旅路
続きです。
翌日、さっそくわたしたちはサチが・・・・・・正確に言えば真理の庭が手配してくれた馬車に乗って、ある場所に向かっていた。
目的地はそう遠くはない、パシフィカとはまた別の街だ。
遠くはないと言っても、パシフィカに根を下ろして以来では一番の遠出となる。
また、今馬車で向かっている街も中継地点に過ぎない。
高くなってきた気温に、うっすらと汗をかきながら、流れていく景色を眺める。
既にもう見知らぬ土地に踏み入っており、特に冒険者になりたてのナエギとコムギは興味津々だった。
「えっとですね・・・・・・今私たちは、パシフィカから最寄りの港町に向かっています。本当は陸路の方が近いのですが、現在そのルートはプラヌラ異常により危険ですので、海路で迂回する形になります」
「ほへ〜・・・・・・なんか大変そだね」
サチの説明を聞きながら、そのプラヌラ異常というのに思いを馳せる。
わたしたちが変異体と戦うハメになったあの事件も、プラヌラ異常によるものだ。
わたしたち人間に不都合があるから異常なんて呼ばれているが、プラヌラの活性が低くなったり高くなったりするのはごく自然な現象。
そうして異常値に高まったプラヌラ活性が生み出すのが、変異体。
まぁほんとはそれ以外の条件でも生まれるから、あくまで一例としてだ。
プラヌラはプラヌラの反応に触発されて活性を高めるから、プラヌラ異常が起きた地域はそうした変異体や魔物を制圧することによって鎮めることができる。
だからきっと、今ごろその道では厳しい戦いが繰り広げられているのだろう。
そんなことは他人事に、わたしたちは馬車に揺られて心地良い風を浴びている。
普通のことなんだけど、こうして話を聞くとなんだかちょっと申し訳ない感じだ。
「ふふ、大丈夫ですよ。真理の庭が抱える最高戦力が投入されてるらしいですから。まぁわたしたちの移動には間に合いませんが、そのうちすぐに鎮静化しますよ」
「最高戦力・・・・・・そりゃまた随分・・・・・・」
わたしたちのときは間に合わなかったが、真理の庭が保有する戦力はもうレベルが違うという。
ただ、精鋭揃いなのに・・・・・・いやそれ故か、フットワークは重い。
滅多なことでは動かされないという。
そんな人たちが動かされているのだから、思ったより異常の規模は大きそうだ。
「いったい何人くらいなんだろ・・・・・・」
パシフィカでは変異体の出現なんて、ごく稀に訪れる災害のようなものだけど、きっと現場では変異体の数も二、三では済まないだろう。
そもそもそれくらいの規模になって初めてプラヌラ異常と銘打たれるのだから。
わたしたちが鎮めたあれも起きていることは同じなのだけど、世間ではあれをプラヌラ異常としては扱わないはずだ。
「それがですね・・・・・・現地に赴いてるのは一人だけなんですよ」
「ふぅん、一人かぁ・・・・・・まぁそれくらいなら・・・・・・」
言いかけて、遅れて引っかかる。
頭の中では数百人の屈強な戦士たちが雄叫びを上げていたのに・・・・・・。
「一人!? 今一人って言った!?」
「はい、一人です」
「え、それ・・・・・・本当に大丈夫なの・・・・・・?」
サチはなんでもないことのように語るが、どうしたってそれをそのまま飲み込めない。
実際に変異体と戦っているから分かる、あれが何体も居るようなところでたったの1人で戦うなどと言うことは・・・・・・自殺となんら変わりない。
しかしサチは穏やかな表情を崩さない。
「それが、大丈夫なんですよ! 真理の庭が誇る最強の剣・・・・・・人呼んで勇者! ハロスさんですから! ちょっと前までパシフィカに居たそうで、それでついでに制圧に向かったってことらしいですよ。真理の庭についたらその人間離れした記録の数々について見せてあげ・・・・・・あれ、どうしました?」
「えっと・・・・・・サチ、今なんて・・・・・・」
「人間離れした記録の数々を・・・・・・」
「その前・・・・・・!」
