合流
続きです。
風が運んで来た何かが、サチの眼鏡に張り付く。
それはほんの一粒の、砂塵のような・・・・・・赤。
「これは・・・・・・」
それに気づいたサチは、歩みを止めその赤い粉を指で拭き取った。
人差し指の腹に乗ったその赤色を凝視する。
「どうした、サチ? もう着くのか? ならすぐにでも・・・・・・」
サチの後ろを歩いていたダンが、背後からサチの様子を覗き込む。
サチの肩越しに見つめたサチの手のひら・・・・・・その指はかすかに赤く腫れていた。
「なんでしょう? 少し刺激が・・・・・・。弱いですが、これは毒・・・・・・ですね」
サチもサチで、その赤い粒を指ですりつぶすようにして状態を確認する。
微弱なヒリヒリした痛みは、明らかに粉に触れた部分に広がっていた。
「やぁ、どうも何か・・・・・・あるみたいだね?」
「・・・・・・これって、もしかして胞子? いや、でも・・・・・・それにしては・・・・・・」
プルームとシュルームも、徐々に異変に気づき始める。
というより、誰の目に見ても明らかな異変が既に起きていた。
風が、無数の赤を連れてくる。
最初は見つけるのも困難なくらいの密度だったそれは、そう多くの時間を要さず濃くなる。
空気中にまばらに舞うその赤を見つめて、サチは呟いた。
「これは・・・・・・鱗粉・・・・・・」
サチの頭の中で、情報が繋がる。
風に乗ってやって来た鱗粉、そして・・・・・・彼女自身が発見した繭。
その因果関係は余りにも明らかだった。
「みなさん! 警戒してください! 少し迂闊に近づき過ぎました! 変異体は既に・・・・・・羽化しています!!」
サチの警告に応じるように、言いようのない重圧感が迫ってくる。
肌に感じる、重い空気感。
これはサチがアナライザーだから感じているというわけではない。
サチたちと同じように、ダンたちもまた“それ”の存在を感じていた。
みしみしと、樹木の軋む音がする。
明らかに自然風とは違う風が木々の隙間を吹き抜け、鱗粉と木の葉を舞わせた。
「何か・・・・・・来る・・・・・・!?」
誰ともなく、その言葉を呟く。
それと同時に、サチの視界は更なる異常に埋め尽くされた。
「な・・・・・・は・・・・・・!?!?」
全く想定外な形で。
全く想定外な情報が視界に叩きつけられる。
人か、あるいは魔物か、はたまた物質か。
あらゆるものの状態を数値化し見通すアナライザーの目。
その目が捉えたのは・・・・・・。
「なんですか、これ・・・・・・?」
おびただしい数の「1」。
鱗粉の赤すら飲み込み視界を埋め尽くしてしまうほどの無数の1ダメージが上空から落下する形で迫っていた。
「おいおい! そんな突っ立ってちゃ危ないよ! ほら、早くこっち・・・・・・!」
「あっ・・・・・・」
プルームが唖然としていたサチの手を引き、魔物の落下地点から退避させる。
アナライザーではないサチ以外のメンバーには空からもがき苦しみ落下してくる蛾の魔物の姿がはっきり見えていた。
が、サチの目には未だに無数の「1」のダメージ表示の群れしか見えない。
サチは驚愕のあまり、手を引いたプルームの上に倒れ込む形になっているのも気にせず尋ねる。
「み、みなさんには・・・・・・何が見えていますか?」
「え? 何って・・・・・・でっかい蛾の魔物だけど・・・・・・。なんでか弱ってるって言うか、瀕死みたいだけど?」
サチの問いの意図は汲み取れないままに、プルームが答える。
少ない情報ではあったが、サチはその蛾の魔物があの繭だったものだと確信した。
「すみません・・・・・・私、アナライザーなん、です・・・・・・けど、魔物の全身を覆い尽くしてしまうほどのダメージ表記が出てて・・・・・・少し、混乱してしまいました・・・・・・」
サチと、その体重を受け止めているプルーム以外は落下して来た魔物を警戒して武器を構える。
ダンは槍と盾を、シュルームはリュックに大量に詰めてある薬瓶を。
しかしそれらが振るわれることはなく、間もなく魔物は完全に息絶えた。
