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激突

続きです。

 わたしの接近に、魔物は顔の筋肉を震わせ歯を剥き出す。

そうして自らの体を振り上げるようにして、イモムシ部分を支えに六本の腕を広げた。


 羽の目玉が真っ直ぐにわたしを見下ろし、枝のように広げられた腕は日の光を迎えるように空に伸びた。


 空気がひりつく。

不可視のエネルギーのうねりを、しかしわたしは確かに感じていた。


「何・・・・・・?」


 さっきまでと少し様子が違うのを見て、足を止める。

魔物のその歪な体躯を見上げると、広げられた腕の・・・・・・その手のひらに淡い光が宿っているのが見えた。


 その6つの光に吸い寄せられるように風が巻き上がる。

そしてすぐにその風は止み、光を握りしめた手のひらをわたしめがけて振り下ろしてきた。


「うぐっ!?」


 さっきまでと同じようにその拳打を躱す。

が、魔物がさっきとは違うことをしている以上同じ対処では足りない。


 拳打の衝撃。

それは、起爆だ。


 地面に振り下ろされた拳が眩く輝く。

薄紫の光の粒子が、爆ぜる。


 大地が抉れ、爆ぜた光と土砂がわたしに叩きつけられる。

何かが起きるのを予期してはいたから、光に視界を灼かれることがなかったのは不幸中の幸いだ。


「・・・・・・いつっ・・・・・・」


 爆風にカス当たりしたくらいだったと思うのだけど、それに見合わないくらいのダメージだ。

爆発による高温は一瞬で過ぎ去るため、他に比べれば些事だが、この衝撃は身のこなしで逃し切れる範疇を超えている。


 そして、何よりも嫌になるのは・・・・・・この攻撃があの魔物にとって必殺技でもなんでもないということだ。

光を湛えた腕は、後五本。


「くっそやろう・・・・・・」


 休む間もなく、わたしの元に攻撃は降り注ぐ。

わたしは直撃を避けるのがやっとで、そのたびに吹き飛ばされた。


 近づいて一回攻撃を命中させられればだいぶ状況は変わるというのに、この連続攻撃がそれを許さない。

度重なる爆風に、衣服は裂け、皮膚は浅く焼ける。

体中いつどのタイミングでついたのかさえよくわからない傷でいっぱいになってしまった。


 ラヴィの方への余波の影響も心配だが、ひとまずわたしを狙ってくれているようでそれはありがたい。

とにかく、なんとか六連撃をやり過ごしてみせた。


「あの感じだと・・・・・・」


 ほんの数秒だが、エネルギー充填に多少時間を要する。

だから、接近して叩くなら・・・・・・。


「今・・・・・・!」


 魔物の攻撃でめちゃくちゃに耕された地面を、半ば滑るようにして駆けていく。

砂塵と鱗粉の混じった悪環境の中、魔物に迫る。

そしてやっと・・・・・・。


「っ・・・・・・!!」


 魔物の様子はあまり確認してなかったからほぼ賭けだったが、きちんとエネルギー充填中だったようで接近に成功する。

体の下にスライディングで滑り込むようにして、胸と腹の丁度境目当たりに短剣を突き刺した。


 ぶにょっと、思ったより柔らかな感触と共に生暖かい体液がとろりと腕を伝ってくる。

その感触の気持ち悪さに鳥肌が立つが、積毒のダメージ加速のためにがむしゃらに何度も刃を突き刺した。


 もちろん魔物がやられっぱなしでいてくれるわけもなく、その体のイモムシ部分を尾のように薙ぎ払ってわたしを吹き飛ばす。

わたしはその衝撃に、攻撃を加えられた安堵からか、あるいは体液で手が滑ったのか、短剣を手から離してしまった。


 吹き飛ばされた体は、でこぼこの地面を転がって木の根に叩きつけられる。

魔物の体液で体が濡れたせいで土まみれになってしまった。

すっかり冷めた体液の感触と、独特の刺激臭を含んだ嫌な匂いが首元を伝ってくる。

背を打ちつけたのもあって、しばらく咽せた。


 そこからなんとか呼吸を落ち着かせると・・・・・・。


「あ・・・・・・」


 魔物の顔がすぐ目の前に。

浅く開かれた口には、喉の奥から上ってくるさっきの攻撃と同質の光が輝いていた。


 やば・・・・・・。

頭がその危険を理解したのとは裏腹に、体がついてこない。

わたしの脳からの信号が四肢に届かないうちに、眩い光は溢れ・・・・・・。


「コーラル・・・・・・!」


 近くの樹木の影に身を潜めていたラヴィが、わたしの体を同じ木の裏に引っ張り込み魔物の射線から外す。

魔物の口から放たれた一筋の光は、その瞬間わたしの靴の裏をかすめて森を貫いた。


 遅れて膨れ上がった熱風がラヴィ共々わたしを吹っ飛ばす。

わたしはこれ以上ラヴィの体に無理はさせられないと、咄嗟にその体を引き寄せて抱き抱えるようにして保護した。


「えと、ラヴィ・・・・・・大丈夫?」

「げほっ、ごほっ・・・・・・コーラルこそ」


