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因縁

続きです。

 それぞれがそれぞれ、別々の方向に逃げて行った後、そこにはプレコとオオカミの魔物が取り残されていた。

先程まで牙を剥き唸っていた魔物は、それが嘘のように静かになる。

そうしてその魔物はプレコに話しかけた。


「逃げなかっただけでも褒めてやろう、プレコ・・・・・・いや、オニダルマ。覚悟はよいな?」

「ヤマイヌ・・・・・・」


 プレコは変身を解き、人間の姿を晒す。

それを見たヤマイヌは牙を見せて笑った。


「ははは、随分と潔いではないか。それとも何か、この時が訪れるのを待っておったか?」

「・・・・・・」

「くくっ、ふふふふふふふふ! まぁ・・・・・・それもそうであろう・・・・・・」


 ヤマイヌは笑い声を抑え、木の葉の隙間から見える小さな空を見上げる。


「のう、あの時代はよかった。お主と拙者、変身の術を使う者同士肩を並べ、至る所を血に染めた。死を運ぶ物の怪と恐れられ、絵巻にも描かれた。拙者とお主、向かうところ敵無しであった。・・・・・・だが、お主は誤った」

「それはお主たちであろう」


 プレコはヤマイヌの視線を受けて首を横に振る。

そして続けた。


「戦乱の世は終わった。拙者らの労が報われ、猫組が東の地を治めた。なのになぜ、なぜお主らは人を殺め続ける。何故上様を憎む!?」


 プレコの言葉を受けても、ヤマイヌの瞳は静かなままだ。

波紋の一つも立たない。

心は、動かない。


 ヤマイヌの陰から、更にもう一人男が歩み出る。

それにプレコは険しい表情を浮かべた。


「・・・・・・里長」


 プレコの眼前に現れた里長は既に仲間のかけた変化の術を解き、本来の姿を露わにしている。


「久しいの、オニダルマ。まったく・・・・・・拙者らの変化の術にも気付けぬとは、すっかり腑抜けてしまったようであるな。ガー・クロコダイル、ラニア・タスク・・・・・・かような者たちと共に居るようではそうなるのも必定と言えよう」


 プレコは仲間の二人の名が出たことに、眉を顰める。

里長からもヤマイヌからも注意を逸らさないようにしたまま、静かに問うた。


「何が目的でござるか?」


 プレコの問いを里長は笑い飛ばす。


「分からぬか? 分からぬとは言わせぬぞ! 里のしきたりだ。抜け忍は必ず殺す。お主の仲間も全員殺す。それが拙者たち辻忍者の・・・・・・辻道よ」

「抜かせ! 辻忍者はもう解体されたではないか! 我らは卑劣な人殺しという身分をすすぎ、また人に戻ることを許された! なのになぜ、まだ・・・・・・殺す・・・・・・」

「何を申すか。人に戻ることを許された? ではお主、人に戻れたか?」


 里長は距離を詰めて、プレコの瞳を覗き込む。

プレコは耐えきれずに、斜め下に視線を外した。


 里長はプレコの周りをゆっくり歩きながら、尚も続ける。


「懐かしいの。お主が辻忍者になったばかりの日・・・・・・お主の変身の術の甲冑は、まるで団子虫のように丸く、滑らかだった。それがどうだ、一月と経たぬうちにその姿は凶悪に、鋭利に、鬼神の如く猛き姿に変わっていった。見ていたぞ、お主の姿。あの時のままの、鬼ではないか。それがお主の本当の姿。心根までもが鬼、物の怪なのだ。拙者たちと同じようにな」

「・・・・・・」

「拙者たちはお上に壊された。血も涙もない怪物に作り変えられたのだ。そうして・・・・・・戦が終われば、用済みだ。人に戻ることを許された? 否! 拙者たちは戻れない。騙した、裏切った、捨てた、捨てられた・・・・・・その結果拙者たちに何が残された? この、血塗られた手のひらだけだ」


 里長はプレコに手を伸ばし、その手のひらを持ち上げる。


「お主の手も血塗れだ。苦しかったろう? 今に終わらせてやる」


 プレコは、その腕を振り払う。

そうして後ろへ下がり、里長を睨みつけた。


「分かったようなことを言うな! 拙者はお主たちとは違う!」

「オニダルマ・・・・・・」

「その名で呼ぶなっ! 拙者の名はプレコ・アルマでござる!」


 里長は振り払われた腕をさすりながら、つまらなそうな表情でプレコを見つめる。

ヤマイヌも、軽蔑したような眼差しをプレコに注いでいた。


「まぁ、それももうよい。どちらにせよお主は死ぬ運命。お主を腑抜けにした仲間たちも死ぬのだ」

「仲間は関係ないであろう! お主たちの狙いは拙者だけだ!」

「目撃者は残したくないからのう。お主の仲間も殺し、拙者らも身を隠す。残るのは依頼の失敗、全滅というごくありふれた結果のみ。その程度のことオニダルマともあろうものが分からぬはずもない。それとも己の心を守るために分からぬフリをしているか?」


 ギロリと、里長の冷たい眼差しがプレコを射すくめる。

プレコは里長の言葉に答えることはなかった。


「ゆくぞ、ヤマイヌ。お主のかつての相棒を終わらせてやれ」

「もちろんでござる、里長。拙者もこれ以上かつての友の無様な姿を見たくはありませぬゆえ」


 里長は構もなくプレコに相対する。

ヤマイヌは地面に爪を立て、飛びかかるために身を沈めた。

続きます。

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