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どしたん、話聞こか?

続きです。

 少し前、赤い空間内。

落下してきたプルームとサチは、現在の状況を確認していた。


「とりあえず、まだ私たちは生きてるみたいですけど・・・・・・」

「まぁ、だから安心・・・・・・とはとても言いがたいね」


 プルームは状況のわりには明るい声色でサチの言葉に頷く。

その視線はしっかりと打開策を探して辺りを見回していた。


「あんまり動きまわらない方が・・・・・・」

「そうだね。でも、ボクはどうにもそういうのは肌に合わなくてね。慎重なのはキミに任せるよ」

「任せるって・・・・・・そういう問題では・・・・・・」

「大丈夫。キミに危険が及ぶことはない。ボクが居るっていうのにレディに不安そうな顔させられないからね。キミはボクが命に代えてでも守るよ」

「あのですねぇ・・・・・・」


 サチは呆れつつも、プルームの隣に並ぶ。

そうしてこの空間を探るために一緒に歩き出した。


「そういうの、やめた方がいいですよ」

「・・・・・・そういうのって?」

「だから、命に代えても・・・・・・とか。勘違いしてませんか? そんなこと言っても女の子にはモテませんよ?」

「それはどうだか。けど・・・・・・まぁ少なくともキミには通用しないみたいだ」

「はぁ・・・・・・」


 サチはいまいちプルームの調子が掴めずため息をつく。

ダンたちと分断された今、プルームは完全に他所向けの見栄を張ったような態度になっていて、サチはそれにどうにも慣れなかった。


 何かないかと歩いていると、やがて二人は壁に行き当たる。

触れることはできても、決して目に映ることはない透明の壁だ。

永遠に続くかのような赤色に突如として現れ、二人に立ち塞がっていた。


「これは・・・・・・」


 壁を認識した瞬間、サチはアナライザーとしてその壁を診る。

サチは内心でそもそも障壁が存在することに気づけなかったことを悔いた。


「どうした? 何か分かったかい?」

「あ、いえ・・・・・・」


 プルームの視線から逃げるように、サチは自信無さげに目を伏せる。

一瞬のことではあったけれど、プルームはそういったちょっとした違和感には敏感だった。

すぐに何かを言うわげじゃないが、こうしたサチの様子に少し目を細める。


 結局、そこで言葉の流れは止まってしまった。

サチは沈黙を応えとして、この会話を終わらせようとする。

プルームはそれに少し逡巡するが、数秒の沈黙の後静かに口を開いた。


「何か・・・・・・悩みごとかい?」

「・・・・・・そういうわけではないんですが・・・・・・。いいんです、今そういうときでもないでしょうし・・・・・・」


 サチは話したがらない。

こういうとき、プルームの頭の中にはいくつかの選択肢がある。

これまでの経験から身につけた、小手先の技術だ。

しかし、そうした数ある選択肢を投げ捨てて、プルームは真正面から切り込んだ。


「今くらいかもよ、もしかしたら。幸い・・・・・・すぐにどうなるってことでもなさそうだし。丁度キミのことはもっと知りたいと思ってたところなんだ」


 プルームは、この言葉がサチに苦痛を強いる可能性のある言葉だと十分に理解している。

しかし、サチが壁を診て気づいたことをなんらかの理由で飲み込んでしまうというのは、プルームの望むところではない。


 サチはプルームの言葉に悩む素振りを見せる。

もちろん、プルームの言葉になんら強制力はない。

しかしサチは、自分でも意識しないうちにポツリと語り始めた。


「その・・・・・・本当に大したことじゃなくて・・・・・・その、すごく幼稚なことなんですけど・・・・・・」

「悩みの種に大も小もないさ。ボクらなんかただの田舎町の冒険者、毎日しょうもないことで喧嘩したりしてる。それだって周りから見たらくだらないことで大騒ぎしてるように見える。だけどボクらにとってはそれは本当に大切なことなんだ」

