キノコ男
続きです。
それからしばらくサチの記憶通りに進み、やっと目的地に辿り着く。
そこは・・・・・・しかしもうわたしたちの目的地と呼べるような場所ではなくなっていた。
「はぁ・・・・・・まぁ分かっちゃいましたケド・・・・・・こうして見るとやっぱり堪えますね・・・・・・」
シュルームがその惨状を見て肩を落とす。
期待が高まっていただけあって、それも無理のないことだった。
さっきのモグラの影響か、やはり土壌が弛み樹木が傾いている。
あのモグラが最近通った道なのか、ここに来るまでの道のように植生が変わってしまっているわけではなく、それこそ巨大なスコップで地中からひっくり返したかのように土が盛り上がっている。
この様子じゃキノコなんてものはもうぐしゃぐしゃになってしまっているだろう。
掘り返された土をしゃがんで手に取ってみる。
柔らかくほぐれたそれは指の隙間からこぼれ、手のひらの上には少量の草の根だけが残った。
「よりにもよってここら辺一帯が一番酷い有り様ですね・・・・・・。みなさんには申し訳ないですが、この場所は絶望的かと・・・・・・。元々大量に自生していたわけでもありませんし・・・・・・他のポイントを探そうにも骨が折れますね・・・・・・」
「キミが気に病むことじゃないさ。巡り合わせが悪かった。シュルームだって別にキミを責めてるわけじゃない」
道案内の役目を果たせず・・・・・・というよりその道案内に意味がなくなり、サチも少し落ち込んだ様子だ。
プルームが慰めると軽く笑って見せるが、やはりそれはそれこれはこれという感じだった。
「ねぇダン、どうするの?」
一応リーダーなんだからと、ダンに尋ねる。
もちろんその意図はキノコ探しについて。
特別ダンがそのことに興味があるわけじゃないだろうが・・・・・・。
「そうだな・・・・・・」
しかしシュルームのことが多少なりとも気にかかるのか、頭を悩ませていた。
時間からすれば、まぁ今から手掛かりなしで別に生えている場所を探すというのはまぁ無茶な話ではない。
ただ、もうどこにもないかもしれないそれにどれくらい時間をかけられるかっていうと・・・・・・。
やっぱり“骨が折れる”の一言に尽きるのだった。
まぁ別に、冒険者なら誰でも経験することではある。
そうでなくても探し物が見つからないことなんてザラだし、徒労に終わるっていう結果は何にでもついてまわる。
「まぁ、しょうがないですね、こればっかりは・・・・・・。元々わたしのわがまま付き合わせただけと言えばそうですし・・・・・・これ以上欲張ったことは言えませんよ・・・・・・」
「い、いいのか・・・・・・? でもほら、他のどこかにあるかも分からないし・・・・・・」
「・・・・・・りぃだぁって、行く前はしぶるくせにいざことを始めるとなんだかんだ最後までやり切ろうとしますよね・・・・・・」
「そりゃそうだろ。お飾りでも一応リーダーやってんだ。別に俺たち、今更遠慮だのなんだのって間柄でもないだろ?」
「・・・・・・ふふ、そうですね・・・・・・」
シュルームが俯いていた顔を上げる。
諦めるにはまだ早いということだ。
たぶん、そんな大層な価値のあるキノコじゃない。
見つけたとて労力に見合う結果は絶対に得られない。
しかしそれは、シュルームが見つけなきゃたぶん他の誰もそのキノコを見つけようとはしないということでもある。
そんなキノコを、シュルームがみすみす諦められるはずもない。
そして、転機というのはそういう悪あがきする者のところに訪れるものだ。
もちろん、それが良いものか悪いものかは分からないが・・・・・・。
「待ってください。近くに何かの気配があります」
サチのこぼした言葉に空気がピリッと張り詰める。
「これは・・・・・・たぶん、魔物・・・・・・ではありません。人、でもなさそうですが・・・・・・おそらく高い知能を有しているかと・・・・・・」
「それは・・・・・・危険、なのか・・・・・・」
魔物でもなきゃ人でもない、かと思えば知恵を持っている・・・・・・何か・・・・・・。
その危険性についてダンがサチに尋ねる。
「場合によっては・・・・・・。何しろ得体が知れません。ただ少なくとも、私たちを意識しているのは間違いありません。こちらを見ています。巧妙に身を隠しながらも、近づいて・・・・・・っ」
サチの視線が気配を辿って忙しなく辺りを走る。
わたしたちは警戒するように自然と背中を合わせて死角を補った。
そして、とうとう“それ”の尻尾を掴んだのは・・・・・・シュルームだった。
「え? は!? キノコ!?!?!?」
「え、何言って・・・・・・」
さっき聞いた情報とはまるで食い違うような“キノコ”という言葉に思わずシュルームの視線の先を見る。
わたしの視線が完全に追いつく前に、それはガサッと音を残して別の木陰へと消えていってしまう。
が、確かに一瞬・・・・・・ほんの一秒にも満たないくらいの瞬間だったが、わたしの目は確かにそれの姿を曖昧ながら捉えた。
やや黄ばんだ白色の・・・・・・茎(でいいのか・・・・・・?)に、そして一瞬のことだとしても目に焼きついて離れない赤色の傘。
短い手脚の・・・・・・それでいて小太りの2メートルくらいの背丈のキノコが、確かに走り去って行った。
「ま、待った待った! キノコってどういうことだよ!? サチの話じゃ知性があって、ていうかそもそもキノコだったら動かねぇだろ!」
シュルームとそれから一応わたし以外のみんなはその姿を見ることが叶わなかったのか、ダンはシュルームの言葉をとても信じられないと言った様子だ。
無理もない、わたしも実際見てなければ同じ態度だったろう。
「いや、ダン・・・・・・本当・・・・・・。わたしも見た。脚生えてて、なんか・・・・・・めっちゃ走ってた・・・・・・」
「んなバカな・・・・・・! 冗談でもそんなこと言わねーぞ!」
「え、いやいや・・・・・・本当に・・・・・・」
ダンが「まさかそんなこと」という顔でわたしの方を見る。
そしてわたしの表情を見て、ダンの顔もみるみる変わっていった。
「え・・・・・・マジ、なの・・・・・・?」
ダンの言葉にコクリと頷く。
これ、なんなら最初に探してたキノコよりとんでもない代物なんじゃないだろうか?
「はっ! こうしちゃいられませんっ!」
あっけにとられていたシュルームが、キノコ男(便宜上とりあえず)の逃げて行った方に駆け出す。
「高い知能を持ってるんですよねぇっ? もしかしたら、キノコと話せるかもっ?」
「えっ、キノコと話すぅ!?」
キノコ男(性別不詳)の登場にも驚かされたが、シュルームの発想に更に驚かされる。
まだ状況についていけてないみんなはどうしたものかわからず固まっていた。
わたしは急いで走り出したシュルームに追い縋る。
その時はっとしたようにサチが叫んだ。
「あっ、二人とも待ってください! そっちは地盤が弛んでてどうなってるか・・・・・・」
「「えっ・・・・・・?」」
そうは言っても、わたしもシュルームもそんないきなり急停止はできない。
止まれず踏み出した足は、柔らかすぎる地面に沈み・・・・・・。
「「あ」」
わたしとシュルームは土が崩れるのと一緒に、落下した。
続きます。




