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告白

続きです。

 シールドが砕けてなお、ダンは魔物の注意を自分に引きつけ続けているらしく、鱗粉の渦はダンにまとわりついて離れない。

ダンはほとんどその赤い渦と一体となって、わたしからゆっくりと離れて行った。


「ちょっと! 何やってんのさ!」


 赤い渦の密度が濃すぎて、ダンの姿は見えない。

ただコードの挑発効果が依然続いているのとまだわたしから離れて行く歩みを止めないのとで、生きていることだけは確かだった。

それも、今はまだということだけでしかないけれど。


「ねぇ! おい! ばか! 早くコードを解除して!」


 壁を抉る手が止まる。

間違いない、ダンはほんの少しの時間を稼ぐためだけに自分を犠牲にするつもりだ。


 鱗粉の渦が空気を掻き回す音の向こうから、ダンの声が届く。


「俺がコードを解いたら、まず真っ先にこの鱗粉はお前のところに行くだろ? 俺はタンクなんだから、そんなこと許すわけない」

「知らないよそんなこと! いいから早く!」


 ダンの声に懇願する。

追放されて、そしてまたこうして出会って、お互いにいくつかの言葉を交わして・・・・・・・。

何かが解決しそうになったのに、何かを取り戻せそうだったのに・・・・・・・。

それが今、ここで終わりを迎える?


 そんなの、わたしだって許せない。

弁明の一つも聞いてない。

お詫びの一つも貰ってない。


「なぁ、コーラル・・・・・・・」


 静かで、穏やかな声。

鱗粉の渦に皮膚を割かれ続けているはずなのに、そうとは思えないほどに落ち着いた声。


「俺、あの時・・・・・・・お前をパーティから追放するって言った日、お前に結婚を申し込もうと思ってたんだ」

「は・・・・・・・? こんな時に何言ってんのさ!」

「こんな時だからだろ。・・・・・・・こんなことになって、それでやっと言えたんだ。情け無いよな・・・・・・・。もうさ、お前を危険な目に合わせたくなくて・・・・・・・だったらいっそパーティなんかやめさせちゃってさ、あの家で・・・・・・・俺たちの帰りを待ってくれてたらいいって、そう思ってたんだ。ごめん、勝手だったよな」

「違う違う! そうじゃなくて! そんな話今することじゃないでしょ! 何謝ってんの・・・・・・・!?」


 知らないよ。

知らない、そんなこと。


 ダンが何をどう考えてたとか、そんなこと今言われても困る。

今謝られても困る。

もっとちゃんと、二人でゆっくり話さないと・・・・・・・そんな話飲み込めるわけない。


 自分は散々仲間を信じろとか言っといて、なんで今わたしたちのことは信じてくれないの?

どうしてそうやって、一人で死のうとするの?


