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突破口

続きです。

 強かに打ちつけた腰をさすりながら辺りを見渡す。

景色は変わらず君の悪い赤一色。

上下左右どこを見ても同じだ。

たださっきまでと違うのは・・・・・・。


 体の芯にまだ痛みが残っているのを堪えながら、ふらふら立ち上がる。

終わりのないようにも思えた落下は、終わっていた。


 下を見れば相変わらず何もなくて、そこの知れない赤色が続いている。

じゃあわたしは今何の上に立っているのかってことになるけれど、立てているものは立てているんだからしょうがない。


「ここ、どこ? 少なくとも・・・・・・わたしたちが大丈夫ってことは、きっとみんなも大丈夫・・・・・・だよね?」

「ああ、たぶん・・・・・・な」


 わたしの言葉に答えながら、ダンがよろよろ隣にやってくる。

武器の槍はどっかにやってしまったみたいだけど、ダン自身の身の丈ほどある盾だけは手放さなかったみたいだ。


 わたしもわたしで、いつもの短剣はしっかり持っている。

戦おうと思えば戦える状況にあるわけだけど・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・」


 何も、ない。

風も吹かなければ音もない。

匂いすら希薄で、赤色が微妙に光を帯びているから闇すらなかった。


「ひとまず、ここから出る手立てを考えないとな」

「うん・・・・・・」


 死すら覚悟していたのに、どうやらすぐにどうという風でもないらしい。

もちろんこのおかしな空間から脱出できないのは大問題だけど、それなりに安堵心も湧いてしまうのも事実だった。


 ダンと一緒に空間の中を歩く。

言葉は交わさず、やっぱり一定の心の距離をおいたまま。


 こう静かだと、どうしても色々なことを考えてしまう。

ダンと二人きりだから尚更だ。


 たぶん、お互いに何か言いたいことがあるのはわたしもダンも分かっていた。

聞きたいこと、たくさんあるはずなのに、どうしても言葉にならない。


 何かきっかけみたいなものがあれば、この喉に栓をするほどに凝り固まった気持ちを吐き出せるのだろうけど、そんなタイミングが来る前にこの空間の終わりが訪れる。


「これは・・・・・・壁・・・・・・?」


 ダンが伸ばした手のひらが、虚空にぶつかりそれ以上進むことがない。


 空間の終わり・・・・・・というよりは正確に言えばわたしたちの動ける範囲の終わり。

わたしたちが踏みしめているであろう透明な床のように、目に見えない壁に遮られてそれ以上進めなくなっている。


 ダンが壁に手を当てたまま、その終端を探すように歩き出す。

しかし一周して元の位置に戻ってくるだけ。

壁に切れ目なんかなかった。


 わたしもなんとかならないかと、その壁に向かって短剣を突き立ててみる。

もしこれが魔物自身の体の一部なら、積毒で案外あっさり倒して脱出できるかも知れない。

しかし、いや・・・・・・やはりというべきか・・・・・・。


「ダメ。積毒が入らない」


 引っ掻くように刃を滑らせても、削れる感覚も切れる感覚もない。

他に何か上手いことやれば傷つけられるのかも分からないけど、少なくともわたしに出来る範囲のことではどうにもならなかった。


「待って・・・・・・何か・・・・・・」

「え・・・・・・?」


 ダンが何かを察知して、視線を背後に滑らせる。

わたしもその視線を辿るが、しかし不変の赤色しかなかった。


 何もありはしない。

何も変わりはしない。

しかし、それなのに何故かダンはその場所から視線を外さない。


「ねぇ・・・・・・」

「ちょっと待ってくれ。一旦静かに」

「・・・・・・」


 少し蔑ろにされたように感じてしまうが、大人しく口をつぐむ。

しかし黙らせるくらいだ、ダンは何かを見ていたというより聞いていたのかもしれない。


「風・・・・・・? どこか外に通じているのか? いや・・・・・・」


 耳をそばだてて目を凝らす。

しかしやっぱりわたしには何も聞こえないし見えない。

ただ漠然とこの空間に漂う嫌な感じに鳥肌が立つだけだ。


 しかしダンはやはり何かに気づいたみたいで、わたしに自分より前に出ないように制しながら盾を構えた。


 わたしも武器を構えるが、その備えは万全とはいえない。


 糸を張り詰めたような沈黙。

微細な空気の振動で肌が痺れるような感覚がまとわりつく。


「・・・・・・来る」


 ダンがそう呟いた瞬間だった。


 周囲の赤色が濁る。

まるで血のように澱み、対流する。

風が囁くような音を響かせ、その中に笑い声のような、叫び声のような、明らかに異様な音を紛れ込ませる。


「・・・・・・!!」


 赤色の空間がねじれる。

渦巻くようにして虚空に浮かび上がる、いくつもの目。

それは何かを探すように忙しなく動き回っていた。


 ダンが盾を地面に叩きつける。

それはいつもの癖で、景気付けのようなものだ。

ダンは、自らのブラッドコードを発動させる。


「来いよ化け物。これでも俺はリーダーなんだよ。返してもらうぞ、俺の仲間を!」


 ダンのコード。

それは魔力障壁の展開と魔物の挑発。

わたしとダンのいる場所を、ダンの盾を起点に広がった半透明の障壁が包み込む。


