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交渉

続きです。

 ヤマイヌは人間の姿に戻り、こちらを一瞥だけして・・・・・・そしてこの場を離れようとした。

まさかわたしたちを忘れたとも思えないけど、でも・・・・・・実際のところわたしたちがあの辻忍者たちの印象に残っていたかもまた微妙なところだった。


 ともかく、今は・・・・・・。


「ちょっとあんた! 待ちなよ! わたしたちのこと・・・・・・覚えてる、よね? だったら、そう易々見逃さないこと、分かってるはずだよね?」

「・・・・・・。知らぬ。興味も無い」


 わたしの言葉に、ヤマイヌはそれだけ返して去ろうとする。

でも、わたしはそれでも語り続けた。

この男を見逃せないのもそうだが・・・・・・たぶん、この浜の惨状についてあの男は何か知っているはずだ。


「待ってよ! ねぇ・・・・・・ここで何があったの? ここで! 今! 何が起きてるの!?」

「・・・・・・」

「答えろよ、ヤマイヌ!!」


 わたしに名前を呼ばれたことで、ヤマイヌは足を止める。

そしてため息をつきながらこちらに振り向いた。


「分からぬか? お主らを見逃してやると言っておるのだぞ。拙者にかかれば身の程をわきまえぬ童を仕留めることなど造作もない。命が惜しくば、これ以上拙者に関わるな。・・・・・・拙者の里は滅びた。もう、拙者はオニダルマ以外に興味などないのだ」


 あくまでヤマイヌはわたしの言葉に真っ直ぐ答えない。

心底つまらなそうな眼差しでわたしたちを見て、そして再び背を向けた。


「ねぇ、あの人・・・・・・いや犬? 誰なの・・・・・・?」

「ヤマイヌ。まぁ、私たちとは・・・・・・微妙に因縁じみたものがある人だよ」


 わたしの背後で、コムギとラヴィが言葉を交わす。

コムギは分かったような分かっていないような感じでラヴィの言葉に相槌をついていた。


「ラヴィ、ちょっとわたし・・・・・・行ってくる・・・・・・」

「え、行くって・・・・・・後を追うの? それは流石に危険なんじゃ・・・・・・」

「大丈夫・・・・・・とは言い切れないけど、でも・・・・・・大丈夫。この際意地でもあいつに何もかも喋らせてやる!」


 さっきの舐められた感じのやり取りが不服だった・・・・・・のもあるが、それ以上に・・・・・・今ならヤマイヌとちゃんと話せる気がした。


 ラヴィは心配半分とわたしへの信頼半分で、なんとも言えない表情を浮かべている。

しかし結局、止めようとはしなかった。


 わたしはその判断を受けて、ヤマイヌの背に追い縋る。

ヤマイヌはゆったり歩いていたから、すぐに追いつけた。

そしてその肩に手を伸ば・・・・・・。


「言ったであろう? 拙者に関わるなと」


 手を伸ばそうとしたとき、一瞬で身を翻しわたしの首元に短刀の切先を突きつけた。

しかし、すぐにヤマイヌも表情を変える。


「・・・・・・。そうか・・・・・・」

「わたしは、もうあの時のわたしじゃないの。あんたより若い分成長も早いってこと」


 ヤマイヌが振り返るのと同時に、わたしも・・・・・・その腹部に短剣を突きつけていたのだ。

もちろん、その刃を肉体に触れさせることはしない。

寸止めってやつだ。

わたしの場合、擦り傷でもつければそれで致命傷だからね。


 わたしたちの傍から見れば一瞬即発の雰囲気に慌ててみんながこちらに駆け寄ってくる。


「こ、コーラル! 大丈夫!?」


 やはり一番最初に声をかけてくるのはラヴィだった。

わたしはヤマイヌに目配せをして、お互いに突きつけた刃を下げる。

そしてラヴィに向かって親指を立てた。


「大丈夫! 見ての通り、傷一つ無いよ!」


 みんなが集まって来たのを見て、ヤマイヌがため息を吐く。


「どうやら・・・・・・拙者は捕まってしまったようだな・・・・・・」


 本当はすぐにでも逃げ出せるだろうに、そう呟く。

どうやら、さっきのである意味では・・・・・・わたしのことを認めてくれたみたいだった。

これもある種の交渉なのかもしれない。


 わたしを含めたみんなの視線がヤマイヌに集中する。

わたしはヤマイヌの冷たい眼差しを見上げて、口を開いた。


「それじゃあ・・・・・・色々教えてもらうよ。わたしたちもね、海坊主のせいでここまで流されちゃって・・・・・・まだ全然何も分かってないんだ。あんた・・・・・・どうせなんか知ってるでしょ? 今度はいったい、何をしようとしてるの?」

「ふっ、ある意味では拙者は先程“敗れた”のでな、敗者として勝者の願いに答えよう・・・・・・。しかし、拙者は忍者故・・・・・・全てを真と思わぬことだ・・・・・・」


 意外にも義理堅く、ヤマイヌはわたしの言葉に応じる。

何がどうしてこうなったのかよく分かっていないみんなは、ラヴィさえもがポカンとしていた。


 太陽が完全に水平線から浮かび上がり、海風が浜辺に生えた針葉樹の枝を揺らす。

ヤマイヌの瞳は、あの時・・・・・・わたしたちを襲撃した日と変わらず、過去を映しているようだった。

続きます。

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