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荒波の中で

続きです。

 少し離れていても十分巨大に見えたそれは、接近に伴ってさらにその威圧感を増していった。

海はさらに荒れ、もはや波というよりは渦のようですらある。

わたしたちを見下ろす両目には相変わらず意思が感じられず、ただ海を漂うばかりだった。


「えっと・・・・・・何か棒状の・・・・・・」


 コムギはそう言いながら、船に備え付けてあった清掃用具を拾い上げ、それを剣とした。

ラヴィもいつもの長剣を構え、船の縁に掴まって海坊主が見上げる。

わたしもそれに倣って、ちょっとあの巨体相手には心許ない短剣を構えた。


「海流が激しすぎて直線では接触できないので、周囲を回りながら距離を詰めていきます! みなさんはそのタイミングで攻撃を!」


 制御盤の部屋からサチが叫ぶ。

その言葉の通りの動きで、船は海坊主ににじり寄って行った。


 そして訪れる・・・・・・。

接触。


 最初に仕掛けたのはナエギだった。

わたしたちと冒険者を始めることになってから再び手にした剣を持って、先陣をきる。

そうして、確かな鍛錬の積み重ねが見てとれる身のこなしで海坊主の背を斬りつけた。

その瞬間・・・・・・。


「・・・・・・」


 とても生物から発せられるものとは思えない、地響きのような低い唸り声と共に海坊主はこちらに振り向いた。

斬られてなお、その瞳にはなんの感情も宿っていない。


 一瞬その殺気の無さに油断しかけるが、ラヴィの言葉に再び緊張感を取り戻す。


「気をつけろ! 何か来るぞ!」


 ラヴィもラヴィでこんな怪物と戦うのは初めてだから、何が来るかは分からない。

しかしわたしたちを「敵」とみなした海坊主は・・・・・・。


「ぬわっ!?」


 海中で何かしたようで、船体を激しく揺らした。

まるで巨岩がぶつかったかのようなおもい衝撃。

危うく海に放り出されてしまうところだった。


 続く激しい揺れの中、ラヴィとコムギはそれでも海坊主に駆けていく。

そうしてほとんど同じタイミングで、その刃を海坊主の体に深々と突き刺した。

その傷口からまるでヘドロのような体色と同じく真っ黒な血液を噴き出す。

それでもやはりその大きさ故か、全く堪えている様子がない。


 海坊主の体表の筋肉が蠢き、波打つ。

それだけの動作で波を跳ね上げさせ、さらにラヴィとコムギを甲板に叩きつけて見せた。

海坊主の体からも、二人の手からも離れた武器は船の上を滑っていく。


 やっぱり、倒す・・・・・・となると、わたしじゃないとダメそうだ。


「悪いけど・・・・・・」


 姿勢を低くして、タイミングを窺う。

揺れと揺れの間隙を、体に伝わる振動から探る。

そして・・・・・・。


「・・・・・・倒させてもらうよ!」


 一気に駆け抜け、甲板から飛び上がった。

そうして、揺れる船を置き去りにして海坊主に迫る。

そのぬらぬらとした体に、推進力でもってして短剣を突き刺した。


 もちろん、この刺突自体は擦り傷未満にすぎないだろう。

だがわたしの刃は、毒針だ。

その命を奪うまで激しくなり続ける、積毒なのだ。


 海坊主はまた表皮をうねらせて、ご丁寧に船の上までわたしを吹っ飛ばしてくれる。

既にぐしょぐしょだった服がさらに濡れるが、もうここまできたらどちらにせよ同じことだ。


「積毒、入りました!」


 わたしの落下と同時に、サチが・・・・・・わたし自身には分かりきっている事実を告げる。


 体を起こしながら、再び海坊主の方を見上げる。

あとは、耐え抜くだけだ。

続きます。

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