちは今やもうどこだか全然分からないところまで来ていた。


 暗闇に目が慣れたことで見えるようになってくるのは、景色だけではない。

わたしとシュルームを脇に抱えるキノコ男の姿もはっきりと見えるようになってきた。

そして、気づく。


「ねぇ、シュルーム・・・・・・このキノコ・・・・・・」

「ええ・・・・・・そうですね。残念ながら・・・・・・」


 以前は確か赤かった気がする傘は、うっすら光を蓄えた紫色に変わっており、その何かの冗談みたいな着ぐるみのような体からは同じく紫色の結晶の先端が覗いていた。


 シュルームが俯きがちに言う。


「このキノコは・・・・・・既に手遅れ。もう戻れない段階まで、魔物化が進行しています・・・・・・」


 キノコ男の姿が以前とは変わった。

それすなわち、前はこの存在は魔物ではなく純粋に歩くキノコという新種だったということだ。

同時にその命がもう潰えようとしている証でもある。


「ねぇ、シュルーム・・・・・・?」


 ここで、このまま楽にしてやるべきだろうか・・・・・・と、シュルームに見えるように短剣を持ち上げる。

わたしが一突きすれば、瞬く間にこのキノコ男は・・・・・・キノコ男としても魔物としても、終わりを迎えるだろう。

死が避けられないのなら、せめて魔物になりきらない内に終わらせてあげるというのも・・・・・・一つの慈悲なのかもしれない。

しかしシュルームは・・・・・・。


「いえ、少なくとも・・・・・・今この子に殺意は感じられません。つまり理性を持って、わたしたちをどこかに運んでいるんです。ならわたしは・・・・・・時間が許す限り、それを見届けたいです。最初こそ驚きましたが・・・・・・何か、このキノコにはきっと考えがあるはずです・・・・・・」


 シュルームの視線はどこか遠くへ向いている。

その眼差しには悲哀ややりきれなさが滲んでいた。


 わたしにはキノコのことは分からない。

ダンたちも心配してるだろうし、少し・・・・・・わたしたちは状況に対して気長すぎるかもしれない。

だけど、わたしはシュルームの判断を信じる。

だからゆっくりと短剣を引っ込めた。


「「おおっ、と・・・・・・」」


 わたしたちの協力的な姿勢に気づいたのか、あるいは自身に残された時間の少なさを自覚したのか、キノコ男の速度が上がる。

刻一刻と進んでいく魔物化の苦痛に耐えながら、徐々に成長する結晶に体組織をじわじわ切り開かれながら、キノコは駆ける。


 その顔には表情どころか目鼻口もない。

言葉も話さない。

けれどその足運びから、どこかその必死さが伝わってくるような気がした。


 やがて、キノコ男の向かう先に光が見え出す。

まだそれは微かだが、徐々に、着実に近づいていく。


「これは・・・・・・」


 シュルームが段々と近づいてくる眩しさに目を細める。

わたしも同様に、光に対して顔を斜めにしてその眩しさの直視を避けた。

そして・・・・・・。


 最後の一踏ん張りとばかりに、キノコ男が強く踏み込む。

その衝撃は抱えられているわたしたちにもズンッと走った。


 歯を食いしばり、その衝撃に耐えながら・・・・・・ついにその瞬間を迎える。

キノコ男は跳躍を果たし、溢れる光の中に飛び込んだ。


 暗闇から日の当たる場所に突然飛び出したものだから、視界がほとんど真っ白になる。

眩しさの中に、ただキノコ男の影が揺れるのだけを感じる。


 気がつけば、わたしたちは地下に広がる・・・・・・大空洞とでも言うべきか、狭い洞窟から巨大な空間へと飛び出していた。

洞窟はその空洞のかなり上の方に通じていたようで、キノコ男に抱えられたまま十数メートル・・・・・・いや、数十メートルの落下が始まる。


「う、ひ、ぃぃぃぃ・・・・・・」


 内臓がふわりと浮き上がるような感覚に、声になりきらない悲鳴が漏れる。

涙がじんわり目尻に滲んできて、ついでに・・・・・・ちょっとちびる。


 そんな落下もずっとは続かず、やがて衝撃と共に土が派手に舞い上がる。

キノコの腕のクッション性のおかげでなんとかなったが、わたしたちを襲ったのはほとんど落下と同等の衝撃だったように思う。


 どさっと、キノコ男の腕から解放される。


「うっ・・・・・・」

「いてて・・・・・・」


 わたしもシュルームも、しばらく呻くようにしてすぐには起き上がれなかった。


 クラクラする頭を手のひらで押さえながら、おぼつかない足取りでどこかへゆっくり向かっていくキノコ男の背中を見る。


「追わ、ない・・・・・・と、いけませんね・・・・・・」


 シュルームが多少無茶しながらもよろめいて立ち上がる。

未だ平衡感覚を取り戻しきっていないわたしを置いて、シュルームもまた不確かな足取りで歩き始めた。

続きます。

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