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リンとオジジ

続きです。

 突然駆け込んできたその女の子に次いで、分厚いフレームに色のついたレンズの特徴的なメガネをかけた老人もやって来る。

その老人も女の子と同じくらいの背丈で、わたしたちと比べても低身長だった。


 いきなり飛び込んで来たその二人は気を失った忍者が何人も倒れている部屋の中を見て、目を丸くする。

そして同じタイミングで叫んだ。


「「うわっ! なんじゃこれはっ!?」」


 わたしたちもわたしたちで今の状況を二人に説明するでもなく呆気にとられる。

とりあえず・・・・・・この人たちは何者なのだろうか・・・・・・。


 その時、その二人の声を聞いたギルド職員さんが受付カウンターからひょっこり顔を覗かせる。

恐る恐るといった風に出てきたその両目が二人を捉えると、職員さんは「あ」と声を漏らした。

そして完全に立ち上がって二人を指差す。


「この人! この人たちです! 設備のメンテナンスを委任してるの!」

「う・・・・・・お!? なんじゃあ!? わしらは何もしておらんぞ!?」


 職員に指を差されて、女の子の方が慌てて首を横に振る。

おそらくこの惨状を自分と結びつけられたと勘違いしたようで、自分でもよく分かっていないだろうにかけられてもいない疑いの弁明を始めた。

それと比べると、老人の方は幾分か落ち着いた様子で「ふむ」と頷くと、女の子の頭に軽く手刀を一発叩き込んだ。


「落ち着かんか、リン。どうも向こう様も困惑しておるようじゃからの。まぁなに・・・・・・仮にわしらに何か嫌疑がかけられているとしても、わしにかかれば朝飯前じゃろうて!」

「おおっ! さすがおジジ! 頼もしいのう!」


 老人が胸をドンと力強く叩くと、隣の女の子・・・・・・リンがはしゃぐ。

わたしたちはそれを見て・・・・・・やっぱりまだ困惑から抜けきれないでいた。

というかたぶんギルド職員さん以外誰も状況を理解していない。


「えっと・・・・・・二人は、誰・・・・・・で・・・・・・。ひ、人・・・・・・でいいの? 種族は・・・・・・。なんか小さいけど・・・・・・」


 困惑のあまり飛び出してしまった初対面にしてはあまりにも失礼すぎる言葉に、リンの耳がピクリと反応する。

そしてぴょこんと、(おそらく本人としては)威圧的にわたしの前まで飛び出した。


「お主・・・・・・いまわしに“小さい”と申したか!? ええい無礼者! わしはれっきとした人間じゃ! そこいらの山の小猿と一緒にするでない!」

「え、あ・・・・・・えと、それは・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」


 わたしの言葉に、リンはこちらを見上げる。

そして満足そうに頷いた。


「うむ! 分かればよいのじゃ。ところでお主・・・・・・というかお主ら・・・・・・見ぬ顔じゃのう・・・・・・。身なりはこちらのものじゃが・・・・・・異邦人か?」

「あ、えっと・・・・・・」


 リンの問いに答えようとはするが、すぐには言葉がまとまらない。

順序というか、今のこの惨状のこととか、場合によっては弁明が必要なのはわたしたちかもしれないからだ。

そこに受付から、おそらくここに居る中では一番状況が分かっているギルド職員が声だけで割り込む。


「はい、そうです! その方たちは・・・・・・紆余曲折ありまして、この国に流されて来てしまった異邦人です! それで・・・・・・彼女たちの乗って来た船を修理するのにオジジさんたちの力を借りられたらって話をしていたところに・・・・・・突然辻忍者たちがやって来て・・・・・・って感じです!」

「っていうことは・・・・・・この二人が、例の・・・・・・技師さん・・・・・・?」


 ラヴィがギルド職員に向けてほとんど先程の説明と重複する内容をもう一度確認するように尋ねる。

ラヴィの言葉に彼女はコクコクと頷いた。


 色つきメガネの老人・・・・・・オジジ、さん・・・・・・?が、顎髭を撫でながらギルド職員の言葉に答える。


「ほぅ、ということは・・・・・・彼女たちはわしらの客じゃったか! なぁに、船の修理なぞこのオジジにかかれば朝飯前じゃ!」

「おおっ! さすがおジジじゃっ!!」


 オジジの言葉に、リンが真面目にやってるんだか悪ふざけでやってるんだか分からないけど再び太鼓持ちじみたことをする。

たぶん、その瞳のキラキラした感じからして本気でやっているのだろう。


 ひとまずわたしたちとあの二人の構図が職人と依頼人という形に収まったことで、オジジは曲がった背中を少しばかりしゃんとさせて気持ち身なりを整える。

そして今のところ一番位置が近いわたしに体の正面を向けた。


「わしはオジジ。ここいらでちょっとした工作やら鍛治仕事をしておる。そしてこっちが、わしの孫の・・・・・・」

「リンじゃ! まだ子どもじゃからってナメるでないぞ! お主らのように背丈ばかり伸びただけの子どもじゃないからの! おジジの技は、しかとこの腕に受け継がれておる!」


