ナエギと酔っ払いども
続きです。
一方その頃・・・・・・。
「で、いったいどこへ向かうっていうんだよ・・・・・・」
待ち合わせに指定された軽食屋。
到着する前こそちゃんとたどり着けるだろうかとか、時間に間に合うだろうかと多少焦っていたが・・・・・・談笑しながらおそらく酒を嗜んでいるハンゾウとハンスケの姿を見ると、そんなふうに焦っていたのもなんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
「おっと兄ちゃん、来たか来たか・・・・・・。いやいや待ってましたぜ・・・・・・」
ハンゾウはアルコールで頬を赤く染め上機嫌に言う。
ハンゾウよりかは酔いの浅そうなハンスケも気持ち良さそうに風を感じていた。
「まぁまぁ座んなせぇ、座んなせぇ。まだまだ時間はありますから、ここであっしらとしばし楽しみましょうや」
「いや、俺は・・・・・・うっ、酒くさ!? ちょっと勘弁してくださいよ・・・・・・」
これからどっかに向かうっていうのに、そのことをまるで考えていない勢いで飲んだと思われる千鳥足でハンゾウが俺を迎えに来る。
強制的に肩を組まされて、強制的に椅子に座らされた。
息が・・・・・・とかじゃなくて、もうこうして近くにいるだけで酒の匂いが香ってくる。
飲酒経験が無いではないが、その匂いは快か不快で言えば圧倒的に不快だ。
そのままハンゾウはこちらに確認をとるでもなく、空いていた小さな盃に並々と透明の液体を注いで俺の眼前に突き出す。
見た目こそ澄んでいてまるで水のようですらあるが、それは状況からして間違いなく酒だった。
「あぁ・・・・・・だから俺はいらないって・・・・・・」
「まぁまぁ、そう遠慮なさんなって!」
「いや、遠慮とかじゃなく・・・・・・」
ハンゾウははなから俺の返事など耳に入っていないようで、俺が何を言おうと大笑いする。
助けを求めるようにハンスケに視線を送るが、ハンスケも小さく笑うだけだった。
「まぁ酒の一杯くらい気にすることもあるめぇ。それに・・・・・・これからのことを考えるとお前ぇさんも少し酔っといた方いい」
「酔っといた方がいい、って・・・・・・あんたら、ほんとに俺に何させるつもりなんだよ・・・・・・」
文化にもよるのかもしれないが、酔っていた方がことが上手くいくものっていったいなんなのか。
そう多くはないっていうか、やっぱり大体のことは酒なんか入ってないほうがいいだろう。
ハンスケの言葉に呆れ半分と、不安半分。
本当に事態がどう流れるんだか、俺には予測不能だった。
この二人は、俺とは根本的に人間の種類が違すぎて・・・・・・まったく何を考えているのかわからない。
というか・・・・・・。
「はぁ、何も考えてないってのが正解かもな・・・・・・」
酔いに酔っているハンゾウの耳にこの言葉は届かない。
すっかり気持ちよくなっているハンスケもまた、俺の悪態なんか気にもしないのだった。
こうなってくるともう、俺があれこれ考えているのがアホらしくなってくる。
こんなことにバカ真面目に不安になったりして、こう・・・・・・そういうのはこの二人と絡む場合においては全くの無駄だ。
真っ当な思考を維持している分だけ疲れるし損をする。
だから・・・・・・。
「・・・・・・」
まだ昼過ぎちょっとの明るい空を映した、盃の中の澄んだ液体に視線を注ぐ。
覚悟を決めたように細く息を吐くと、それを持ち上げて一気に胃まで流し込んだ。
ろくに味わわずに流れていった液体が喉をカーッと熱くしていく。
その感覚に思わずしかめ面になり、熱くなった胸を押さえる。
どうやら、この国の酒というのは結構強いらしい。
想定以上のキツさにしばし耐えるように背筋を硬直させる。
あの綺麗で透き通った見た目に騙されたが、一気に流し込んでいい類いの飲み物ではなかった。
「ははは、なんだ兄ちゃん! 結構やれるじゃねぇか!!」
そんな俺の努力虚しく、空いた盃にハンゾウは大笑いしながら酒を注ぎ足す。
酔っ払いに勧められた酒が、一杯程度で終わるはずがなかったのだ。
今度は足させまいと心に誓って、さっきの反省のもと二、三口に分けて飲んでいく。
それを飲み終わると、また酔っ払いどもの手が伸びる前に盃を持ったまま立ち上がった。
「はぁ、もう・・・・・・! いいかげんにしてください! もうどっか行くってんならさっさとどこへでも行きましょうよぉ・・・・・・」
怒りのような、あるいは悲しみのような・・・・・・ため息と一緒に諦めに近い感情を吐き出す。
そしてそんな俺の言葉は・・・・・・。
「「ははは」」
やっぱり、二人の酒の肴になるだけだった。
こんな奴らと交わした約束なんか、別にほったらかしてもよかったんじゃないかと後悔の念が強まる。
しかしそれはそれで不誠実なのは嫌なので、結局後悔したところで仕方ないのだった。
今だって、別に面倒ならこいつらを置き去りにしたっていいのに、そういう気にはもうなれない。
「はぁ・・・・・・もう俺は飲みませんからね!!」
と、刺さるか分からない釘を刺し、席に戻る。
ただ、今度は二人から少し離れた位置に座った。
空は昼間のものから、ゆっくり午後の色に切り替わりつつある。
酒の入っているせいか、やたら太陽を眩しく感じた。
続きます。




