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茶碗蒸し

続きです。

 暖かな温度の中でまどろむ。

何か忘れているような気もするけど、それについて考えられるほど思考が明瞭ではなかった。


 ベッドの反発を感じながら寝返りをうつ。

そういえば・・・・・・ラヴィが一緒じゃなかったろうか。

今はどのくらいの時間で・・・・・・今日は何をしたんだっけ・・・・・・。


 だんだんと意識が浮上してきて、まぶたがうっすらと持ち上がる。

ベッド脇の机に乗せられたランプの小さな炎が暗闇に揺らめいていた。


「夜・・・・・・か・・・・・・」


 夜中に突然目覚めてしまったとでもいうのか、まだ朝日は昇っていない。

けれども感覚としては十分な睡眠をとったような気がしていた。

なんだか少しお得な気分だ。


 このまま再び眠りに落ちるのは、難しくない。

体を起こすのも、これまた簡単だろう。

なにしろ普段じゃなかなかないくらいにスッキリしている。


「んー・・・・・・」


 布団の中で伸びをしつつ、あくびをする。

そうして深呼吸して・・・・・・気づく。


「ん? あれ・・・・・・?」


 なんか、匂いが違う。

いや、でも・・・・・・知らない匂いでもない。

というか・・・・・・。


「あれ? え??? ここわたしの部屋!?」


 ラヴィの家でなく、ダンの家での。

一瞬なんでダンの家に居るのかと思うが、そこから連鎖してさらにもう一つ思い出す。


「ん・・・・・・? いや、あれ・・・・・・わたし、菌糸の森でキノコ探して・・・・・・なんで家の中・・・・・・???」


 急速にまどろみの熱から脳みそが冷えてくる。

関連することを続々と思い出す。


「そうだ・・・・・・」


 わたしはみんなと菌糸の森にキノコを採りに行って、そこで・・・・・・そう、キノコの胞子だ・・・・・・!

そしてその後のことは・・・・・・どうにも思い出せない。


 完全に目も覚めたので、上体を起こす。

薄ぼんやりとランプの火が照らす部屋を見渡すと、やっぱりわたしの部屋のようだが、少し・・・・・・いやだいぶ以前とは様子が違うのに気がついた。

部屋の至る所に、キノコが置かれているのである。

一瞬幻覚を疑うが、たぶんこのキノコは本物。

シュルームの育ててるキノコだ。


 わたしの部屋を物置代わりにしたみたいな話は聞いてたけど、わたしが来るのを分かってたのに結局そのままにしていたのか・・・・・・。


「っていうか、こんな場合じゃ・・・・・・!」


 ベッドから飛び起きて、急いで部屋を出る。

現在時刻は不明だが、少なくとも今日はぐっすり眠ってる場合じゃなかったはずだ。

ていうかこれラヴィにも何も言ってないし、心配してるかな・・・・・・。


 階下に降りると、意外とまだみんなも起きていたようで部屋には灯りが点いていた。


「お、やっと起きたか」


 わたしの姿を見つけたダンが挨拶するみたいに手を上げる。

部屋にはそれから、わたしより先に起きたであろうシュルームと、サチが居た。


「あれ? プルームは? どこ行ったの?」

「ああ、アイツならなんか出かけるっつって・・・・・・まぁ肝心のコーラルがすっかり眠ってたから引き留めもしなかったが・・・・・・今晩中には戻らなそうだな、ありゃ」

「え、えぇ・・・・・・何あいつ、また出かけてるの・・・・・・」


 ダンの言葉に苦笑いする。

色んな女の子相手に八方美人やってるからこうなるんだ、まったくあの男は・・・・・・。


「なんか食うか? 腹減ってんだろ? プルームが出る前に作ってった料理残してあるから、お前も食いな」

「うん、そうする・・・・・・」


 そう聞いて自分でその料理とやらを取りに行こうとするが・・・・・・ダンに「座ってろ」と手で合図される。

そしてわたしがその通りにするよりも早くダンは台所に向かって行った。


「あー・・・・・・別にいいのに・・・・・・」


 とは言いつつも、やってくれるならとシュルームの隣に座る。

シュルームはいつものキノコ手帳を広げて何やらを書き込み、それを向かい側からサチが覗いていた。


「すごいですね・・・・・・キノコの胞子にやられてたとはとても思えないほどに正確に、それも詳細に記録されてます・・・・・・」

「・・・・・・幻覚のせいで存在しないキノコに無駄なページ使っちゃいましたケドね・・・・・・。まぁでも例のキノコに関しては酔っ払っててもちゃんと記録できてましたし、適切に採取できてました。そこはまぁ・・・・・・さすがわたし、ですねぇ」


 目を丸くするサチに、シュルームが誇る。

わたしもその手帳を横から覗くと・・・・・・細部まで緻密に描かれた模写と、その周りにびっしりと細かな文字が書かれていた。

一体たかだか一本のキノコに何をそれだけ書くことがあるというのか・・・・・・。


「シュルーム、このキノコって結局どうなの?」

「どう・・・・・・って言うと?」

「や、だからさ・・・・・・なんか使えそうなの・・・・・・?」


 酷い目にあった(おそらく)のだから、こう・・・・・・何かしら用途のあるキノコでいてほしい。

シュルームはそれに一瞬何かを考えるような表情を浮かべるが、すぐにその首を縦に振った。


「ええ、わりかし使い道はありそうですよ。幻覚に酩酊と、だいぶ厄介な要素はありますが毒性自体はそこまでのものじゃありません。濃縮でもしなければまず生命に危険は及ばないですよ。おまけに毒素の抽出も容易で、毒抜きすれば食べることもできます」


