幕間「ダーウィンの視覚記録」
続きです。
格納庫の整備橋の上、少女と少年がこちらを見上げる。
「気分がすぐれないの?」
少年が少女に語りかける。
少女は整備橋の手すりに肘を置いて頬杖をつき、静かにため息を吐いた。
「少し疲れただけだよ。もう慣れないとね、こういうことにも・・・・・・・」
「その・・・・・・・今日の子、は、さんごの・・・・・・・」
「・・・・・・・そうだよ。わたしの友達。けど・・・・・・・別に気にしてない。しょうがないじゃん。色々と」
少女の視線は何もないところを彷徨う。
何かを探すように、あるいは何かから逃げるように。
結局行き先を失ったその視線は少年の方に向けられた。
少年は少女になんとか言葉をかけようとするが、結局何も言えずに不器用な沈黙を貫いた。
簡素な設計の階段を登って、二人の背後に近寄る人影がある。
目つきの鋭い、背の高い男性だった。
男の来訪に気づいた二人は、ゆっくりと男性の方を向く。
視線を受けた男は、二人に小さく手を振ると、少女の隣に並んでこちらを見上げた。
男は真っ直ぐにこちらを見たまま、その口を開く。
「本当は、君たちみたいな学生にこんなことをやらせるべきじゃないんだがな。済まないと思っているよ。最も・・・・・・・こんな大人の言葉は信用できないだろうがね」
「・・・・・・・べつに、そんな卑屈にならなくてもいいですよ、教授。わたしなら心配要らないですから、また何かあれば出撃しますよ。わたしと、ダーウィンが」
「・・・・・・・本当に・・・・・・・君は変わっているな。さんごくんだって本当は分かっているだろうに・・・・・・・」
男はこちらを睨みつけるように、そのただでさえ鋭い瞳を細める。
「ダーウィン・・・・・・・か。今や世界は混沌としている。人類が奇跡をコントロールできるようになってから、この人間社会は壊れたと言っても過言ではない。奇跡の総量には、人類が介入するべきではなかったのかもしれない。なぁ、君は・・・・・・・人類は今どこへ向かっているのだと思う?」
男はこちらから視線を外すと、今度は少年に言葉を投げかける。
少年は少し考える素振りを見せるが、やがて諦めたのか再度沈黙を選んだ。
「君は臆病だな・・・・・・・」
男は責めるでもなく、しかし冷淡に少年に言い放つ。
そして少し間をあけて、違う言葉で少年に質問を投げかけた。
「では過去の話をしよう。公正公平の都市の末路は? コロニーの不死実験の結果は? 君くらいなら知っているだろう?」
男の言葉に少女は「何それ?」という表情を浮かべ、少年は悔しそうな腹立たしそうな顔をして男の言葉に答えた。
「公正公平の都市という怪物は、システムの破綻で自壊した。不死実験も、集団自殺によるコロニーの自壊に終わった。教授・・・・・・・あなたは、僕たちが自滅の道を歩んでいるとおっしゃりたいのですか?」
男は数秒間こちらに視線を向け、しかし何も見ずに黙ったままでいる。
そうしてゆっくり目を閉じると、その口を開いた。
「別にそう言いたいわけでもないが、そう解釈してもらっても別に構わない。私も君と同じで臆病なんだ。この問いの答えは、私も分からない。だが信念は別だ。どのみちそう若くないからこんなことが言えるのかもしれないが、私は人として愚直に歩き続けたい。所詮人は人、いきなり翼を手に入れても上手には飛べないさ。若者、君たちは・・・・・・・どうする?」
少年少女は答えない。
男も、答えを要する質問ではなかったのかそれ以上何も言わなかった。
男は少年少女の肩をポンと叩くと、ゆったりとした歩みで去っていく。
二人はその後ろ姿が小さくなっていくのを見送った。
「ねぇ」
少女は手すりに背を預け、格納庫の照明を見上げる。
「わたしたちがさ、もし初めから・・・・・・・鳥みたいに翼が生えてたらさ、今頃上手にみんな飛んでたのかな?」
少女は照明に向かって手を伸ばし、指を広げる。
その手が何かを掴むことはなく、空に羽ばたき出すこともない。
細く弱々しい、人間の腕だけがそこにあった。
少女は首を傾けて、こちらにも視線を向ける。
「ねぇ、ダーウィンはどう思う? あなたって、一体何なの・・・・・・・?」
続きます。




