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猫の国、ニャパン

続きです。

 ヤマイヌは一度目を閉じると、静かに息を吐いて話し始めた。


「まず、一つ情報を確定させておこう。ここは猫の国・・・・・・ニャパン、だ。戦乱が終わり、猫組がこの島を統治してからこの名になった。まぁ拙者たち忍者からすれば・・・・・・ふっ、この名は唾棄すべきものだな・・・・・・」

「やっぱり・・・・・・ここ、猫の国なんだ・・・・・・」


 ヤマイヌの言葉にみんなと顔を見合わせる。

サチは「やっぱり・・・・・・」とため息を吐いた。


 まだまだ聞きたいことはあるので、話を先に進める。


「それで・・・・・・この場所のこの状況は何・・・・・・? 猫の国の戦乱は・・・・・・終わった、んだよね?」

「その認識で相違ない・・・・・・はずでござる。しかし、最近忍者たちが妙な動きを見せているのも確か・・・・・・。あれら死体も、拙者と里は違うが・・・・・・忍者たちのもので間違いない」

「ヤマイヌが・・・・・・やったの・・・・・・? 全員・・・・・・?」


 わたしの視線に、少し責めるようなニュアンスが混ざる。

ヤマイヌはその色をしっかりと拾い上げて、面倒そうにため息を吐いた。


「忍者とはそういうものでござる。例え同じ忍者であろうと、かつての仲間であろうと、意が違えば殺し合う。拙者らには殺し合う理由があった」

「理由って・・・・・・?」


 ヤマイヌは、わたしの言葉にどう答えたものかしばし考える。

というかは、“どこまで話せる”かを測っているようだった。

やがて、その思考を放棄したように話し出す。


「拙者は元々、忍者たちの秘術について探っておった。オニダルマを倒すためにはそれが必要だからな」

「秘術・・・・・・?」


 なんだか妙ちきりんな響きの言葉に何かをそそられたのか、ラヴィが多少前のめりになってヤマイヌに詳細を求める。


「秘術・・・・・・それは、各里に一種ずつ配備された・・・・・・生体兵器に関するものだ。拙者の里における“それ”は・・・・・・血花・桜龍。かつて猫組が鳥組とぶつかったとき、その戦を終わらせた我が里の最終兵器。その育成法は里長にしか伝えられておらず、関連する書物も拙者の里では既に燃やされ灰となっていた。その方法を探るために、拙者は数ある里を見つけては襲撃していた。あの者たちは、その時の仇討ちであろうが・・・・・・」

「それじゃ・・・・・・ヤマイヌが悪いんじゃん!!」

「はぁ・・・・・・お主には何度言っても分からぬかもしれぬが・・・・・・忍者とは、そういうものにござる」


 その言葉にむっとはするが・・・・・・あまりしつこく言いすぎるのも、それはそれでいいかげん物わかりが悪い。

そういった価値観の溝は、既にあの日に浮き彫りになっていたはずだ。

ただ、やっぱり・・・・・・ヤマイヌのこの価値観をそのままにしておくつもりはない・・・・・・と思いつつ、話を進める。


「それで・・・・・・忍者たちの妙な動きっていうのは・・・・・・?」

「ああ、それに関しては・・・・・・」


 ヤマイヌがそう言いかけたとき、ザッザッ・・・・・・と乱れたリズムの足音が近づいてくる。

見ると、腹部の傷を手で押さえながらこちらに近づいてくる一人の忍者がいた。


「・・・・・・一人仕留め損ねたか・・・・・・」


 ヤマイヌはその接近に再び短刀を構える。

しかしその刃の閃きを満身創痍の忍者は気にすることがない。

あるいはもう、それも見えていないのかもしれない。


 その忍者の男は、弱々しく震えた声でヤマイヌに・・・・・・憎しみと、それから憐れみを込めて語りかける。


「ヤマイヌ・・・・・・かつての英雄よ、何故・・・・・・何故拙者らの誘いを断った・・・・・・?」

「誘い・・・・・・?」


 その男の言葉を妙に思いながらも、ヤマイヌの反応を窺う。


「くだらぬ。拙者はもうかようなことに興味は無い」

「何故だ・・・・・・お主ほどのものが、この今の世を・・・・・・受け入れるというのか・・・・・・?」

「ふっ、世のあり方など・・・・・・そんなものは関係ござらぬ。拙者は拙者の心に従うのみ」


 男はヤマイヌの声に表情を歪め、とうとう力尽きたかのように砂浜に膝をつく。

男は弱々しく伸ばした腕で、ヤマイヌの服の裾を掴み握りしめる。

光が消えていく瞳でヤマイヌを見上げ、吐き捨てた。


「弱くなったな・・・・・・ヤマイヌ・・・・・・。お主の身一つでいったい何ができる・・・・・・? まぁよい・・・・・・何があろうと、いずれ我ら・・・・・・窮鼠は猫の首に食らいつく・・・・・・!!」


 一瞬ヤマイヌの裾を握る力が一際強くなる。

かと思えばそれは力を失い、ずるりと砂浜に崩れ落ちた。


「・・・・・・死んだか」


 ヤマイヌはそれを冷たい眼差しで見下ろす。

わたしたちもなんとも言えず、ただ黙っているしかできなかった。


「これが・・・・・・忍者たちの“妙な動き”。何かを・・・・・・ひょっとしたら再びこの世に戦をもたらそうとしているのかもしれぬ・・・・・・が、まあ無理であろう。所詮忍者は日陰に潜むもの・・・・・・大事を成し遂げることは叶わぬ。お主らが巻き込まれた海坊主・・・・・・あれを呼び起こしたのも彼ら。しかし結果はどうだ・・・・・・彼らはあれを御しきれず、拙者一人に壊滅させられる・・・・・・。彼らの大願が何であれ、それは成就せず・・・・・・そして拙者の欲するものも彼らは持っていない」


 ヤマイヌは未だ脚にもたれかかるようになっている死体から足を引く。


「もうよいか? 小娘・・・・・・」


 わたしはその問いに・・・・・・。


「全然。何もよくない。わたしたちこのままじゃ帰れないし、戦争なんて起きたら困る。それに・・・・・・せっかく平和になったんじゃん。だったら影の暗殺者なんかじゃなくて本当の英雄になればいいのにさ。そんな冷めた目しちゃって・・・・・・」

「・・・・・・だから、戦は起きぬと申しておるだろう。・・・・・・平和なぞというものもまやかしに過ぎぬ。武勲など、はなからそんなものは要らぬのだ」


 ヤマイヌの視線は海に向く。

しかしその瞳は・・・・・・きっと海の向こうの、ある一点に向いているのだろう。

ヤマイヌという一匹の狂犬が狙い澄ました一人の男、オニダルマ・・・・・・いや、プレコ・アルマというただ一点を。

続きます。

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