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ギルド襲撃の乱

続きです。

「え・・・・・・?」


 突然飛び込んで来た騒音に、ギルド職員が頓狂な声を上げる。

そうして彼女の理解が追いつかないうちに、いきなり飛び込んで来た者のうちの幾人かが小さな刃を投擲した。

それはもとより投擲武器として設計されているようで、揺らぎのない直線の軌道で職員さんの顔に迫る。


「危ないっ・・・・・・!」


 他の誰よりも素早い反応で、ラヴィが職員に飛びかかるように受付に飛び込む。

矢尻のような形状をした刃はなんとか誰も傷つけることなく書類棚に突き刺さった。


 ひとまず職員さんの身はラヴィが守ってくれたので、わたしたちは受付に背を向けて襲撃者に身構える。

いきなり襲いかかってきた数人は、真っ黒な装束に身を包み顔も目元以外はすっかり隠していた。

個々人の見分け云々以前に、性別する分からない。

しかし、何者かはすぐに見当がついた。


「辻忍者・・・・・・!」


 わたしの声に、先陣を切って飛び込んで来た部隊の後ろ側から悠々と一回り歳を重ねているであろう忍者が歩出てきた。


「ほう、異邦人・・・・・・拙者らが何者か知っておったか・・・・・・。ふっ、くくっ・・・・・・なれば拙者らの残忍さも知っておろう。しかしのう・・・・・・時代は変わった。大人しゅうしとれば命だけは助かるかもしれぬな」

「あんたたち・・・・・・なんかよく分かんないけどロクでもない奴らなんでしょ! ここに何しに来たか知らないけど・・・・・・いきなりこんな風に武器を取り出すのは、ちょっと礼儀がなってないんじゃない? 悪いけど、あたしたちが居るからには・・・・・・好きにさせないよ!」


