シュルームのわがまま
続きです。
わたしが茶碗蒸しを食べ終えたのを見計らって、シュルームが「ここからが本題」とばかりに口を開く。
「さて、それでですね・・・・・・コーラル、もう一日わたしに付き合ってくれませんか?」
「え・・・・・・? 付き合うって、何に・・・・・・?」
空になった食器を台所に運んでいくダンに動作だけで礼を伝えながら、シュルームに聞き返す。
まぁもう一日くらいラヴィに話せば全然問題ないだろうけど、いったいなんだというのか・・・・・・。
「その・・・・・・みんなはまだ信じてくれてないですけど、コーラルは・・・・・・見ましたよね?」
「え・・・・・・見た・・・・・・って、何を・・・・・・?」
「ですから、例のキノコ! あの走ってた!」
「あ、ああ・・・・・・アレかぁ・・・・・・」
胞子の一件のせいですっかり頭から抜け落ちていたけれど、そもそもなんであそこに落ちたかと言えば・・・・・・あの謎のキノコ男の後を追ったからだった。
「っていうことは、コーラルさんも・・・・・・見た、んですね?」
ぐい、とサチも興味深そうに身を寄せてくる。
そう迫られるとなんだか自信もなくなってくるけれど、一応やっぱり見たものは見たのでぎこちなく頷いた。
「うん、確かにわたしも見た・・・・・・と思う・・・・・・」
「ね! ほら言ったでしょ! やっぱり間違いじゃないですよ!! 確かに居たんです!!」
シュルームが台所で食器を流しているダンに向かって声を上げる。
しかし返ってくる言葉は・・・・・・。
「にしてもコーラルとお前の二人だけってのはなぁ・・・・・・。これがプルームかサチだったらまだ信用できたんだが・・・・・・」
「なに!? わたしじゃ信じられないって言うんですか!?」
「そうは言ってないだろ」
「いや言ってるじゃないですか!」
といった具合に平行線のようだった。
結局のところ今それを議論したところで仕方ないので、シュルームに話を戻すように働きかける。
「それで、結局そのキノコ男がどうしたの?」
その言葉に、シュルームはガッとわたしの両肩を掴んできた。
「逃がさないぞ」とばかりにその指が皮膚に食い込む。
「ですから、わたしたちが言っているのは真実だって証明しないと! そうでなくても! あんなキノコ見たことありません! きっちりかっちり、この手帳に隅から隅まで根掘り葉掘りあることないこと書き記してやらなきゃ気が済まないでしょう!」
「いや、ないことは書いちゃダメでしょ・・・・・・」
「と・に・か・く! 明日もう一度、菌糸の森を見に行くんです!」
シュルームが表紙の焦げた手帳をバンバン叩きながらわたしに迫る。
わたしはそれに気圧されながらも、内心では正直なところ「えぇ〜、またぁ?」だった。
なんとかはぐらかせないかと思案していると、思わぬところから加勢が入る。
シュルームに。
「私も、姿を見たわけではないですが・・・・・・事実何かの接近は感知していましたし、再度調査する意義は十二分にあると思いますよ?」
「そう! そのとーり!! やっぱりサチは分かってる! りぃだぁとは根本的に頭のデキが違いますね!」
「あのなぁ・・・・・・」
呆れたダンが頭を掻く。
わたしはどっちの肩を持つでもなく曖昧に笑って頬を掻いた。
「まぁ、でも・・・・・・そういうことなら・・・・・・いいんじゃない? サチも居ることだし・・・・・・」
あくまでこれは「行ってもいい」という意思の表明であり、積極的に行きたいという意味ではない。
そこんところしっかり汲み取ってほしいが、まぁ今のシュルームにそれを求めるのは・・・・・・無理に等しいか・・・・・・。
「あ、それなんですけど・・・・・・」
しかしそこで、申し訳なさそうにサチが手を上げる。
「その・・・・・・私は今日採れたキノコのこと、それからコーラルさんの戦闘データのことを真理の庭の方にできるだけ早く共有したいので、ご一緒はできないと思います・・・・・・」
「えっ、そうなの?」
「はい・・・・・・。例の歩きキノコに関しては道案内云々ということでもないですし、そんなにお役に立てることもないと思いますから」
「あぁー、そっかぁ・・・・・・」
アナライザーが居ると何かと心強いので残念だ。
だがまぁ多忙な学生であるサチをいつまでもこんなことに付き合わせるべきではないのもまた事実か。
「なんと!? サチは興味無いんですか!? 歩くキノコですよ!?」
「・・・・・・いえ、興味が無いと言えば嘘になりますが・・・・・・今日のシュルームさんの様子を考えると、シュルームさんの記録を見せていただければそれで十分だと思いますし・・・・・・」
サチの視線がシュルームの手帳に注がれる。
シュルームは自らの能力を認められ嬉しそうだったが、同時にサチを引き止める切り札を失ってしまい悔しそうにもしていた。
「っていうか、ちょっと待てよ。いつの間にか行くことが前提みたいな話になってないか?」
丁度そこにダンも戻ってくる。
シュルームはわざとらしいくらいの不満顔をダンに向けた。
「ダメって言うんですかぁ、りぃだぁは?」
「いや・・・・・・そうは言ってないがなぁ・・・・・・」
ここで強く出られないのがダンのいいところであり、欠点だ。
「じゃあいいじゃないですか! プルームだって行くって言ったら断らないですよ、結局」
「・・・・・・はぁ・・・・・・。まぁ、お前・・・・・・イヤっつっても行くんだろどーせ」
「はい。当然そうしますよ?」
「あーあー、もう分かった! 分かったよ、行く。付き合えばいんだろ。お前らだけじゃ何が起きるか気が気でないからな」
結局、シュルームのわがままにダンが折れる。
もうこのパーティの中で何度も繰り返されてきた光景だ。
今まで菌糸の森に入る機会がなかったのもあって、一回立ち入ってしまってシュルームに歯止めが効かなくなってしまったのもあるかもしれない。
半ば無理矢理引き出したようなものだが、シュルームはダンの返答にご満悦の表情を浮かべる。
ダンも、結局は満更でもなさそうだった。
話が一応まとまったところで、サチが口を開く。
「あの・・・・・・では、ついでって言ったらなんですけど・・・・・・」
サチの視線がシュルームの手帳に吸い寄せられる。
さっきからちょくちょく気にする素振りはあったが、いよいよ露骨になってきた。
「その手帳について、少しお話を聞かせてもらっても・・・・・・いいですか?」
サチの視線が少し上に移動する。
その視線は単なる好奇心以上の強い意思を持って、シュルームの瞳を真っ直ぐ見据えていた。
続きます。