 元気いっぱいなリンの背に、オジジはそっと自分の手を添えて会釈する。

背丈の小さな・・・・・・なんだかちょっと変わった感じの二人・・・・・・。

けれどひとまず、これでわたしたちの二つの目標・・・・・・真理の庭と連絡をとることと、船を修理すること、これらが達成に近づいた。


 そうして状況のすり合わせが終わると、リンが「そうじゃった」と呟き、ギルドの中を見回し始める。


「おかしいのう・・・・・・。わしの妖刀、確かにここに飛んで行ったはずなんじゃが・・・・・・」


 その言葉に、ハッとしたようにコムギがさっき急にすっ飛んできた刀を突き出す。


「よ、妖刀・・・・・・ってやつ、もしかして・・・・・・これ? なんか急に飛んできて、訳もわからずあたしが使っちゃったけど・・・・・・」

「おお! それじゃ、それじゃ! 済まぬのう、なんだか最近ちと外が騒がしいから工房の隅で埃を被っておったオモチャを護身用に持ち歩・・・・・・」


 そこで何か気になることがあったのか、リンの言葉が失速する。

コムギから刀を受け取ろうとしていた手を引っ込めて、コムギを見上げた。


「お主・・・・・・今、妖刀を“使った”と申したか?」

「え、あ・・・・・・いや、その・・・・・・使った、っていう、か・・・・・・。いや、使いはしたんだけど、その・・・・・・ほら、ね? 刃は! 刃は何にも当ててないから! 傷ついたりしてないっ、はずだからっ!」


 妖刀を使った、という部分に踏み込まれて、コムギが焦り出す。

刃を何にも当てていないというところを強調して、わたしたちにも「見てたよね!?」と確認をとるように慌てて「ね? ね?」と繰り返していた。

リンはそんなコムギの焦りようはあっさり流して続ける。


「ああ、いや・・・・・・それは別にいいんじゃが・・・・・・お主、これを鞘から抜けたのか?」

「え・・・・・・と・・・・・・? そう、だ・・・・・・けど?」

「ふむ・・・・・・とすると、お主は剣鬼であったか・・・・・・。人は見かけによらぬものじゃな・・・・・・」

「え、けん・・・・・・き・・・・・・?」


 未ださっきの焦りから切り替えができていないコムギに、ギルド職員が説明する。


「剣鬼は、わたしたちの認識でいう剣聖のことです。妖刀・・・・・・というのは、資料によればニャパンのかつての戦乱で用いられた、剣聖にしか扱うことのできない特殊な刀・・・・・・だったはずです」

「へぇ、そんなのもあるんだ・・・・・・」


 この件に関してはあんまり関係ないわたしは、その話に勝手に感心する。

わたしたちの知る剣聖は、刀剣の所持が不要というところをアドバンテージとしていたが、こっちの国ではその能力をさらに発展させる剣を生み出していたのか・・・・・・。


 オジジが今の一連の流れを見て、声を上げて笑う。


「ほっほ! それも妖刀はただ剣鬼というだけでは抜けぬものじゃ。その刀身と共鳴する真の武者にしか扱えぬもの。戦が終わってからは妖刀を正しく扱えるものなど現れなかったが、まさか遠い異国の地に剣の心を持った真の武者が居たとはのう・・・・・・。妖刀がお主の手に渡ったのもただの縁ではない、妖刀が・・・・・・お主を使い手に選んだのじゃ」

「あ、あたし・・・・・・を?」


 コムギはまだよく分かっていない風に自分の顔を指差す。

それにオジジはなんだか愛嬌のあるすきっ歯を見せて笑った。

リンも「うむうむ」と訳知り顔で頷く。


「なるほどの。その妖刀がお主を選んだとあれば・・・・・・それはもうお主のものじゃな! わしが持っていても、わしは剣鬼ですらないから宝の持ち腐れじゃしの!」

「え、これ・・・・・・あたしが貰う、感じ・・・・・・なの!?」


 リンの言葉に、コムギが驚愕して周りを見回す。

ほぼほぼこの話には関係ないわたしたちは全員「まぁくれるっていうならそれでいんじゃない?」って感じで曖昧に頷いた。


「よいか、異国の武者よ! 妖刀の鍛造技術は将軍の手によって既に失われておる! それは数振りしかない貴重な一振りの一つじゃぞ! お主が真摯に刀に向き合えば、刀も応えてくれるじゃろうて! 大切にするのだぞ?」

