再起
続きです。
「そ・れ・で・・・・・・一体どういう状況?」
ダンから解放されて少し経って、各々も落ち着いてきた様子だったからまだ痛む傷跡に触れるでもなく手をかざしながらみんなに向けて尋ねる。
わたしから離れたダンは、何やら文句言いたげな様子でため息をついた。
「どういう状況って・・・・・・それはこっちのセリフだ。なんだよそんな傷だらけになって、こんなところで・・・・・・」
「なんだよ・・・・・・って、わたしたちは依頼を受けて、コイツやっつけに来ただけだよ。ね、ラヴィ?」
ラヴィの方を見ながら、ダンの背後で動かなくなった魔物を指差す。
ダンはそれに頭痛を堪えるように額を押さえてまたため息をついた。
「あのなぁ、お前・・・・・・アレがなんなのか分かってんのかよ? 今回は誰かに助けてもらえたみたいだが・・・・・・どう考えてもお前の手に負える相手じゃないだろ!」
「何さ、またそうやって人のこと馬鹿にしてさ! そうやってずっとわたしのこと見下してきたんでしょ!」
「違う! そういう話をしてるんじゃない! みんな・・・・・・みんな、心配してたんだぞ!」
「どの口がっ・・・・・・!!」
もう頭から抜け落ちていたと思っていたけど、ダンの顔を見ると怒りが再燃する。
心配してたのも・・・・・・分かってる、本当は。
けど、それじゃあ分かんない。
わたしをパーティから追放して、かと思えばこうやって今更歩み寄って来て、全然・・・・・・ダンのことが分からない。
「「ま、まぁまぁ・・・・・・落ち着いて・・・・・・」」
お互いに感情が昂って、またぶつかり合いになりそうだったところをラヴィとシュルームが声を揃えてなだめる。
わたしもダンも、そうなって初めて自分を省みることができて・・・・・・ひとまず言葉や気持ちを鞘に収めた。
「あの・・・・・・」
わたしの代わりに入ってきたのか、名前の分からない眼鏡の少女が助けを求めるようにプルームに視線を送る。
プルームはまた肩をすくめると、軽くため息をついた。
「ま、色々あったってことさ。ただもう、まぁ・・・・・・気にすることもないかな」
「はぁ・・・・・・そう、ですか?」
「・・・・・・いうてプルームが一番荒れてたくせにぃ」
相変わらず外面はいいプルームが爽やかな感じでまとめるが、それをシュルームが横から茶化す。
眼鏡の少女は結局新しいことが何も分からなかったからか、困惑した表情を浮かべていた。
ひとまず一旦はわたしとダンの熱が引いたのを見て、ラヴィがこちらの事情を話し出す。
「ひとまず・・・・・・私たちはコーラルの言う通り、ギルドで菌糸の森のヌシの討伐依頼を受けてここまでやって来た。それでまぁ、見ての通りこのザマだけど・・・・・・まぁなんとかって感じ・・・・・・」
ラヴィは事実をそのまま語る。
そう、そのままあったことを話しただけだった。
だが・・・・・・。
「「は・・・・・・?」」
ダン、プルーム、シュルームが、完全に思考停止した表情で、半端に口を開いたまま硬直する。
「えっ、と・・・・・・待ってください。それは、あの魔物を・・・・・・討伐した、ということでいいですか?」
ずいっとダンたちの後ろから一気に先頭まで眼鏡の少女が歩み出てくる。
「ああ、うん・・・・・・そう、だけど・・・・・・?」
詰め寄られたラヴィもいきなりのその食いつき方に面食らった様子だった。
「まぁそこそこ有名っぽいヌシをやっつけたわけだしね・・・・・・。結構、すごいこと・・・・・・だったのかな?」
それならこの傷も、水ぶくれみたいになってる炎症も、勲章みたいなものだ・・・・・・ととりあえず納得してみる。
けど、それにしても過剰なリアクションな気はする・・・・・・。
「いや、ヌシじゃないですよ」
「え?」
「ヌシなんて、その・・・・・・そもそも存在しません、よ?」
「えぇっ???」
眼鏡の少女が、なんなら焦りすら滲んだ表情でわたしたちの知らない事実を叩きつける。
ダンたちの次はわたしとラヴィが思考停止する番だった。
その後、どういうポジションの人なのか一番よく分からない眼鏡の人主導のもと、お互いの情報が擦り合わせられた。
てっきり新しいパーティメンバーだと思った眼鏡の少女は、どうやら全然関係ないみたいで・・・・・・サチっていう子らしい。
わたしたちがヌシだと思って倒したのは、なんだかちゃんと大層な魔物だったらしい。
確かに苦戦は強いられたけれど、コードのおかげで倒せてしまったので、まさかそんなやつだとは思わなかった。
もともとコードの試し切りだったけど、その成果は予想を遥かに上回る結果というわけだ。
ある程度の情報共有が終わった今、各々したいことをしている。
シュルームは気持ち悪がりながら魔物の死体を爪先でつつき、プルームは木に寄りかかり緊張していた精神を休める。
サチは腰のポーチから取り出したナイフと小さなケースで魔物の鱗粉や肉片を回収していた。
そして、ダンは・・・・・・。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
気まずい空気がわたしとダンの間に流れる。
見守るラヴィは退屈そうに時折わたしとダンの視線が丁度ぶつかっているところに手のひらを抜き差ししていた。
「ラヴィ・・・・・・その、今ちょっと・・・・・・」
「・・・・・・ごめん。なんかまどろっこしくて・・・・・・」
素直に謝って、わたしとダンから離れていくラヴィ。
それはそれで心細さも感じたけれど、いよいよ何かを言おうと乾いた唇を舐めた。
「「あの・・・・・・」」
「「あ、いや・・・・・・っ」」
タイミング悪くばっちりなタイミングで言葉が重なって、お互いに出鼻をくじかれる。
そもそも、どういうことが言いたかったかも分からなくなってしまっていた。
ダンの視線に射すくめれたかのように体が固まる。
その視線から隠れるように腰の後ろ側で組んだ腕のその指先だけが何かを発散するようにムズムズ動いていた。
そして、意を決したようにダンが息を吸う。
そのときだった。
「みなさん、警戒してください! まだです! まだこの魔物・・・・・・っ!!」
サチの叫ぶような声が森に響き渡る。
いいかげん何かを言い出そうと口を開いたダンは、結局声は発さずにそのまま固まっていた。
ダンの背後、魔物の死体があった場所から大量の赤い粉が吹き出す。
魔物の鱗粉、それが帯のようになって渦を巻き瞬く間に辺り一面を埋め尽くしていった。
続きます。




