仲間
続きです。
「それで・・・・・・何か分かったかい?」
「ちょっと待っててください・・・・・・」
プルームの言葉に、サチは不可視の壁に手を当て瞳を閉じ集中する。
「えっと・・・・・・よく分からないけど、目、閉じちゃっていいのかい?」
「アナライザーにとっての見るは、必ずしも目で見るということではありません。むしろより深く探るには視覚情報がノイズですらありますから」
長くない沈黙の後、サチはゆっくりと目を開く。
その瞳に不安の色はなく、確固たる自信こそないものの今は以前のような恐れはなかった。
「この壁、ですが・・・・・・どうやらこの空間と、えっと・・・・・・現実世界、とでもいいましょうか? 私たちがさっきまでいた場所を隔てる壁みたいです。あの魔物は私たちの居た場所周辺をこの壁で覆い、その内側の空間を掌握しました。今の状況としてはほとんどあの魔物の体内に居るようなものですね」
「つまり・・・・・・?」
「楽観視は出来ませんが、この壁を破壊できれば、この空間からの脱出が可能・・・・・・ということですね」
「なるほどね。じゃあ・・・・・・」
プルームはさっそくその壁を破壊しようと拳を固める。
念の為、サチは壁から引き剥がそうとした。
ところが。
「待ってください」
サチは離れようとしない。
「この壁、壊そうとしてもそう簡単に破れるってものでもありませんよ。あなたが戦い慣れていたとしても、体力は有限です。いくら変異体と言っても、空間を丸ごと掌握するのは容易ではありません。だからきっと、構造上の弱点があるはずです」
「弱点、ねぇ・・・・・・。まるでダンのシールドみたいだね」
「シールド、ですか・・・・・・。実際、この壁は一般的な魔力障壁と似たようなものです。物理的な壁ではなく、エネルギーの流れ。だから修復能力を持ち、そしてどこかに澱みも生じます・・・・・・」
プルームたちは徐々に状況をつかんでいく。
しかしそれとは裏腹に、サチの表情には陰りが見える。
「・・・・・・そのはず、なんですけどね・・・・・・。それらしい澱みやほつれは、おそらく“ここ”にはありません」
「ここには? じゃあどこに・・・・・・?」
プルームが当然の疑問を口にする。
サチはその答えは持っていた。
しかし思考はそれより先に進み「どうしたらよいか」に考えを巡らせ、そして行き詰まってしまったのですぐには返事できなかった。
少し遅れて、言いづらそうにサチが口を開く。
「本来この壁は、この赤い空間全体を覆っているはずなんですが・・・・・・この壁内の空間構造がめちゃくちゃに歪んでいるせいで、壁の一部のみで切れ目の無い囲いが出来てしまっています」
「えっと・・・・・・それはつまり、どういう・・・・・・?」
一瞬では飲み込みづらい言葉に、プルームが聞き返す。
プルームは特別愚鈍でもないが、しかしやはり特別頭脳明晰というわけでもなかった。
「えっとですね・・・・・・まず、この障壁ですが・・・・・・これはこの空間の外周です。この壁の向こうには普通に“外”が広がってます。決して空間内部に私たちを分断するように複数の密室空間が形成されているわけではありません。しかしそうなるとここに私たちより先に落ちてきたはずのシュルームさんとラヴィさんが居ないのがおかしいですよね?」
「そう、だね・・・・・・」
まだ少し引っかかりつつも、その言葉にプルームは概ね頷く。
「ではどうしてそんなおかしな状況になっているかというと、それはこの空間が歪んでめちゃくちゃになっているからです。私たちとシュルームさんたちは同じ一つの空間に落ちてきましたが、その空間自体が歪んでいるせいで外周の壁がその一部のみで切れ目の無い円を形成してしまって、結果として分断される形になってしまっています」
「うーん・・・・・・な、なるほど・・・・・・」
プルームは思考を巡らせるが、考えれば考えるほどこんがらがるばかりだった。
仕方なく、飲み込める部分だけ飲み込んで続ける。
「まぁつまり・・・・・・まだよく分からないけど、ボクたちを閉じ込めてる壁は、あくまで壁全体の一部分でしかなくて、ボクらはその一部分にしか干渉できないってわけだね?」
「はい。そして・・・・・・こればっかりは運が悪いとしか言いようがないですが、私たちに触れられる部分には弱点が存在しません」
「なるほどね・・・・・・」
今度こそプルームは完全に理解する。
というか、理解できた部分に絞ってからの会話だったので、初めて100%意味が理解できたのだ。
そして、その突破方法も思いつく。
「なら、やっぱりボクはこの壁を攻撃するべきみたいだ」
「えっ、なんでそうなるんですか!? 私の話聞いてました!? 弱点、無いんですよ!?」
「しっかり聞かせてもらったよ。この壁、シールドみたいなものなんでしょ? だったらほつれ以外にも、シールドには弱点がある。シールドは多面攻撃に弱い。一気に広い範囲にダメージを貰うと、ほんとにあっけなく崩れる。合ってるでしょ?」
「・・・・・・そ、それ自体は合ってますけど、でも・・・・・・私と、あなただけですよ? 多面攻撃なんて・・・・・・」
プルームは首を横に振る。
「違う。ボクたち二人だけじゃない。シュルームに、ラヴィ。それからダンとコーラルも、たぶん落ちてきているはずだ」
「私以外にアナライザーはいませんし、他の方たちが状況を理解できているかは・・・・・・賭けですよ。それも、そこそこ分の悪い」
「ふっ、なぁに・・・・・・」
心配要らないよ、とプルームは人差し指を横に振る。
「生憎ボクのパーティは間抜け揃いでね」
「じゃあダメじゃないですか! なんで自信満々なんですか!」
「ボクも含めて間抜けだからさ!」
プルームは高らかに、誇らしげにそう叫ぶ。
そうして拳を壁に叩きつけた。
「こういうときは、仲間を信じてみるものさ」
続きます。