「え・・・・・・う、そ・・・・・・。な、なんか妙にプレッシャー・・・・・・なん、だけど・・・・・・」


 リンの真剣な眼差しに、コムギは頬を引き攣らせる。

さっきまでなんでもなく刀を握っていたのに、それが貴重な代物だと分かるや否や握る手を震えさせていた。


 一方ラヴィは、リンの言葉の・・・・・・別の部分に反応する。


「鍛造技術が失われた? 剣聖の能力によってその力を増幅させる武器だなんて、他のどこの国でも聞いたことがない。きっと特別な技術のはずなのに・・・・・・どうしてまたそんなもったいないことを・・・・・・?」


 ラヴィの疑問に、オジジはため息で答える。


「・・・・・・それはのう・・・・・・将軍・・・・・・では異国の方には伝わらぬな・・・・・・。今この国で最も偉い方、あらゆる権力の頂点に立っている・・・・・・かつての戦乱の唯一の勝者、その名も猫頭様がいらっしゃる」

「ねこ・・・・・・がしら・・・・・・?」


 さすがに猫の国というだけあって、国の一番偉い人の名前にも猫とつくのか・・・・・・。

いや、順序が逆か・・・・・・その猫頭様の国だから猫の国なんだ・・・・・・。


 オジジは話を続ける。


「猫頭様は・・・・・・戦にて百戦錬磨と謳われた剣鬼の妖刀を、自らに献上させたのじゃ。そして・・・・・・それ以降、自分の持つ妖刀より強い刀が世に生まれぬように、新たな妖刀を打つこと、技術を伝授することを禁じたのじゃ。その命を破った鍛治師は・・・・・・どれほど神がかった腕を持っていようと首を斬られた。わしのとこの先代も、それで命を落としておる。その妖刀は・・・・・・先代の遺作でもあるのじゃ」

「えっ・・・・・・」


 もうこれ以上自分に関係ある話は出てこないだろうと油断していたコムギに、なんか勝手に背負わされるものが追加される。

刀を握る手の震えがいっそう強まった。

真の武者さんは今のところ貰い受けた刀に打ちのめされてばかりである。


「ま、そんなこんなであっという間に妖刀なんか誰にも作れなくなっちまって、扱える者も現れなくなったってわけじゃな! 現存する数本の妖刀も、誰にも抜けんなまくらってことで溶かされなかっただけじゃ。こんなつまらぬ話は気にせず、使い手はただ心のままに剣と共にあればよい!」


 オジジは陰鬱な気持ちを振り払うようにゆっくり首を横に振ると、声色を少し明るくして話をまとめた。

コムギは多少迷惑そうな表情を隠そうともしない。

が、もちろんこうして貰ったものをポイと捨てられるわけもなかった。


「う・・・・・・分かった、よ・・・・・・。でもその代わり・・・・・・船は頼んだからね・・・・・・」

「おう! わしらに任しておけ!」


 オジジはまたドンと自分の胸を力強く叩く。

なんだか少し交流を重ねた後だと、わたしの目にもそれがどこか頼もしく映った。


「あの・・・・・・一段落したところで、アレ・・・・・・なんですけど・・・・・・」


 ギルド職員さんが、申し訳なさそうに・・・・・・どこか遠慮がちな声で言う。


「ん・・・・・・?」


 わたしたちの視線が職員さんの方に集まると、職員さんはより申し訳なさそうに縮こまった。


「えっと・・・・・・これ、見て欲しいんですけど・・・・・・」


 今から叱られるのを自覚した子どものように、おずおずと手のひらの上に何かを乗せてわたしたちに見せる。

わたしたちはそれがなんなのかよく分からないけど、ただ一人サチのみが・・・・・・。


「あ・・・・・・!!」


 目を見開いて驚愕の声を上げた。


「それは・・・・・・魔導通信機じゃないですか!?」


 魔導通信機。

職員さんの量の手のひらに乗せられたそれは・・・・・・わたしたちが真理の庭と連絡をとるのに必要なそれは・・・・・・。


 忍者の小刀によって、打ち砕かれていた。

続きます。

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