 お互いなんとか五体満足。

一旦ある程度距離が空いたので、這うようにして木の影に再び身を隠した。

視界は鱗粉のせいでべらぼうに悪いから、たぶん魔物はもうわたしたちがどこにいるのか分からない。

まぁわたしたちも魔物の位置が分からないんだけど。


「あ、そだ。ラヴィ、攻撃できたよ! あいつに!」

「はは、そうみたいだけど・・・・・・後どれくらいで倒れてくれるやら・・・・・・」


 一応嬉しい報告のはずなのだが、もうすっかり消耗してしまってそれどころではない。

実際ラヴィもわたしも、もう軽傷じゃ済まない被害だ。

ちゃんと然るべき人に診てもらわないとダメな状態。


 あと数十秒、長くても数百秒待てば決着がつくだろうけど、その秒数しっかり生き残れるか分からない状態だ。


 ラヴィが痛みを堪えて筋肉を強張らせながら、疲れた声で呟く。


「たぶん、あの魔物もだんだん自分の体の使い方を学習してきてる。攻撃はどんどん多彩になっていくはずだ。それを・・・・・・なんとか耐えきらないと」

「・・・・・・そうだね」


 身を潜めながらも、周囲の様子を確認する。

向こう様のほうが視界が広いから、かくれんぼはこっちが不利だ。

しかし幸い、気づかれる前にその姿を見つける。


「なんだろ? ヤケ? 変異体って言っても虫だし・・・・・・頭悪いのかな?」

「なになに・・・・・・?」


 魔物の口に、再び光が宿っている。

だがその光の向く方向は、おおよそ何かを狙っている風には見えない。

当てずっぽうよか絶対わたしたちを探した方がいいのに。


 わたしたちとしては、もう無理して近づく理由もないし近づきたくないので、遠まきにその姿を眺める。

大きく開かれた口の内側に溢れる光は、一際強く輝き、そして一筋の光線となって放たれる。

そしてその光は何を焼き払うこともなく、空中で・・・・・・屈折した。


「え・・・・・・?」


 光線が、曲がった?

不自然な光景に唖然としていると、ラヴィがいきなり焦り出してわたしの頭を押さえつける。


「コーラル、伏せて!!」

「うぁがっ!?」


 わたしの顎が地面にぶつかって、その衝撃が骨に響く。

その瞬間だった。

一瞬の内に過ぎ去った一筋の光が、わたしたちの頭上を過ぎ去り、身を隠していた幹を焼き切った。


 光線は尚も屈折を繰り返し、辺りの木々を薙ぎ払っていく。

そこら中にミシミシという音が響き、樹木は次々倒れた。

わたしたちの隠れていた木は、幸い他の樹木と干渉してくれたおかげで完全に倒れず斜めにズレて地面に突き刺さる。

それが他の倒れてくる木からわたしたちを守る形になっていた。


「何? 何!?!?」


 未だに何が起きたのか理解していないわたしは、ラヴィの体の下で半ばパニックに陥っていた。


「鱗粉の中をビームが反射したんだ。ここら辺一帯が全部射程だね。まぁなんとか・・・・・・私たちは助かったよ。ビームはもう消散した」


 ラヴィが体を起こすのに合わせて、わたしものそりと体を起こす。

さっきまでと同じ場所とは思えないほどに、辺りはめちゃくちゃになっていた。

それに、光線が吹き散らしてしまったのか鱗粉の密度が薄くなって視界がクリアになっている。

魔物の姿もよく見えた。


「・・・・・・って、やばいじゃん!!」


 わたしたちからよく見えるなら、魔物からもわたしたちがよく見えるだろう。

辺りの木は解体されちゃったから、すぐに身を隠せる場所はない。

しかし・・・・・・。


「いや・・・・・・」


 慌てふためくわたしと違って、ラヴィは冷静だった。


 魔物は腕の統制がうまく取れないのか、腕を絡ませながらバランスを崩して転ける。

起きあがろうともがくが、平衡感覚がおかしくなったのか体は傾いたままだった。


「もう、毒はまわりきったみたいだね」


 やがて魔物は羽を地面に打ちつけるようにして、やっと空に飛び上がる。


「あ・・・・・・逃げる?」

「みたいだ」


 元より正常な羽化ができていなかったせいもあって、体のイモムシ部分を重たそうにぶら下げながらフラフラどこかへ飛んでいく。

赤い鱗粉を降らせながら、グロテスクな羽をぎこちなくはためかせ、ゆっくりこの場所から離れていった。


 ラヴィがその様子を見ながら、立ち上がって言う。


「追おう。ほんとなら深追いしていいような相手じゃないけど、ああなっちゃえばね。しっかり絶命を見届けて・・・・・・やっと、依頼完了・・・・・・だ。まさかこんな目に遭うとはね」

「とんだ災難?」

「いいや。輝かしい戦績・・・・・・だけど、割りに合わない感じはするなぁ」


 ラヴィはそうやって、大袈裟にアザだらけの腕をさすった。

続きます。

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