 その瞬間、無秩序に動き回っていた無数の眼球が一斉にダンの方へ向いて動きを止めた。


「コーラル、用意はいいか?」

「なんっかわっかんないけど・・・・・・! やるしかないでしょ!」

「・・・・・・そうだな!」


 四方から幾重もの帯びのようになって赤い粒子の群れがわたしたちに迫る。

まるで一つの生き物のようになってうねる、鱗粉だ。


 鱗粉は瞬く間に展開されたシールドを飲み込み、荒れ狂う砂嵐のようになってそれを引っ掻く。

その摩擦によってシールドはノイズを走らせ、じんわりと熱を孕んで徐々に赤熱していった。


 わたしはシールドの内側から短剣を伸ばしてその鱗粉の群れを切り裂く。

だが・・・・・・。


「ダメ! 数多すぎ!」


 相手が群体となると、わたしのコードは相性が悪い。

鱗粉の流れを乱すことはできても、この砂嵐を止めることは出来ない。


「くっそ、焼け石に水か・・・・・・」


 わたしと同じようにシールドの外側に手を伸ばして鱗粉を払うなり握りつぶすなりしていたダンが腕を引っ込める。

その籠手はシールドと同じように赤熱し、ところどころ虫食いや腐食のように崩れていた。


「まずいな、もうシールドも・・・・・・」


 小魚の群れに放り込まれた餌のように、啄まれ摩耗していく。

大型の魔物の攻撃を二、三発食らう程度ではわけないはずのダンのシールドが劇的な速度で消滅に近づいていた。


 ダンの額に汗が伝う。

必死の形相でシールドの維持に全力を注ぐが、おそらくその努力も誤差程度にしか影響していなかった。


「・・・・・・っ!!」


 当然の結果としてシールドは崩壊し、わたしたちは直接鱗粉に晒される。

シールドの崩壊と同時に鱗粉は動きを止め、かと思えば一箇所に集中して高密度の塊になっていた。


 球状になった鱗粉の塊に無数の目が浮かび上がる。

その目で真っ直ぐにダンを捉え、まるで喰らいつくかのようにダンに突撃した。


「コーラル! 後ろにっ!!」

「わかっ・・・・・・」


 鱗粉の突進をダンが盾で受ける。

しかしその衝撃を一人の人間の腕力で抑えきれるはずもなく大きく吹き飛ばされた。

後ろに隠れたわたしを巻き込んで。


「ぐぇっ!」


 ただでさえそこそこいい体格をしているダンの体重が、鎧の重さを加算してわたしにのしかかる。

不可視な壁とダンの体に挟まれて全身の骨が痛んだ。


「言われた通り後ろに隠れたのに!」


 再び立ち上がったダンの背中に文句を言いながら、落とした剣を手探りで引き寄せる。

ダンは今度こそとばかりに踏ん張って盾を構えていた。


 わたしはわたしで、剣を拾い上げる瞬間にあることに気づく。


「ねぇ、ちょっと! ダン!」

「悪いが文句なら後で頼む!」

「違うバカ! そうじゃなくて!! この壁、分かんないけど・・・・・・シールドと一緒だ!」

「は・・・・・・?」


 わたしの言葉を不思議に思ったダンがこちらに振り向く。

その瞬間ダンには鱗粉の第二撃目が迫っていた。


「うおっ・・・・・・!」


 再びの突進を受けてダンが壁に叩きつけられる。

わたしはちゃっかり脇に逸れていたので難を逃れた。


「コーラル、お前なぁ!」

「いーから! 見て! 後ろ!!」

「なんだよ・・・・・・後ろがどうして・・・・・・」


 しかし、ダンもわたしが見たのと同じものを視界に収めて言いかけていた言葉を飲み込む。


 そこには、二度の衝突の衝撃でできた空間の亀裂があった。


 不可視の壁、そこに傷がついているのだ。

しかしその亀裂はゆっくりではあるが目に見て分かる速度で修復されていく。


 ダン自身がシールドの使い手だから、魔力障壁の性質はよく分かっているはずだ。


 シールドは魔力の流れ。

小さな損壊であれば完全に崩壊することもなく、また徐々に修復されていく。

ただここで重要なのはそこではなく、そのシールドの細かな破損、それは弱点になり得るということだ。


 わたしたち人間が使うようなサイズのシールドならその弱点を看破するのは難しいが、このサイズなら話は別。

しっかり視認できるサイズの亀裂が出来てる。

シールドを大きく展開するほどその作りは粗く脆くなる。

これはダン含むいわゆるタンクの人たちの常識だ。


「この亀裂が完全に治る前に攻撃すればっ!」


 わたしの見つけた突破口を証明するように、その亀裂に逆手に持った剣を振り下ろす。

不可視の壁はノイズを走らせ、ガラス片を散らすようにしてその亀裂を大きくした。


 この壁を破壊することでどうなるかは想像つかないけれど、ある以上何か意味があるはずだ。


「ねぇ、ダン。シールド、もっかい出来そう?」

「出来るは出来るが・・・・・・今やってもさっきのより脆いぞ?」

「壁を背にしてるから・・・・・・完全防御じゃなくていい! わたしの背中だけ守ってくれれば!」

「・・・・・・確かに、それなら・・・・・・」


 見えてきた光明。

その光に追い縋る。

光の向こう側に辿り着こうと手を伸ばす。


 わたしの後ろで、再びシールドを展開するダン。

わたしはダンに背中を預けて、壁の亀裂に刃を振り下ろし続けた。

続きます。

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