 胸中に渦巻く感情が、何かを壊し・・・・・・・そして溢れる。

それは悲しみではない。

怒りだ。


 ダンに対する、こんな状況に対する怒り。

わたし自身、どうすることもできないことへの怒り。


 その怒りは、わたしの思考が何かにたどり着く前に、わたしを突き動かす。

恐怖は麻痺した。

今はただ許せない。

ダンが。

その全部が。


「ばか」


 体が勝手に動き出す。

壁から離れ、せっかくダンが開けた距離をわたしは駆け足で埋めて行く。


「ばかばかばか・・・・・・・!」


 わたしの視界は赤に飲まれ、わたし自身も鱗粉の渦中に身を投じた。

細かな粒子が肉を裂き、傷口を広げる鋭い痛みが絶え間なく続く。

しかし、わたしの歩みは止まらない。

怯まず、むしろ加速する。


「ばかばかばかばかばかばかばかっ!!」


 獣の咆哮のように、その意味すら咀嚼せずに罵声を喚き続ける。

何も見えない荒れ狂う赤の中で、手探りで手を伸ばした。


 関節の肉が裂け、伸ばした指先の爪が剥がれる。

破けた手のひらの皮から血の塊が溢れる。

けれどもその伸ばした手のひらは、ダンの腕を確かに捕まえた。


「コーラル!? 馬鹿っ、何やって・・・・・・・!?」


 ダンはまだしぶとく生きてる。

わたしの罵声を聞く耳も、まだついてるようだ。

だから・・・・・・・。


 ダンの腕を思いっきり引いて、その体を引き寄せる。

鱗粉の嵐の中、密着してようやく見えるようになったダンのその傷だらけの面を引っ叩いた。


「ばか!!」

「いっっってぇッッッ!」


 剥き出しの肉への平手打ちはかなり効いたようで、ダンがよろめきながらうめく。

その瞬間、ダンの中で何かが切れたようだった。

事切れたとかいうことでなく、覚悟とか、カッコつけとか、そういう張り詰めてたものが張力を失った。


「好きな女の子残して勝手に死のうとするやつなんか、振られるに決まってんじゃん!」


 明らかに、鱗粉の動きが変わる。

攻撃の手が緩むというか、対象を失った感じだ。

ダンのコードは、間違いなく解除されている。


「第一わたし、全然ダンがそんなふうに思ってること知らなかったし! 恋人にもなってないのにいきなり結婚とかありえない! 頭おかしい!」

「こ、コーラ・・・・・・・」

「うるさいっ!」


 口答えを許さず、ダンの胸ぐらを掴んでその体を押し進む。

体格差的に普通は絶対そんなことできないが、気迫に気圧されたダンが勝手に後ずさっていた。


 やがて鱗粉の渦を抜ける。

暴風域とでも言うべきその赤色から抜け出したわたしたちは、お互いに血まみれだった。


 しかしそんな傷を気遣うこともなく、怒りに任せて壁にダンの背中を叩きつける。

その怒りの重さが腕力に乗ったのか、それだけでダンの背後の壁にヒビが入った。


「こ・・・・・・・コーラル・・・・・・・」


 やっと言葉を発するタイミングを得たダンが、わたしの顔を見下ろす。

わたしはまたそれに「ばか」と応えた。


 お互いに体の力が抜けてしまい、その場で滑り落ちるように座り込んでしまう。

ダンの挑発から解き放たれた鱗粉は既に再び意思を持ってこちらを睨みつけるが、今はそれどころじゃなかった。

体力とかじゃなく、気持ち的に。


「はは、しかしじゃあ・・・・・・・どうするよ・・・・・・・?」

「ふふ、どうしよっか・・・・・・・」


 絶望とか、そういうのじゃないけど、お腹の底から不思議と笑いが込み上げてくる。

心は既に臨戦体勢を抜け出して、なんだか柔らかくなってしまっていた。


「どうもこうも、ないか・・・・・・・」

「そうだね」


 無数の視線を感じる。

鱗粉の一粒一粒が、こちらを“見て”いる。


 一縷の望み。

戦略もへったくれもない。

馬鹿正直に、この壁をぶち壊す。

二人で・・・・・・・いや、みんなで。


 わたしたちを飲み込もうと、赤色が大口を開ける。

それが迫るのを背後に感じながら・・・・・・・。


「やるか」

「うん!」


 わたしもさっき渦に飛び込んだので武器は無くしてしまった。

だからダンと同じように、傷だらけのこの手で、この脚で、さっきできたヒビに渾身の一撃を叩き込んだ。


 再び赤い嵐がわたしたちを飲み込み、視界に赤が明滅する。

興奮のせいか、あるいはシンプルに状態が悪いせいか、もう痛みは感じない。

ただひたすら乱雑に、亀裂を叩き続けた。

そしてやがて・・・・・・・。


「えっ・・・・・・・火・・・・・・・?」


 綺麗の向こう側から、オレンジ色の光が溢れ出す。

そのオレンジは噴出するように迸り、亀裂を押し広げた。


 亀裂の向こうからは、聞き慣れた声が届く。


「その声・・・・・・・コーラル・・・・・・・?」

「え、ラヴィ!? 壁の向こうに居るの!?」


 わたしの声に返事はない。

しかしその代わりに、再びオレンジ色の光が亀裂を広げた。

吹き出した炎は、確かな熱を空気中に伝播した。

そして・・・・・・・。


「コーラル、伏せて!」

「え・・・・・・・?」


 壁の向こうから、張り上げたラヴィの声が響く。

わたしがその言葉の意味を理解するよりも早く、ダンがわたしの後頭部を手で包み、一緒に倒れ込むように伏せさせた。


「いたっ・・・・・・・」


 ダンの体重と衝撃に、それほど痛いと感じていないのに反射的に声が漏れる。

その瞬間、亀裂が一気に全体に広がり・・・・・・・ついに、壁が砕けた。


 辺りがいきなり明るくなり、土の感触と匂いが蘇る。

壁が砕けたその瞬間から既に、わたしたちは森の中・・・・・・・壁の外側に居た。


 ダンに押さえ込まれながらも、視線だけ上に向ける。

そこには、太陽と重なる位置で飛び蹴りのポーズをとっているラヴィが居た。

その脚には炎を纏い、まるでラヴィ自身が火矢のようになっている。


 壁崩壊の衝撃で、やや散った鱗粉の中央にその炎の矢尻は食い込む。

そこからは一瞬だった。


 鱗粉から鱗粉へ、伝播するように炎が飲み込んでいく。

散らばろうとする鱗粉だったが、伸びる火の手から逃れられるはずもなかった。


 ほとんど爆発のような勢いで、炎はここら一帯の全域にまで広がっていく。

熱が森の中を走り抜ける。

飛散した鱗粉を焼いて。


 視界が炎一色に染まり、一瞬だがオレンジと一緒に耐えがたい高温が吹き抜ける。

一瞬で広がっていった炎は、点々と小さな火を残してあっという間に消えてしまった。


 それを感知したダンが、よろよろと立ち上がる。

そうしてわたしの視界はやっと開けた。


 爆心地にはラヴィ、そのすぐそばに伏せているわたしとシュルーム。

少し離れた位置にはサチと、拳を血まみれにしたプルームが立っていた。


 わたしは何がなんだかわからないまま、けれども起き上がる気力もないから、とりあえず楽な姿勢がとりたくてうつ伏せから仰向けになった。

樹木の葉の隙間から、わたしたちの戦いなんて全然知らないような青空が見える。

その空の中に、歩み寄ったラヴィのピースサインが伸びた。


「終わった、の・・・・・・・?」


 視線も首も動かさず、なんなら目を閉じて、ラヴィのピースサインに尋ねる。


「終わったよ」


 ラヴィの疲れの滲んだ声が、しかし嬉しそうに答えた。

続きます。

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