和解
続きです。
シールドが摩耗する耳障りな音が底知れぬ空間に響き渡る。
鱗粉の群れは牙のように、あるいは爪のようになってわたしの背を守るダンに襲いかかっていた。
そして、肝心の壁の亀裂はというと・・・・・・・。
「そんな・・・・・・・なんでっ・・・・・・・」
一定の損壊具合を超えてから、修復に攻撃が追いつかなくなってきていた。
「コーラル、あとどれくらいかかる!?」
「今やってる! ・・・・・・・けど・・・・・・・」
ダンの限界は迫っている。
視線こそそちらに向けてはいないが、シールドの上げる悲鳴がわたしの鼓膜を引っ掻いていた。
以前はダンと一緒に戦っていたのだ。
だから当然あとどれくらいシールドが保つかの判断はできる。
残された時間は、少ない。
だが、そうでなくても・・・・・・・。
「どうしろって言うのさ・・・・・・・」
例えダンのシールドが永久に保ったとしても、この壁を打ち崩せない。
刃を振り下ろせば、空間が弾け、欠けた破片が飛び散る。
確かな感触が手首の筋肉と骨に伝わる。
しかし、次に刃を振り下ろすまでの一瞬で、広がった亀裂は無数の細かな結晶が結びつくようにして修復されてしまう。
塞がりこそしないが、どうしたって致命的な大きさの亀裂にならない。
これを砕いたとしてどうなるという確証も持てないのに、そもそもこの壁が砕けるものだという前提が崩れ去る。
じゃあわたしたちに何ができる?
答えは・・・・・・・何もできない、だった。
「こんな、とこでっ・・・・・・・!」
しかし手を休めることはしない。
これしかないから。
なんで。
なんで・・・・・・・。
なんで・・・・・・・???
やっとどうにかなりそうという希望が見えてきたのに、どうして無情にもその光明は絶たれてしまうのか。
何かをどこかで間違っただろうか?
まるでこんなの、何かの罰だ。
何も出来ない。
何もしないことを受け入れられるほど利口でもない。
ただ当然の現象として、腕が痺れ、呼吸が乱れていく。
溜まった疲れが関節を軋ませ、筋肉を縛り付けるような痛みに苛まれる。
「なぁ、コーラル」
ダン自身も余裕がないはずなのに、後ろからそうとは思わせない声色で語りかけてくる。
それに応じる余裕は、わたしにはない。
それでも、ダンは言葉を続ける。
「こんな時に、何言ってんだって思うかもしれないが・・・・・・・きっと、大丈夫だ・・・・・・・」
不可視の壁に刃を振り下ろす。
亀裂はすぐに修復される。
「こういうとき、こんな・・・・・・・どうにもならなくて、行き詰まったとき、俺たちはどうしてきた?」
壁を刃で穿つ。
亀裂はすぐに修復される。
「俺がよく言ってただろ? お前には俺たちがいるし、俺にはお前たちがいる。そんなシンプルなことを、でもちゃんと分かっててほしくて・・・・・・・意識的に言ってたんだぞ?」
刃先が壁を引っ掻く。
亀裂はすぐに修復される。
「俺たちなんてのは、はぐれ者の集まりだ。だから、俺たち自身は決して裏切らないし、いつだって、どんなときだって味方だ。今日までみたいに、馬鹿みたいな喧嘩して離れたときでもな」
壁から破片が飛び散る。
亀裂はすぐに修復される。
「なぁ、言ってみろ。こういうとき、どうするんだ? 難しくなんかないだろ、コーラル。こういうときは・・・・・・・」
「「・・・・・・・仲間を信じてみるものだ」」
ダンとわたしの声が重なる。
亀裂はすぐに修復・・・・・・・。
「され、ない・・・・・・・!?」
いや、微妙にではあるが修復はされている。
しかし明らかに修復速度が遅くなっている。
「これなら・・・・・・・!」
既に無茶させまくってる筋肉に、四肢に鞭打って、力強く短剣を叩きつける。
亀裂は広がっていく。
木の根が土を掘り進むように、ゆっくり、着実に。
それを見てダンは、満足そうに笑った。
そして、わたしから距離を取る。
「・・・・・・・ダン・・・・・・・?」
「いいか、コーラル。お前には仲間が居るんだ。大丈夫、心配は要らない。俺もお前を、信じてる」
ぽつぽつとこちらも見ずに語りながら、わたしから離れ荒れ狂う鱗粉の渦中へと向かっていく。
そして、とうとう限界を迎えて・・・・・・・ダンのシールドは砕けた。
続きます。




