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破海

続きです。

 わたしの攻撃を食らうとすぐに、海中から気泡が湧き上がってくる。

海坊主は低い唸り声を空に響かせながら皮膚を複雑怪奇に蠢かせた。


「気づいたね、毒に・・・・・・!」


 あんなナリで意外と頭がいいのか、それか感知能力が高いのか、積毒の層数がまだ軽いうちにその異変に気づいたようだ。

そしてそこからは・・・・・・。


「っく、まぁ・・・・・・こうなるよね・・・・・・」


 先ほどまでの最小限の動きで最大限の効果をもたらすような落ち着いた攻撃でなく、理性的でない・・・・・・死を目前にしてようやく剥き出しになった本能から繰り出される荒々しい攻撃。


 まるで波が壁のようになって反り立ち、それが幾重にも重なって船に遅いくる。

海中から噴き出してくる気泡は辺り一面に広がり、昇り始めた朝日の照らす海面を真っ白に染め上げていた。


「ちょっと! これさすがにマズいんじゃない!?」


 船にかぶさる波の巨大な影を見上げてコムギが叫ぶ。

しかしそのすぐ後に表情を切り替えて、降り注いでくる質量の塊となった海水を一太刀で両断した。


「ナイス! コムギ!!」


 そのおかげで海水の直撃は免れるが、しかし波というのは何度も押し寄せてくるもので・・・・・・。


「ちょ、ちょっと・・・・・・今度は流石に無理だって・・・・・・」


 コムギが引き攣った表情で首を横に振る。

その瞬間、重い衝撃と音、それから冷たさが降って来た。


 一瞬状況が何も分からなくなる。

しかし、耳元で弾ける泡の音に目を開けると既に海中に投げ出されていることに気づいた。

それどころか、既に逆さまになって流れに飲まれている船を視界の端に捉える。


 別に泳げないわけじゃないのだから、なんとか海面へ・・・・・・。


「・・・・・・っ」


 そう思って手足をバタつかせるが、すぐに激しい水流にさらわれてしまう。

みんなの様子も心配だし、たぶんナエギとコムギは泳いだことが無いんじゃないだろうか?


 遅まきながら、海戦は無謀だったのかもしれないと思い始める。

だけど、海坊主にはもう積毒が入っている。

それなら、この海流もずっとは続かないはず。

ならば最低限の体力消費で深みに引き込まれないようにするのが最善だろう。


 激流に揉まれながら、それでも上を目指し続ける。

上を・・・・・・。

う・・・・・・え・・・・・・。


「・・・・・・」


 上って、どっちだ・・・・・・?


 自分が今どのくらいの深さにいるかも分からなければ、そもそも上が分からない。

大量の泡に視界を塞がれ、恐らく近くにいるはずであろう海坊主の姿すら見えないのだ。

何もなければ上に昇っていくだけであろう泡も、海流のせいでめちゃくちゃになっている。


 なんとかしなくちゃ・・・・・・そう思っているうちに、どんどん苦しくなってくる。

普段ならもう少し息を止めていられるはずだけど、やっぱりちょっともがきすぎたみたいだ。


 苦しさを自覚してからは、すぐに我慢ができなくなって溜め込んでいた空気を吐いてしまう。

波はまだ、収まる気配すらなかった。


 最後の悪あがきに手を伸ばす。

何かに触れろ。

何かに掴まれ、と願いながら。


 そうして伸ばしたわたしの右手は、突然泡を突き破って伸びてきた腕に触れる。

その誰かの腕は、わたしの指が触れた瞬間、わたしの手首を力強く掴み勢いよく引っ張った。


 ぼっ、と激流の層を体が抜ける音を聞く。

そうして誰か・・・・・・ラヴィの腕に引っ張り上げられることで、わたしの頭はやっと海面から突き出した。


「ら、らゔぃ・・・・・・ありがと・・・・・・。みんな、は・・・・・・?」

「コムギとナエギは大丈夫だ。でもサチが・・・・・・船の中に居たのが逆に・・・・・・」

「ふ、船は・・・・・・どこ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・分からない」


 酸素の足りていないぼやけた頭で、空を見上げる。

そこには依然その目を煌々と輝かせている海坊主が居た。


 その瞬間、海坊主のその丸い頭に・・・・・・白い何かが降り立つのを見る。

よくは見えないが、あれは・・・・・・どこかで・・・・・・。


「待って・・・・・・ラヴィ、あれ・・・・・・って!?」

「ああ、あれは・・・・・・」


 白い体毛の、四足の獣・・・・・・。

それが、海坊主の頭頂部を食い破る。

その瞬間、海坊主の内側から何かが膨張するように・・・・・・爆ぜた。


「わ・・・・・・」


 爆発に伴って全ての水流をかき消す勢いで、爆心地から波が再び押し寄せる。

それはわたしの声すら飲み込んで、ラヴィ共々吹き飛ばしていった。

続きます。

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