変わらぬ喧騒
続きです。
ダンの家に上がり込むと、一斉にこちらに向いた視線に出迎えられた。
別にそれだけだったら何か不思議に思うこともないのだけど、そこにはサチの視線もあった。
と同時に、一人足りないのにも気づく。
「あれ? プルームは?」
「プルームなら、最近よく出かけてんの。ね、りぃだぁ?」
「あ、ああ。まぁ昼頃には戻ってくるだろうし、そろそろだとは思うぞ」
ダンとシュルームがわたしの言葉に答えながらも、その視線はサチの方へ向いている。
少し不思議に思ってその視線を辿ると、まぁ当然のことだけれどサチと目が合った。
サチが首を引くようにして顔を傾けると、メガネのレンズに光がさす。
そのせいで表情が読みづらくなったけど、サチは小さな口を小さく開いた。
「あの・・・・・・・実はコーラルさんについて少し調べるように頼まれまして・・・・・・・」
「え、いいよ。誰から・・・・・・・?」
「え・・・・・・・あ、せめて承諾は内容を聞いてから・・・・・・・」
「って言っても、ダメーって言ったらサチ困るでしょ? 別に人に話せないヒミツとかわたし無いし・・・・・・・あ、でもお風呂覗いたりはダメだよ」
そんなことはしないだろうけど。
それはともかく、サチは一体何が知りたいのだろう。
思い当たる節は・・・・・・・。
「あー・・・・・・・真理の庭関連の・・・・・・・。たぶんなんだっけ・・・・・・・孵化?についてでしょ?」
一つだけあった心当たりをサチに向かって「どう? 正解?」と尋ねる。
サチが真理の庭の学生だってことはもう聞いてるし、繋がりがあるとしたらやっぱりそこら関連が妥当だろう。
予想は見事的中し、サチはわたしの言葉に頷く。
「勘がいいですね。まぁ孵化じゃなくて羽化ですが・・・・・・・。ともかくですね、私を気にかけてくださってる・・・・・・・ハンドレッド先生って方なんですけど、その人が学祖に頼まれて羽化について調べているんです。羽化という現象自体とても希少なものですから、是非力になっていただければ・・・・・・・」
「うん、分かったよ。・・・・・・・でも、わたし別にそんな特別話せることないよ?」
「それについては大丈夫です! 私、これでもアナライザーですから!」
「そっか、そだったね」
先生からの依頼ってこともあって、サチはなかなか張り切ってる感じだ。
以前会ったときより、こう・・・・・・・自信みたいなのに満ちている気がした。
しかし何かを思い出したのか「あ・・・・・・・」と見た目にそぐわない間抜けな声を上げる。
「・・・・・・・でも、その・・・・・・・少し戦闘データといいますか、コードを使っているところを見たいんですけど・・・・・・・。可能、でしょうか・・・・・・・?」
「え、あー・・・・・・・それは・・・・・・・」
今回の集まりは、別にどこかに出かけて何かをやっつけようってものじゃない。
だからまだしばらく戦ったりってことはない可能性が高い。
「今日じゃなくていいなら」と言葉を続けようとしたところ、シュルームが割り込んだ。
「それなら丁度いいですね!」
何かを企んでいる悪い笑顔を浮かべるシュルーム。
何がどうして丁度いいのかに誰も合点がいっていない様子だし、勝手に言い出したというのは明らかだった。
「ほら! 菌糸の森で、サチがキノコ見つけたって言ったじゃないですか! わたし、あれ欲しいんですよね! 今なら発見者のサチが居るわけですし! この際みんなでまた菌糸の森に行けばよくないですか!?」
シュルームは立ち上がってテーブルをバンバンしながら自分の構想をプレゼンする。
「えっと、私は構わないですけど・・・・・・・」
サチにとっては一応都合の良い提案だったようで、周りの表情を窺いつつも賛同を表明する。
わたしもまぁ・・・・・・・別に構わない。
ただその場合、まず間違いなくラヴィの家には帰れなくなるので、それはしっかりラヴィに伝えておかなければならない。
シュルームはサチの賛同に満足気に頷き、わたしの表情を見てまた頷く。
ただ、ダンのみが難色を示していた。
「いや、しかし・・・・・・・こうせっかくコーラルが来たんだしな・・・・・・・。シュルームのやりたいことじゃなくてコーラルのしたいことを・・・・・・・」
「りぃだぁ、往生際悪いですよ! コーラルだって別に嫌な顔してないじゃないですか! そんなこと言って、りぃだぁが大好きなコーラルと特別〜な時間過ごしたいだけでしょお!」
「お、おいシュルーム・・・・・・・!」
今やダンがわたしに惚れてたのが周知の事実・・・・・・・というか唯一知らなかったわたしが知った後なので、シュルームももはや遠慮しない。
ダンも恥ずかしそうにはするものの、図星だったのか強く出られないままでいた。
「と、とにかく! ・・・・・・・そうだ、プルーム! プルームの同意が得られないと俺は認めないぞ!」
赤面しつつも、もはや意地になってダンも譲らない。
サチはダンの恥ずかしさが伝染したのか、同じく顔を赤くして静観していた。
噂をすれば影、ばっちりなタイミングでプルームが帰って来る。
「おやおや・・・・・・・なんだかボクが出かけているうちに、随分賑やかなことになってるみたいだね・・・・・・・」
プルームの登場に、サチは前髪をいじりながらその顔を見上げる。
そしてダンとシュルームは、プルームの首に噛みついてしまいそうな勢いでその名を呼んだ。
「「プルーム・・・・・・・!!」」
プルームはそんな二人を見てため息をつく。
「はぁ・・・・・・・あまりレディの前で無様なところを見せないでくれよ。ボクが恥ずかしくなってくるだろ・・・・・・・」
わたしはもうすっかり外野側の立場なので、呆れるプルームの服の裾を引いて手を振る。
「やっほ。久しぶり」
「コーラル・・・・・・・あの二人、何があったの?」
「分かるでしょ、しょーもないこと! プルームも構うことないと思うよ」
「はぁ、そうみたいだね。・・・・・・・とにかく、今日はキュートなお客さんが来ているようだからお茶でも淹れてもてなさないとね」
プルームは噛みついてきそうなダンたちを適当にあしらってサチに向かってウィンクする。
すっかりやかましくなった部屋の中で、サチは小動物みたいに縮こまってプルームのウィンクに小さく頷いた。
わたしとラヴィ二人の生活にはない喧しさ。
こういうのを見ると「ああ、そうそう」って、ここってこんな感じだったなって思い出して、ちょっと嬉しくなるのだった。
続きます。