 シュルームがそう言ったとき、ダンがわたしの前に料理を運んで来る。

深めの器に満たされたそれは・・・・・・。


「茶碗蒸しだよ。熱いから気をつけて」

「あ、いや・・・・・・それはいいんだけど・・・・・・」


 混じっている具材の一つをスプーンでつつく。


「これって・・・・・・」

「ああ、例のキノコだ。シュルームが適切に処理したし、もうお前以外はみんな食べて実際に大丈夫だったから心配要らないぞ」

「そ・・・・・・そう・・・・・・」


 まぁダンも言うように大丈夫なのだろうけど、やっぱり多少なりとも怖気付く気持ちはあった。

とはいえお腹が空いているのも事実なので、ここは思い切りよく口に放り込む。


「・・・・・・!」


 下に触れた瞬間から繊細な出汁の風味が熱とともに広がっていく。

舌に滲むようにしてじんわりと強い旨味が味蕾を刺激し、そして爽やかな香りが鼻から抜けていった。

さすがにプルームが手がけただけあって美味しい。

だが・・・・・・。


「ん・・・・・・?」


 突如として訪れる、違和感。

グニっと、例のキノコを臼歯であっした瞬間にその違和感は素早く舌を包み込んだ。


「んぐっ・・・・・・ぅえっ! 何コレにがっ!!」


 苦い。

なんだコレは・・・・・・。


 キノコから溢れる強烈な苦味に唾液が溢れる。

しかしそれでも苦味は薄まらず、喉に引っかかるようにしてずっと口の中に残っていた。

それを見てシュルームはなぜか嬉しそうに笑う。


「とまぁ、こんな具合で・・・・・・いい味の片鱗もあるんですけど、食材としての価値は低いと言わざるを得ないでしょうね。噛まないで飲み込めば極端な苦味はマシになるから、ま、そうやって食べてください」

「さ、先に言ってぇ・・・・・・」


 苦味に苦悶するわたしをよそに、シュルームは鼻高々とまだまだ語り続ける。


「で、食べるってなるとこんなもんですが、それでも薬としては思ったより応用が効きそうですよ。鎮痛剤や麻酔薬、それから・・・・・・媚薬なんかにも。革新的ではないですが、ちゃんと使えるものが作れます。まぁでもこのキノコが高値で取り引きされるようなことは・・・・・・あぁっと、一つの例外を除いて無さそうですね」

「れ、例外? それなら高く売れるの?」


 まだ苦味に舌をいじめられているが、しかし高値で売れるかもしれないと言われると自然意識はそちらに向く。

しかしシュルームは「分かってないなぁ」とばかりに首を横に振った。


「何でもかんでもお金に結びつけるのはナンセンスですよ、コーラル。それに・・・・・・この例外って言うのは、いわば麻薬です。そうする場合、作り手の腕にも寄りますが・・・・・・十中八九毒性は排除できない・・・・・・というよりは増すことになります。そういうものは・・・・・・作るべきじゃありませんよ」

「へぇー・・・・・・自分もキマッてたくせにカッコいいこと言うじゃん」

「それを言うならコーラルだって人のこと言えませんよ。あなたの寝言、結構人に聞かせちゃダメなこと言ってましたからね・・・・・・」

「え、ウソ・・・・・・」


 わたしたちのやりとりに、サチが申し訳なさそうに笑う。


「すみません・・・・・・その、結構聞いちゃいました・・・・・・」

「え、ちょ・・・・・・えっと、どんなこと言ってた?」

「あ・・・・・・あー、それは・・・・・・知らない方がいいかも、です・・・・・・。シュルームさんはずっとキノコに狂ってるだけでしたけど・・・・・・」

「え、えぇ・・・・・・」


 何を言っていたのか知りたいと、やっぱり知りたくないがせめぎ合う。

いや、でもどの道言ってしまったのだ。

だったら恐れてどうする。

迷わずに聞くべきだ・・・・・・と心の中だけは威張って、けど結局それについて言及する勇気はなかった。


「う、うぅ・・・・・・ご、ご迷惑をおかけして・・・・・・」


 恥ずかしいやら気まずいやらで、とにかく謝る。

サチはやっぱり苦笑いしながらぺこぺこと頭を下げた。


「いえ、こちらこそすみません。お二人に関しては胞子を吸った量が多かったために、逆にすぐ熟睡してしまいましたから・・・・・・迷惑ってこともなかったですよ・・・・・・」


 サチの優しさは沁みるが、結局わたしの寝言に対するフォローはない。

聞く勇気が無い以上、わたしはこれから一生「みんなに何かとんでもないことを聞かれている」という恐怖を抱えて生きていくのだろう。


 今はその現実から逃れるために、プルームの茶碗蒸しをかきこむ。

美味しいけど・・・・・・やっぱりこのキノコが入ってない方が絶対もっと美味しかった。

続きます。

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