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研究室

続きです。

 地下に広がる、空間。

決して広いとは言いがたい一室。

そこには使い道すらまるで見当のつかない機械が設置されていた。

部屋を縁取るように四方に。


 そして・・・・・・その中央。

物々しい機械たちに取り囲まれたその位置には、私の胃の位置くらいの高さの寝台があった。


 ゆっくりとその寝台に歩み寄って、表面を撫でるように触れる。

多少のクッション性はあるようだが、その感触は硬い。

表面は何かの皮か何かで覆われているようで・・・・・・いや、もっと人工的な何かかもしれないが、とにかく明らかに普通のものではなかった。


 指の腹に伝わる感触。

冷たいクッションに私の指先から体温が染み込んでいく、この感触。

私は・・・・・・この感触を、知っていた。


「っ・・・・・・」


 照明の明るさに目が眩んだのか、少しクラクラしてくる。

自分の血流の音が嫌にうるさく感じられた。


「・・・・・・そうだ・・・・・・血、だ・・・・・・」


 血の熱さ、鮮烈な痛みが蘇る。

視界がチカチカして、なんだかスッと気が遠くなったように感じる。


 寝台に触れていた手を額に当て、半ばよろめくようにしてそこから離れる。

一度の瞬きを経て、もう一度目を開くと・・・・・・そこには幻影が映し出されていた。


「ま、た・・・・・・だ」


 寝台の上、少女が拘束されている。

目隠しをされ、口すら塞がれ、その四肢を寝台に縛り付けられていた。


「君は・・・・・・誰・・・・・・?」


 問いかけようとも、少女は答えない。

答える口も塞がれているが、きっとそういう問題でもなかった。


 私は、何を見ているのだろう。

あの少女が・・・・・・私にこれを見せているのだろうか・・・・・・。

だとしたらいったいなんのために・・・・・・。


 キーン、と軽微な頭痛と共に耳鳴りがする。

一瞬部屋の眩しさが増したかと思うと、私を取り巻く幻は・・・・・・増殖した。


 少女を拘束した寝台のそばに二人の人影。

白衣を身に纏い、その表情や体つきの詳細は分からない。

だが男と女がそれぞれ一人ずつ居るのは間違いなかった。


 鼓膜に・・・・・・いや、頭の中から音が響く。


 口を塞がれた少女の苦悶の声に、男女がそれを見て交わす言葉。

幻にしては、それは鮮明だった。


 男が寝台の少女から視線を逸らすようにして言う。


「まったく、やってられないね・・・・・・。プラヌラ結晶が骨まで達してる。いや、これは・・・・・・骨から生えてる、のか? 俺たちにしたって、ミスプリントを押し付けられたってどうしようもないだろ・・・・・・」


 女がそれに答える。


「どうしようもないって言ったって・・・・・・やるしかないわよ・・・・・・。この子のためにも・・・・・・」

「けっ、こんなふうに苦しめて・・・・・・それで“この子のため”だって? そんなのバカげてる。所詮無茶なんだよ、アーティフィシャル・コード計画なんてのは。こんなことしてなんになるって言うんだ。・・・・・・先生は、こんなことに俺たちを巻き込んで・・・・・・気が狂ったのか?」

「・・・・・・ミスプリント・・・・・・つまり失敗作のままじゃ、この子・・・・・・殺処分されるだけよ。先生は・・・・・・悪い妄想に取り憑かれてるのよ。何をあんなに怯えているのか・・・・・・私にも分からないわ。とにかく・・・・・・この子はなんとか助けてあげないと・・・・・・」


 女が手術道具と思われる刃を少女の肉体に滑り込ませていく。

少女のうめく声はより一層激しくなった。


「・・・・・・っ! あなたも手伝って! とにかく結晶を摘出しないとっ! 私だけじゃ肉体の再生に追いつかないわ!」

「・・・・・・あぁ、もうっ・・・・・・! クソだっ! 何もかもクソだっ! 試作一号だぞ!? ただでさえ無茶な計画の、その最初の贄だ! 救えるわけないだろ! クソッ、クソッ、クソッ・・・・・・!」


 男の声に涙が混じる。

叫ぶように吐き捨てるその荒っぽさとは裏腹に、手際よく作業に加わっていった。


 溢れた血液が床に滴る。

少女の目隠しには涙が滲み、失禁したのか衣服にも染みが広がっていった。


 寝台の上で苦痛から逃れようと少女の体が暴れる。

それは拘束によって阻まれるが、しかし周囲の機械は何かを警告するように耳障りな音を上げていた。


 やがて・・・・・・。


「・・・・・・っ!!」


 火花が散るように光が弾ける。

その輝きを最後に照明は消え、暗闇が訪れた。

幻も、たちまち消えてしまう。


 やがて闇の中に、ぼんやりと少女の姿が浮かび上がる。

今度は拘束されておらず、またその衣服も一切乱れていない。

そしてその光の無い瞳は、真っ直ぐに私を見つめていた。


「ミスプリント、本当に覚えてないの?」


 少女が私を見上げる。

まるで責め立てるような眼差しで。


 アーティフィシャル・コード計画。

ミスプリント・・・・・・。

そして少女・・・・・・。


 断片的な要素が繋がり始める。

私に。


「あなたは私を置いて行った。この部屋に閉じ込めた。でも忘れない。忘れられるはずがない。忘れさせてやらない。ねぇ、ミスプリント? 私は・・・・・・あなたが切り離してここに捨てていった、あなた自身・・・・・・」

「私、は・・・・・・」


 ミスプリント。

少女は私のことをそう呼ぶ。

そして白衣の男女は、少女をまた・・・・・・ミスプリントと呼んだ。


 少女は・・・・・・私・・・・・・?

私は・・・・・・少女・・・・・・?


「私・・・・・・が・・・・・・?」


 頭の中で光が明滅する。

気がつけば部屋の照明が再び点灯し・・・・・・というよりは、もとより消えてなどいなかったことを理解し、少女の姿もそこには無かった。


 あるのは物言わぬ機械と、誰も乗せられていない寝台だけ。


 なんだか眩暈がしてしまって、入り口の階段に座り込む。


「はぁ・・・・・・」


 細く息を吐く。

その息は乾いた空気を少し掻き回しただけだった。


 この場所から離れたいはずなのに、今はその気力も湧かない。

色々と、追いつかなかった。


 この部屋は・・・・・・いわば研究室とでもいうのだろうか。

自分の体に刻まれたコードを見る。

そういえば、私は・・・・・・いつ頃からコードに目覚めていただろう。

とにかく・・・・・・今夜はもう、眠れそうになかった。

続きます。

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