猫の館のミコ様
続きです。
天井からぶら下がる絢爛な照明。
広々としたスペースにはたくさんの男がぎゅうぎゅうに詰まっており、そのむさ苦しい光景に似つかわしくない甘い芳香が漂っていた。
遊郭・・・・・・などと言っていたが、この建物の雰囲気は明らかに普通でない。
どこからどう見ても豪華すぎる。
普通こんなお金をかけるような姿勢じゃないだろう。
いや・・・・・・それも結局、文化の違いか・・・・・・。
しかしどうなっているのか・・・・・・建物の構造がまるである種の劇場のようだった。
屋内に立ち入ると、俺とハンゾウやハンスケ・・・・・・そして無数の助平男どもたちが一緒くたにされたこの広いスペースがある。
そして・・・・・・劇場の例えを引っ張るのであれば舞台とでも呼ぶべきスペースが一段上に広がっていた。
一瞥しただけで質の良い木材が敷き詰められたその舞台の上には、演者はまだ誰もいない。
ガヤガヤと、喧騒が耳を塞ぐ。
こんな場所にいるのが不本意なのもあって、それらがもたらすストレスは大きかった。
ハンゾウが俺のところまで首を伸ばしてきて、馴れ馴れしく語る。
「いいか? この店は特別でな・・・・・・普通なら客が遊女を選ぶところが、遊女が客を選ぶんだ。そして見りゃあ分かるだろうが、これだけの人数が全員選ばれるわけじゃねぇ。選ばれなかったら、それでもう帰るしかねぇってこった。そしてもう一つ・・・・・・」
ハンゾウが二つめの説明を始めようとしていたところ、突然場が湧く。
その歓声や拍手喝采に飲まれて、ハンゾウの声は聞こえなくなる。
ハンゾウはもうそれすらどうでもいいと言ったふうに、大きく見開いた瞳を舞台に向けていた。
俺も頭が割れそうな音に包まれる中、舞台上に視線を向ける。
舞台の上には派手な着物を纏った女の人たちが何人か現れていた。
「って、え・・・・・・これ・・・・・・」
猫の館、ね・・・・・・と一人その名に納得する。
舞台に上がった女性たちは・・・・・・その全てが猫の獣人だった。
獣人たちはその綺麗な眼差しを客席に注ぎ、うっすら微笑み時折手を振る。
そして最後の・・・・・・九人目の獣人が舞台に上がったとき、歓声は最高潮に達した。
周りの人の口から、その名が聞こえてくる。
「ミコ様・・・・・・」
「ミコ様だ!」
「・・・・・・今度こそ俺がミコ様に・・・・・・」
赤い着物の、やや小柄な少女。
その艶やかな毛並みは雪のように濁りの無い白色で、首に下げた鈴の音がこの喧騒の中でもはっきりと鼓膜に響いた。
近くで興奮している誰かの肘の下から、人混みに揉まれたと見えるハンスケが俺に・・・・・・さっきのハンゾウの説明の続きをする。
「ナエギ殿・・・・・・あれがミコ様。この館で最も美しい少女であり・・・・・・もう何日も、誰にも視線を向けず、どの客も選んでいない高嶺の花。今回俺たちは・・・・・・彼女の視線をこちらへ向けさせるためにナエギ殿の力を借りた次第だ」
「は・・・・・・そんな、ことのために・・・・・・」
「そんなことのためにさ。猫頭様に寵愛を受けている彼女の眼差しには、特別な神力が宿っているって噂もあって・・・・・・それはそれは大変ありがたいことなんだ」
ハンスケはこちらを気にかける素振りも見せないミコを見上げて、目を細める。
その眼差しは・・・・・・もう俺には正気なようには見えなかった。
続きます。




