ラヴィの大掃除
続きです。
コーラルの去った私の家は、久方ぶりの静けさが液体のように満ちていた。
人が一人居ないだけでこうも静かなのか、と思う。
コーラルと出会う前はずっとこうだったはずなのに、今ではそれが新鮮ですらある。
長いこと一人この家で暮らしてきたが、この家の広さをまるで初めて認識したような気分になった。
「一人だと・・・・・・・この家、こんなに広かったんだ」
思えば両親が消息を絶ってからどれほど経ったのだろうか。
その日から私の一人暮らしが始まったはずなのに、その節目がいまいち判然としない。
まぁ、それも昔のことだ。
「さて、と・・・・・・・」
今回はかつての仲間と久しぶりにどうのこうのということだ、私が邪魔するわけにはいかない。
コーラルの部屋を整理するというのはコーラルを一人で送り出す為の単なる口実だったが、言ったからにはしっかりやり切るべきだろう。
「・・・・・・・」
他にすることもないので早速コーラルの部屋に向かう。
特別入室許可を貰ったわけでもないが、部屋を整理する旨は伝えてあるし問題ないだろう。
部屋に入ると、そこには・・・・・・・まぁ見慣れた風景が広がっているだけだった。
一応寝室としてそれぞれ部屋を決めたはいいが、結局のところ私もコーラルも互いの部屋を自由に出入りしている。
出入り口のドアに鍵はかかるのだが、私たちのいずれも施錠はしない。
要は・・・・・・・はなから二人ともそんなに気にしていないということだ。
部屋にはまだコーラルの私物は少ないので元よりあった荷物を移動なり処分なりするだけでいい。
それにしても・・・・・・・。
「この部屋、なんだったかな・・・・・・・」
どうしてかコーラルが来るまでこの部屋の存在を忘れてしまっていたような気がする。
ベッドがある以上、私の両親のどちらかの寝室だったのだろうけど・・・・・・・。
この部屋がいつから物置になっていたのかは分からないが、まぁコーラルが来たことによって再び寝室になれてこの部屋も嬉しいだろう。
既にコーラルが最低限過ごせるようにした時点である程度は片付いているから、作業量もそんなに多くない。
重量のあるものとかもコーラルと片したので、今日中に十分やり切れるはずだ。
特に考えることもないので手近な荷物から廊下に運び出していく。
荷物を持ち上げ、私が駆ける度に埃が舞った。
まぁそうだろうとは思っていたが、後で掃除もしないとだ。
作業の妨げになるような要素もないので、部屋は順調に片付いていく。
隠れていた床がじわじわと姿を現してきて、部屋自体広くなったように錯覚する。
私が使っている部屋の方も少し片付けたらもう少し広くなるかもしれない。
「・・・・・・・しかし・・・・・・・なんなんだろう、これ」
少し一息ついて、運び出した荷物に目をやる。
それは箱やら何やらに詰められた日用品やその他雑貨類で、使わずに仕舞い込んでおくほどのものでもないように思えた。
長いことここに押し込められていたことを考慮すれば、特別品質が悪くなっているようでもないしなんならもっと早く引っ張り出していれば全然使っていただろう。
「他にも収納スペースはあるのに・・・・・・・どうしてここにこんな大量に押し込めたんだろう・・・・・・・」
少し不思議には思う。
しかしそれ以上のことはない。
不思議と言えば不思議だが、まぁそんな死ぬほど気になるかと言えばそんなことはない。
作業にも終わりが見えている。
とりあえず全部荷物の移動を済ませたら少し休憩にしようと決め、ラストスパートに取り掛かった。
山積みとなった荷物の土台、積み重なった荷重の地盤となっていた荷物を床から持ち上げる。
その時だった。
「あ・・・・・・・」
荷物をどかして現れる床。
木製のそれには、しかし明らかに異質な金属の部分があった。
一面木製のはずの床に、そこだけ切り取るように走った金属製の四角いフレーム。
そこの部分には簡素ながら取っ手がついていた。
「蓋・・・・・・・?」
あるいは扉。
明らかにここは開くようになっている。
フレームの小さな隙間、紙一枚がやっと挟まるくらいの闇から冷たい空気が登ってきていた。
そのひんやりとした温度が肌に触れると、なんとなくぞくりと全身に悪寒が走る。
言い知れぬ嫌な感じ。
気道が締め付けられるような、血液がさーっと冷えていくような、不快感。
「これ・・・・・・・」
理由も分からず動悸がする。
体の芯が冷えていくのに、じわりと汗が滲む。
何かを予期しているのか、あるいは・・・・・・・。
「怯えている・・・・・・・?」
自分のことなのに、その正体が分からない。
私はこの簡素な扉に、何を感じている?
少し躊躇するが、その扉に手を伸ばし取っ手に人差し指を引っ掛ける。
何故これだけのことにこんなに抵抗感が伴うのか分からない。
その得体の知れなさ、説明のつかない感覚に腹立たしさすら覚える。
その苛立ちを原動力に、腕の筋肉に力を込めた。
続きます。




