一行は砂浜にて
続きです。
お風呂で決別した以来の潮の匂い。
それを久しく鼻腔に吸い込んでいた。
波の音は穏やかで、無惨にも横たわっていた数々の亡骸は波に攫われたか、それとも誰かの手によって片されたか、もう見当たらない。
そして、わたしたちの船は・・・・・・。
「ほーほー、これは・・・・・・見事に“抜かれて”おるのう・・・・・・」
船の状態を確かめていたリンが肩をすくめて言う。
「しっかりと、値がつく部品だけ抜き取られておる。まぁ一定の知識と技術のあるものに解体されたのは間違いないじゃろうな・・・・・・。不幸中の幸いか、無理なバラされ方はしておらぬから・・・・・・今ある部品はちょっとした修理でどうとでもなりそうじゃが・・・・・・」
「ダメそう、ですか・・・・・・?」
サチが脇から覗き込む。
リンは腕の小ささを活かして、隙間から内側をガチャガチャといじり回していたが、難しそうな表情を浮かべ顎を撫でた。
「部品を抜き取られた部分がどういう風になっていたか分からんからのう・・・・・・。はっきり言って、この船はわしらの持っている技術よりだいぶ高度なもので組まれておる。だから元通りに、というのはだいぶ難しいのう。やるにしても・・・・・・相当の時間がかかりそうじゃ。おジジはどう思うかの?」
「そうじゃなぁ・・・・・・」
リンに意見を求められたオジジもリンと同じような表情を浮かべる。
リンより少し長めに考えて・・・・・・けれども結局はリンと同じ結論を出した。
「でもさ、要は海を渡れればいいんだから・・・・・・別に元通りにしなくてもいいんじゃないの? 船として動けばいんだからさ」
技術的な話は全く分からないなりに、サチに聞いてみる。
なんか乗ってた時の感じからして、余分な機能めちゃめちゃ多そうだったし・・・・・・。
しかし、サチの返答は芳しくない。
「私たちには操船技術がありませんから・・・・・・例え船としてだけなら完璧になったとしても、真理の庭には辿り着けません。以前のように、半自動に目的地を目指してくれないと・・・・・・広い海に、どっちが陸地かも分からなくなって取り残されてしまいますよ。そして、たぶん・・・・・・リンさんたちの言う、直すのが難しい部分というのは・・・・・・」
サチがリンに視線を送ると、リンは「うむ」と頷く。
「その通りじゃ。普通の船だったら・・・・・・別にわしらでも一から造れる。が・・・・・・この船のからくりを再現するには・・・・・・骨が折れるじゃろうな・・・・・・」
「えー・・・・・・」
浜辺にしゃがんで、ため息をつく。
足元にあった貝殻の破片を摘み上げて、その表面の砂を指で払ってから・・・・・・また投げ捨てた。
ギルドに着いたときは色々解決しそうな気がしていたのに、振り出しに逆戻り。
携えていた二つの目標は、どちらも達成できなかった。
ラヴィもわたしのようにしゃがんで、わたしとは違った・・・・・・完全な形をした貝殻を拾い上げる。
殻の内側に入り込んだ砂を捨てながら「でも」とサチたちの居る方に向かって言った。
「でも・・・・・・時間があれば、可能性はあるんだよね?」
試すように、あるいは・・・・・・ある意味挑発するようにリンとオジジに視線を送る。
それにオジジはニッと笑って、胸を力強く叩いた。
「わしらも舐められたものじゃわい! このオジジ・・・・・・腐ってもこの都一の職人よ!」
「自称じゃがの・・・・・・。でも、おジジ! かっこよいぞ!!」
「おほん! ともかく・・・・・・じゃ! 安心せい。この船は・・・・・・時間はかかるかも知れぬが、必ずわしらが直してやる! 心配は無用! 期待以外不要じゃ! 任せておきなさい!!」
オジジはそう言ってメガネのレンズを太陽の光に輝かせる。
これからどうなっていくかは、もう全然予想がつかないし・・・・・・結局いつニャパンを出られるかの目処も立たない。
ただその背丈の小さな二人の職人は、間違いなく頼もしかった。
「はぁ・・・・・・どうやら、ここでの生活は・・・・・・思ったより気の長いものになりそうですね・・・・・・」
「問題は山積み・・・・・・ってか、この国の雲行き自体・・・・・・なんか怪しーし・・・・・・?」
先を思いやるサチの言葉に、コムギが目下に迫っているもう一つの懸念点を付け加える。
この国の運命と、わたしたちの旅路・・・・・・それが奇妙に、すごく不思議な形で絡み合い・・・・・・何かに巻き込まれていきそうな予感がする。
それが杞憂に済めばもちろん言うことはないのだけど・・・・・・冒険者というのはとどのつまり、元来そういうものだ。
「これはまた・・・・・・大変になるぞぉ・・・・・・」
何が起こるとしたら、今度は魔物どうこうみたいなシンプルな話じゃないだろう。
そして・・・・・・じゃあまず最初に、わたしたちにどういう問題が降りかかってくるかというと・・・・・・。
ひとまず、今晩は・・・・・・どこで夜を明かすかということだった。
冒険者の・・・・・・もう一つの側面。
ごく平凡な、人間たちがどうやって異郷の地で生活するかという悩み。
冒険者って言葉と比べると、なんかフツーでかっこ悪い部分。
だけどね・・・・・・やっぱり、元来冒険者っていうのは、そういうものなのだ。
続きます。