「仲間たちとのことは、そりゃ大切ですよ。でも私は、自分のこと。自分だけのこと。ただ私だけが悪くて、それで勝手に悩んでるんですよ。学校も、もう辞めた方がいいのかなって・・・・・・」


 めちゃくちゃな異空間に閉じ込められた、異常事態。

それに似つかわしくない、日常の会話。

しかしプルームは、痛みは日常にこそ潜むと知っていた。


「私・・・・・・その、劣等生・・・・・・なんです。そんなことでって思うでしょう? けど私・・・・・・どうやっても成果が出なくて、一人だけ別室で、ずっと分からない問題を解かされて・・・・・・。最初は、学校に入れたばかりの頃は私は選ばれたんだって、そう思って。けど、そんなこと・・・・・・ありませんでした」


 サチは笑う。

自分にとってそれが特別なことでないように語ろうとして、けどそれには失敗して声が震えていた。

一度吐き出せば、その流れは止まらない。


「今はまだ、私のこと気にかけてくれる先生も居るんですけど・・・・・・迷惑かけてるし、きっといつか、もう私はどうにもならない生徒ってバレちゃうんです。アナライザーの能力は知覚の延長として使うな、思考の延長として使え。真理の探究は、思考によってなされる。私のアナライザーとしての素質は、学校の求める水準に満たないんです」

「ボクはキミみたいに色々なことを知ってるわけじゃないし、キミのアナライザーとしての能力も今日見てた限りでは不足は感じなかったよ。・・・・・・まぁこれはボクの価値観だから、こういう語り口でいくべきじゃなかったね。すまない」

「いえ・・・・・・」


 冒険者の生活の中に求められるアナライザーと、学問の世界で求められるアナライザー。

その質の差は大きい。

それこそまさしく、能力を感覚器官として使っているか、思考の材料として使っているかの違いだ。

思考の先にしか、真理は待っていない。


「私、見えないんです。他のアナライザーがはっきりと見えるものが。少し深く潜ろうとすると、途端にあやふやになって、ただ断片的に何かを感じ取ることしか出来ない。だから、もしかしたら私の目が映したものが、全くの誤りじゃないかって怖くなるんです・・・・・・」

「それが、さっき言葉を飲んだ理由?」

「・・・・・・はい」


 プルームは、壁に手を当てて目を閉じる。

当然プルームはアナライザーではないので、何かを見ることも感じ取ることもできない。


「ボクは、信じてみようと思う」

「え・・・・・・?」

「キミが見たもの、真理かどうかは問わない。期待してないって意味じゃないよ。キミ自身が信じられないキミのこと、ボクは信じることにするよ」

「は、はぁ?」


 サチは本気で分からないという表情を浮かべる。

アナライザーなのに・・・・・・いや、アナライザーゆえにプルームのめちゃくちゃを易々と飲み込めない。


「ボクはキミを信じる。キミの見たものは誤りじゃないし、キミの能力は疑いようの無いもの。キミはボクの期待を裏切らない」

「ちょ、ちょっと待ってください! え・・・・・・プレッシャーかけてます!?」

「別に。プレッシャーに感じることはないよ」

「ありますよ!!」


 自分で思っていたより大きな声が出てしまって、サチが慌てて口元に手を当てる。

それを見て、プルームは微笑んだ。


「大丈夫、そう不安がることはないさ。なんてったってこのボク、プルーム・パラキートのお墨付きだからね」

「・・・・・・あなたほどの自己愛が私にあれば・・・・・・いえ、それは違いますね・・・・・・。けど、分かりました。もう一度、この壁・・・・・・調べてみます」

「いいね。けど、ボクみたいにはなるなよ?」

「心配しないでください。絶対なりませんから」


 プルームはもう一度「いいね」と繰り返す。

どこか遠い目をして、サチの決断に頷く。

そして・・・・・・。


「やっぱりキミ、ちゃんと見えてるよ」


 プルームはサチに聞こえないように、小さく呟いた。

続きます。

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