 啖呵をきるコムギにナエギがため息をつく。

これで完全にわたしたちとあの忍者たちの構図が決まってしまった。

ただ・・・・・・わたしは別にコムギを責めるつもりはない。

だって、わたしも・・・・・・こいつらを見逃してやるつもりはなかったから。


「あんたたちさ・・・・・・わたしもこうなっちゃうと手加減できないから、うっかり殺しちゃうかもよ?」


 人間相手に、剣を抜く。

どんなかすり傷でも致命傷。

必殺の・・・・・・“積毒”の剣を。


「くっくっくっ・・・・・・身の程知らずが・・・・・・。せいぜい楽に死ねると良いな、小娘・・・・・・」


 笑っているそのリーダーらしき男に、剣を携えて駆け寄る。

ラヴィも、一旦職員さんを落ち着けたのか受付から飛び出してきた。


 船の座礁で種を失ったナエギも剣を構えて敵集団に突っ込んでいく。

そして・・・・・・一番威勢よく啖呵をきっていたコムギは・・・・・・慌てて棒状のものを探し始めていた。


 さて、積毒といえども・・・・・・結局死なないようにはするつもりだ。

ある程度感覚は掴んできているから、無闇に殺してしまうこともないだろう。

ただ、どこまで気を遣い続けられるかは結局相手次第だから・・・・・・向こうも引き際を間違えないで欲しいものだ。


 というわけで、愚直にリーダーを叩きに行く。

しかし当然と言えば当然か、行く手を阻むように三人の忍者が割り込んできた。


 三人ともパッと見で分かる武器は小刀のみ。

しかしコードもあるから油断はできない。


「邪魔っ!」


 踏み込みと同時に、わたしも短剣を振り抜く。

その刃は流石に愚直すぎて小刀に弾かれてしまうが、それに構わずガラ空きになった腹に蹴りを入れた。

積毒がある分、こういう蹴りとかの方が安全でいいのだ。


「んぐっ・・・・・・!?」


 いつもとは衣服が違って動きづらいし、もともとクリーンヒットしないつもりで放った蹴り。

しかしそれは当然のように忍者の体の芯をとらえた。


 それに少し違和感を抱きつつも、うずくまるように倒れていったその肩を踏み台にして飛び上がり、同じく蹴りで残り二人の頭を横薙ぎにする。

するとやはり・・・・・・それは自分でも拍子抜けするくらい綺麗に決まってしまった。


「くっそ・・・・・・ガキのくせに・・・・・・」


 腹を蹴られた忍者が恨めしそうにわたしを睨んで見上げる。


「なんか・・・・・・もしかして、あんたらちょっと弱い・・・・・・?」


 わたしの煽りともとれる言葉に、腹を押さえ苦悶しながらも怒りの表情を浮かべる。

別に返答は求めていなかったので、頭を蹴って昏倒させた。


「・・・・・・」


 リーダーと思しき男性はこめかみを押さえてため息をつく。

どうやら彼らの弱さはリーダーさんも承知しているようだった。


 しかし人数だけはわんさか用意しているようで、次から次へとどこからともなくわんさか湧いてくる。

いずれもあんまり強くはないが、まるでほとんど無尽蔵のように思えるほどに人の群れが波のように押し寄せてきた。


「コーラル、うしろっ!」

「へぁっ・・・・・・!?」


 前から来る波の刃を受け止めていると、後ろから斬りかかられる。

連携もクソもないが、人数が多い故に偶然の産物として背後からの奇襲が出来上がっていた。

ラヴィのおかげで気づけたが、しかしもう間に合わな・・・・・・。


「ま、任せてください! 私だって・・・・・・!」

「ぅぐはっ・・・・・・!!」


 どこから引っ張り出してきたんだかサチが分厚い書籍の角でわたしの後ろに迫っていた人の頭を殴打する。

殴られた忍者は、倒れた後頭を押さえて背を丸めて悶絶した。


「よ、よしっ・・・・・・」


 それに手ごたえを感じたのか、サチは恐がりながらも半ば目をつぶるようにして分厚い本を振り回す。

がむしゃらすぎて流石にほぼ当たらないが、無惨にも最初の犠牲者になってしまった忍者のうめく声を全員が聞いてしまっているから十分牽制にはなった。

けんせい・・・・・・といえば、わたしたちのパーティが誇る剣聖は・・・・・・。


「棒状のもの、棒状のもの・・・・・・」


 未だ武器にできそうな道具を探していた。

探し途中にあちこちのものを散らかして、時々放ったものが誰かに命中しているから微妙に戦闘に貢献してはいる。


 未だ戦況を見守りながら、呆れたように首を横に振るリーダーが、部下の情けなさを見て声を荒げる。


「痛みを恐れるな! どうした! それがお主らの掲げる忍者の姿か! それが我らが“窮鼠”の姿か! 軟弱さは悪と知れ! 心を研ぎ澄まし刃としろ! 残忍であれ! そのような醜態を小娘相手に晒しているようでは猫の首を噛み切ることなど到底叶わぬぞ!」


