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日常

続きです。

「あー、終わったぁ・・・・・・・」

「うるさいですよ、りぃだぁ」

「うるさいぞ、ダン」


 見舞いから戻ったダンは、家に上がるなり溶けたようになってテーブルに突っ伏していた。

その存在感のやかましさを遅めの朝食を摂るシュルームと、掃除中のプルームが非難する。

しかしダンはそれにも屈さず・・・・・・・というよりその言葉に応じる気力もないままに溶け続けた。


「完全に振られたぁ・・・・・・・」


 テーブルに頬を擦り付けて涙を流すダン。

しかし、その大袈裟な態度とは裏腹にコーラルと仲違いしていたときよりはずっと顔色がよかった。


「別にいいじゃないですかぁ・・・・・・・振られたからって、だからどうってことでもないでしょお・・・・・・・。どんな風に振られたんですか?」

「俺のことは・・・・・・・そういうのじゃなくて、お兄さんとか、なんならお父さんくらいに思ってたって・・・・・・・」

「・・・・・・・まぁ、それくらいあからさまに脈無しなら過度な期待もしないだろうし・・・・・・・へんに濁されるよりはよかったんじゃないすか?」


 無様なダンに苦笑いするシュルーム。

好奇心よりめんどくささが勝ったのか、自分で聞いておいてその返答は適当にあしらった。


「あ、そうだ。近いうちにコーラルこっちに来るんだろ? 今朝コーラルの部屋に移してたキノコ、今日中に元に戻しておいてくれよ?」


 プルームが掃除の手を止めてシュルームに視線を注ぐ。

自分がこの流れで刺されるのを想定していなかったシュルームは、視線を斜めに外して曖昧に頷いた。


 このパーティに、もうコーラルは居ない。

以前のような生活に戻ることはない・・・・・・・が、もはや誰もそのことに不満はなかった。


 時間は過去を置き去りにし、絶えず変化する状況も次第に飲み込んでいく。

その過程でぶつかったり、すれ違ったり、そういったことがあっても・・・・・・・それはもう過去の物語に過ぎない。


 様々な感情を経て、そしてダンたちは今日にたどり着いた。

ダンもコーラルも、それぞれがそれぞれの明日につま先を向けた。


 これが新たな日常。

コーラルの居ない、けれどもその存在を片時も忘れないし、心のどこかでは繋がったままの日常。

ほんの少し寂しさはあれど、そこに悲しみはない。


 窓から差し込む暖かな日差しは、やはり相変わらず・・・・・・・一つの家族を包み込んでいた。


※ ※ ※


 菌糸の森の変異体の一件で結局活躍することはなかったが、それでも奔走していたギルド。

その管理人がコーラル仲違い“羽化”の件について、真理の庭に連絡を行っていた。


『はい。どなたでいらっしゃいますかな?』


 各地のギルドに配備された真理の庭との魔導通信機。

その通信越しに、温厚そうな老人の声が届く。


 ギルド管理人はその柔和な声にほっと胸を撫で下ろし、要件を伝える。


「ハンドレッド様でしたか。こちら太平の都、パシフィカです。おそらく羽化・・・・・・・と思われる現象を確認しました」

『ほう、パシフィカ・・・・・・・ですか・・・・・・・。何度か訪ねたことがありますが、太平の都の通り名に違わず良い街だったと記憶しております。では、もう少し詳細な情報をお話しください』

「はい、羽化を確認したのは・・・・・・・コーラル・リーフという人物です。歳は十五、現在はどのパーティにも所属していないようです。ですが・・・・・・・羽化直前から同じくパーティ未所属のラヴィ・パラドクスと行動を共にしていたと確認が取れています。羽化時の症状と能力は・・・・・・・」

『いえ、もう十分ですよ。ブラッドコードについての写しはこちらにもありますから。しかし・・・・・・・コーラル、ですか・・・・・・・』


 通信越しの老人の声が、意味ありげに低くなる。

しかしギルド管理人は世界で最も賢いとされる五人「真理の庭の五賢人」の一人と会話をしている緊張からか、そんな些細な変化に気づくことはできなかった。


『いいでしょう。丁度今そちらには、私が調査に向かわせた真理の庭の生徒が居ます。コーラル・リーフについては・・・・・・・彼女に調べてもらいましょう』

「あの・・・・・・・その生徒、というのは・・・・・・・?」

『サチ・シックス。まだ未熟ですが、信頼に足る真面目な子ですよ。まだお会いになってませんか?』

「いっ、いえいえそんなこと! サチさんには数日前の変異体の件でも大いに助けられましたから」

『はは、それは何より。それでは何卒、よろしくお願いしますよ。状況次第では私もそちらにお邪魔するかもしれません』


 五賢人の一人、ハンドレッド・ゲイズはその後、二、三言の挨拶をして管理人との通信を終える。

そうしてしばらくしてから、管理人はやっと緊張感から抜け出して全身から力を抜くように息を吐いた。


「あれが五賢人か・・・・・・・。通信を受けたのがハンドレッド様でよかった・・・・・・・」


 管理人といえども、五賢人と話す機会は少ない。

羽化のような特殊な事例が無ければ、まず言葉を交わすようなことはないだろう。

だが、五賢人と話したことのある管理人たちは口を揃えて「アイリスという男は恐ろしい」と語っていた。

そんな中ハンドレッドという五賢人の中では最も温和で話しやすいとされる男が出てくれたのだ。


 その幸運を噛み締めながら、しかし過度の緊張からくる疲れに管理人は一人壁に寄りかかり脱力する。


「・・・・・・・緊張したぁ・・・・・・・」

続きます。

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