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蕎麦屋

続きです。

「あーっと・・・・・・旅のお客さん方、悪いけど・・・・・・店の外に出してる長椅子で食べてもらってもいいかい? その・・・・・・お嬢さん方に言うのもなんだが・・・・・・ちと匂うんでね・・・・・・」

「あ、はは・・・・・・ですよね・・・・・・。すみません・・・・・・」


 潮の香りを携えて入店した食べ物屋さん。

入るや否や、苦笑いを浮かべた中年の店主にそう告げられてしまった。

そのわけがもっともすぎるが故に、わたしたちは謝るしかない。

というかお店の外でなら食べていいというのはこの場合だいぶ寛容な対応だろう。


 店主に言われた通り、店先に出ている椅子に腰掛ける。

横並びの長椅子に、それぞれわたし、ラヴィ、サチの三人と、イースト兄妹の二人とで分かれて座った。


 それぞれの椅子のそばにはパラソルみたいな大きい傘が立ててあって、それが日よけになってる。

実際に食べる上で関わってくる店内との条件の違いは、言ってもテーブルの有無くらいだろう。


 さっきの店主さんに言われたのか、今度は若い女の人がわたしたちのところへやって来た。

その人はわたしたちを見ると、少し緊張した面持ちで話しかける。


「い、いらっしゃい・・・・・・旅のお方。うちは・・・・・・お出しできる料理は一種類だけで・・・・・・異国の皆さまのお口に合うか分かりませんが・・・・・・全員分お作りしてしまって構いませんね?」


 何をそんなにお店の人が緊張することがあるのだろうと思っていたが、どうやらその緊張は・・・・・・わたしたちが異邦人なことに由来するらしい。

海水臭くてあんまりキマらないけど、安心させるように微笑みかける。


「あ、大丈夫! 大丈夫! わたしたちなんでも食べるから! それに・・・・・・いい匂いを頼りにここまで来たんだから、絶対に美味しいって自信あるから!」


 わたしがそんなことを言ったところで、そう簡単に緊張は抜けないようだが、ぎこちなく笑い返してお店の中へ戻って行く。

と、そこで・・・・・・わたしも一つ、ここまで来てから心配ごとが浮かび上がってしまった。


 ラヴィ越しに、こそっとサチに語りかける。


「ね、ねぇ・・・・・・通貨って・・・・・・パシフィカの使えるの・・・・・・?」


 一応、パシフィカの貨幣はギルドが定着した地では共通のものなのだが・・・・・・ここニャパンにおいてはかなり微妙なところだ。

サチはわたしの言葉に、わたしと同じように小声で答える。


「一応・・・・・・真理の庭の手が入っている以上使えることにはなっているはずですが・・・・・・それがどの程度染み付いているかは・・・・・・ここ次第ですね・・・・・・。もしかしたら・・・・・・少し一悶着はあるかもしれません・・・・・・」

「うぅ・・・・・・だよねぇ・・・・・・」


 もしかしたらってこともあるから、正直現段階ではかなり怖い。

ラヴィは「まぁ大丈夫でしょ」って表情をしているけど、わたしの頭は“もしも”の場合を半ば無意識にシミュレーションして慌てていた。


 そうこうしているうちに、さっきの女の人が・・・・・・わたしたちのところに小さな盆に乗った器を持ってくる。


「お待たせしました・・・・・・。熱いので気をつけて・・・・・・」

「あ、ありがとう・・・・・・ございます・・・・・・」


 手渡された器を受け取る。

手のひらには器越しに確かな熱さが伝わって来ていた。

このタイミングで貨幣問題について一つ聞いておこうと考えていたのに、わたしが器を受け取ると、お店の人は他のみんなの分を取りにすぐまたお店の中へ戻ってしまった。


 そして、そういった小さな失敗や心配ごとは・・・・・・結局、目の前に現れた食べ物に勝つことができないのだ。


 並々と注がれた澄んだスープに、細い麺がなんだか上品な感じで揺蕩っている。

その麺の上には焦げ目のついた焼きネギが二切れと、そしておそらく・・・・・・鶏肉だろうか・・・・・・が四切れ並べられていた。


「お蕎麦・・・・・・ですね・・・・・・」


 サチが器を見つめるわたしを見て、その料理の名前を教えてくれる。

ところで、器と一緒に渡された・・・・・・おそらく食器であろうこの二本の棒切れはどうやって使うのだろう・・・・・・。


 美味しそうな香りがすぐ手元から立ち昇ってくるのに、どう手をつけたらいいかどぎまぎしていると・・・・・・今度はお店の人がラヴィに器を持ってくる。

しかし、ラヴィはそれを受け取る前に・・・・・・ポケットからわたしたちのよく知る貨幣を取り出してお店の人に見せた。


「一個確認しておきたいんだけど・・・・・・これって、その・・・・・・使えるかな・・・・・・?」


 お店の人はラヴィのその振る舞いに一瞬目を丸くするが、数瞬後何かを思い出したかのように「あっ」と小さく声を漏らした。


「えっと確か・・・・・・そう、ですね・・・・・・。大丈夫、使えます。ちょっと・・・・・・その、比率っていうか・・・・・・いくらになるかは調べてみないとですけど・・・・・・。なにしろ、滅多に外国の方なんて来ませんから・・・・・・」

「いや、こっちこそ手間をかけてすまないね。ありがとう」


 ラヴィはそう言って、盆の上の椀に手を伸ばす。

ひとまず・・・・・・わたしの心配ごとは杞憂に終わったみたいだ。

あとはこれがべらぼうな高級料理だったらどうしようというパターンも無いことはないが、お店の雰囲気というか・・・・・・他のお客さんたちの感じからしてもまぁ普通に庶民的な食べ物だろう。


 何はともあれ、だ。

目の前には食べ物がある。

そして・・・・・・この癖者の食器がある。


 食べたい。

しかし食べ方が分からない。

その葛藤の中、とりあえずは二本の棒切れを・・・・・・お椀に突っ込んで、麺を引っ掛けようと試みた。


 こういうのも、ある意味では異国での食事の醍醐味・・・・・・なのかもしれない。

続きます。

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