 既に息も絶え絶えとなっている有象無象の忍者たちが、その言葉に呼応する。

奥歯が砕けそうなほど歯を食いしばって、目を剥く。

その様は先程までのなりそこない忍者とも、そしておそらく正しい忍者の姿とも違う。

ただ胸中の炎を燃え上がらせただけの、獣だった。


 地に伏せたものを踏みつけて、ラヴィやナエギにつけられた浅い傷から血を迸らせて、飢えた獣の群れとなってわたしたちに飛びかかった。


「ちょっともう・・・・・・大人しくしててよ!」


 先程までと同じで、彼らの技術は拙い。

忍者の装束が不釣り合いなほど、体術の一つも心得ていない。

しかしその執念を燃え上がらせ、自らを不屈と錯覚させ、何度も飛びかかってきた。


 いよいよわたしも気を遣ってやれなくなってきて、武器に対してだけでなくその肉体に対して刃を振るってしまう。

しかし積毒により命が凄まじい速度で削られていっているのに気づけないほどに、有象無象たちは興奮していた。


「こんのっ・・・・・・!」


 さすがに、たぶんそろそろ誰かがまずいはずだ。

忍者としてもまだ未完成な“なりきれていない者たち”なら、本来こんなことで命を落としてはならないはずだ。

しかし個々人の見分けがつかないため、いったい“誰”の積毒がまずいのか分からない。


「ああ、もうっ! しょうがないっ!!」


 あれからちょいちょいコードも成長を遂げているが、積毒として羽化してからはせいぜい効果時間が伸びるくらいで派手な変化はしていない。

任意で能力を解除、に関しても・・・・・・複数の対象の積毒を一括で解除、とかそういう便利な感じにはなってくれていなかった。

だから・・・・・・。


「うおおおおおおおおっ!! 解除解除解除解除解除解除解除解除解除解除! 解除解除解除解除解除解除解除解除解除解除解除っ!!」


 馬鹿みたいに手当たり次第解除していく。

その間も誰かを斬り続けているので即刻解除して、すっかり強くなってくれた今、昔の弱い積毒を疑似的に再現していた。


 わたしの・・・・・・なんなら奇行のように見えるそれに、ラヴィが苦笑いする。

しかし“殺害”を目的としない戦いでは悪ふざけなんかでなくこれが一番考えることが少なくて楽だった。


 そうして泥試合は続く。

リーダーの喝により高揚した忍者たちは、まだ止まることを知らない。

やっぱりリーダーを潰さないと・・・・・・。


「・・・・・・って、あれ・・・・・・?」


 今、事態の変化に気づく。

あのリーダーの男が・・・・・・いない。

他の忍者をさばきつつ、そんなはずはないと視線をあちこちに這わせる。

そして、わたしの瞳が背後・・・・・・つまりギルドの受付の方を向いた瞬間、やっとその姿を見つけた。


「ラヴィ、あれっ・・・・・・!」


 受付のカウンターを指差す。

そこには・・・・・・ギルド職員を拘束してこちらを見守るリーダーの男が居た。


「おっと・・・・・・ようやっと気づきおったか・・・・・・。拙者の任はもう達成した。あとは・・・・・・ふふっ、そやつらと遊んでおるがよい。お主もこれで分かったであろう・・・・・・忍者というのは、残忍なんだ。使えぬ駒など容易く見捨てられるほどにのう。そやつらは拙者の“言霊”に執念を支配されておる。忍者に憧れただけの有象無象よ、このまま死すればよい」

「あいつっ・・・・・・!」


 一回そのムカつく面をぶん殴ってやりたくて近づこうとするが、無数の忍者・・・・・・いや、捨て駒に阻まれて辿り着けない。

そして、そのリーダーはその場から歩き去るでもなく捕らえていた職員のみを残してスッと姿をくらました。


「くっそ、こいつら・・・・・・なんなんだよ! もうあいつ、あの偉そうなやつ消えたじゃねぇかよ! なのになんで・・・・・・止まらねぇんだ!!」


 ナエギが降りかかる刃を打ち払いながら悪態をつく。

積毒は解除したとはいえ、どれだけ急所を避けようが斬られ続ければ人は死ぬ。

このままでは、彼らは・・・・・・。


 何か・・・・・・なんでもいい、何かこの状況を動かす一手があれば・・・・・・。


 すると、その願いが神様かなんかに通じたのか、ギルドの外側から・・・・・・何か細長いものがすっ飛んでくる。

それは、真っ直ぐにわたし・・・・・・ではなくコムギの方へ向かっていき・・・・・・。


「棒状のっ・・・・・・ものっ!!」


 コムギはやっと見つけたとばかりに、それを掴み取った。


 コムギの手にしたそれは・・・・・・棒状のものどころか、それ自体が歴とした武器。

緩く湾曲した鞘に収まった、一振りの刀だった。


 剣聖には本来不要な、それ自体に殺傷能力のある刀剣。

しかし、それを握ったコムギ自身はその刀に何かを感じたのか、迷いなく刀身を鞘から抜き放つ。

そして・・・・・・。


「ええい、ままよっ! どうにでも・・・・・・なれっ!!」


 本当なら誰にも刃が届き得ない間合いで、その刀を横一線した。

刀身が空を斬る澄んだ音が響く。

コムギがゆっくりと、再びその刀を鞘に収めると・・・・・・その刀は何にも触れなかったはずなのに、まるで見えない操り糸を断ち切ったかのように暴れていた忍者たちの意識を失わせた。


「えっと・・・・・・?」

「いま、何が・・・・・・?」


 わたしとラヴィが状況を掴めずただ佇んでいると、ギルドに向かって慌ただしい足音が二人分迫って来ていた。

その姿を見せないうちに、やや幼なげな女性の声が先んじて響いてくる。


「ひ、ひえ〜・・・・・・わしの妖刀がぁ〜!!」


 そのいまいち緊張感のないふわっとした声に次いで、開きっぱなしになっているギルドの入り口に・・・・・・背の低い女の子が現れる。

その体格に見合わないほどの荷物を背負った・・・・・・目のぱっちりとした女の子だった。

続きます。

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