ダメージ表記が消えることで、サチも初めてその魔物の姿を拝むことに成功する。
「うへぇ〜、気持ち悪いですねぇ・・・・・・。りぃだぁ、見てくださいよこれ。なんか、下半身幼虫のままの形じゃないすか?」
「おい、シュルーム・・・・・・。迂闊に近づくな」
死骸に駆け寄るシュルームを追って、ダンも恐る恐る魔物のそばまで歩いていく。
「あ、えと・・・・・・すみません・・・・・・」
「いや、いいよ。気にしないで。キミに怪我がないことが一番なんだから」
事態が一応は落ち着いてから、サチはプルームに思い切り乗っかってしまっているのに気づく。
少し恥ずかしそうに立ち上がり、謝りながらプルームを助け起こした。
魔物の落下による風圧で、辺りの鱗粉はすっかり飛散してしまっている。
魔物の体重によって薙ぎ倒され、痛々しく裂けた生木の上に横たわる死体だけが残されている。
サチは気を取り直してその死体をあらためた。
「やっぱり・・・・・・これが今回の変異体で間違いないですね・・・・・・。プラヌラの活性が完全に異常値です。息絶えて尚この活性ということは、相当強い魔物ですよ。それが・・・・・・まさかこんな状態で対面することになるなんて・・・・・・」
落下の際に出来たであろう傷を除けば、外傷は少ないように見える。
継続的にダメージが発生していたのを鑑みると、なんらかの毒というのが落とし所としては妥当だ。
「ていうか、これ・・・・・・コーラルはどうなってるんだ? 魔物は・・・・・・死んでるもん、な・・・・・・」
ダンが今そうしたことで見つかるはずもないのに、辺りを見回す。
ひとまず目下最も恐るべき存在であった変異体。
しかし今は目の前で死体になっている。
そうなれば当然気になるのはコーラルの安否だった。
「そもそも、いったい誰がこんなバケモノやっつけたんでしょーね・・・・・・? あの子も、その人に保護というか、なんとかしてもらってるんじゃないすかね? ま、キボーテキカンソクってやつですけど」
シュルームの言うことも可能性としては十分ある。
ただあくまで可能性の一つに過ぎない。
間に合わなかったかもしれないし、その強い誰かが善人とも限らない。
しかし、事実はその全ての可能性を否定する。
この中に居る誰も、考えもしなかった可能性。
「・・・・・・ここら辺に落ちたと思うんだけどね・・・・・・」
「ひー・・・・・・なんかやっぱ、安心したら一気に痛くなってきた・・・・・・」
森の奥から、ダンたちのところへ近づいてくる声。
二人の少女の会話。
そして、ダンたちからすれば・・・・・・聞き馴染みのある緊張感を欠いた声。
「誰か・・・・・・来ますね・・・・・・」
コーラルを知らないサチだけが近づいてくる人物を警戒し身構える。
そして姿を現したのはやはり・・・・・・。
「あれ? え・・・・・・? なんで・・・・・・いんの???」
木の陰から出て来た、ボロボロな身なりの傷だらけの少女。
その少女は困惑と、少しの嫌悪感を表情に表し・・・・・・ダンの顔を見つめていた。
「あ・・・・・・」
ダンはその姿を見て、言葉に詰まる。
蓋をしてきた不安が、堰を切って涙となってダンの目から溢れた。
「え」
「コーラル・・・・・・!!」
「ちょ、や! ねぇ、痛い!! ね、ほんと!!」
衝動のまま、ダンはコーラルに抱きつく。
コーラル自身は自分を追放した張本人がこうして抱きついてきているのに困惑・・・・・・する暇もなく痛がっていた。
体中の傷や炎症が摩擦によって燃えるような鋭い痛みを引き起こすのだ。
「えっと・・・・・・? 解説してもらっても?」
コーラルの後ろからぬっと現れるラヴィ。
ラヴィのこの状況に関しての理解度は、サチ以上に低かった。
ラヴィの視線は唯一知った顔であるプルームに向く。
気まずい間柄ではあるが、ひとまず一連の騒動の収束を予感したプルームは内心の安堵を隠せず、とりあえず肩をすくめて見せた。
続きます。