「えと・・・・・・真理の庭最強の剣、勇者ハロス・・・・・・」
ハロス。
ハロスハロスハロス。
聞き覚えがありすぎるその名前を反芻する。
自分自身の記憶を疑って、急いで確認を取るようにラヴィの方を向くと「たぶんね」とごくシンプルな答えが返って来た。
「えぇ・・・・・・そんなすごい人だったの・・・・・・」
いや、全然・・・・・・全然コムギたちと会えたからいいんだけど、逃した魚が流石に大きすぎる。
というかなんであんなへなちょこ面接にそんな人が来たんだよ、本当に。
「あ、コーラルさんたち・・・・・・もしかして会いました・・・・・・?」
「たぶん・・・・・・」
もしかしたら名を騙っただけかもしれないけど、それにしてはあの人の纏っていた雰囲気は本物だった。
ナエギとコムギはなんのことか分からずに首を傾げているが、それに気を遣う余裕も無い。
何より、その・・・・・・そんなすごい人だったと知った上であの面接を振り返ると、すごく恥ずかしかった。
漏らしたのもそうだけど、もっとそれ以前のところで。
おままごとしかしたことないのにプロの料理人を上から測ってたってことじゃん。
「え、えと・・・・・・何があったかは分かんないですけど、ハロスさん優しい方ですから・・・・・・きっと大丈夫ですよ」
サチが笑いながらフォローする。
確かにその通り大丈夫なんだろうけど、ちょっとわたしがだいぶ大丈夫じゃなかった。
※ ※ ※
プラヌラの異常活性によって魑魅魍魎の跋扈する草原。
普段ならなんの障害物もないそこには、地面を突き破るようにして奇妙な植物が天に伸びていた。
景色は蜃気楼のように歪み、大気には邪悪な何かが満ち溢れているかのように薄い紫色を帯びる。
その紫が日光を遮って、真昼にも関わらず辺り一面を暗くしていた。
その異常空間の入り口に立った男には、当然その果てなど知れない。
それでも男・・・・・・ハロスは余裕のある笑みを崩さなかった。
「さぁ、僕からあまり離れないように。そうでなきゃあ君を守り切れるか分からない」
ハロスはそう・・・・・・“隣に居るもう1人の男”に語りかける。
衣服の隙間から所々包帯の覗けるその男は、ハロスの言葉にため息をついた。
「いったい・・・・・・俺をどうするつもりなんだ、お前は・・・・・・」
「どうする・・・・・・って、僕は君を真理の庭まで送り届けるだけだよ。その後は・・・・・・君の自由にするといい。それとも・・・・・・君にはまだ僕が必要かい?」
「・・・・・・」
包帯の男・・・・・・ドラディラはハロスの問いかけに舌打ちする。
「なぁ、なんでだ? なんで俺を殺さなかった?」
「またその話かい? 何度も言っただろう、殺す必要なんか無いからさ。それに・・・・・・君は死にたそうにしていたから、だったらそう望み通りにはしてやらないさ。そうだろう、指名手配犯?」
「・・・・・・何を企んでやがる? 何が目的だ?」
ドラディラは疑い深く、ハロスの真意を引き出そうとする。
だが実際のところ、ハロスはドラディラの期待するような答えを持ち合わせていなかった。
ハロスは本当にその言葉通り、最初からドラディラを殺すつもりなどなかったのだ。
ただそうした欺瞞や計略を武器に生きてきたドラディラにはどうしてもそれが信じられなかった。
ハロスは光を凝集させ、剣を形作る。
そうして、ふっ・・・・・・と息を吐いてプラヌラに染まった空を見上げた。
「なぁ、君は・・・・・・運命を信じるかい?」
「は? 何を急に・・・・・・そんな、意味のないこと・・・・・・」
ドラディラは、ハロスの言葉に俯く。
運命に翻弄され運命を憎んできたドラディラ・・・・・・。
運命という言葉を聞くだけで、その表情は苛立たしそうに歪んだ。
ただ「信じていない」とそれだけの言葉を吐くこともできないでいた。
「ふっ、済まないね。なにしろ真理の庭に拾われた身だから・・・・・・こういう無意味な問答が好きなんだ。僕はね・・・・・・運命っていうものは、存在すると思う。それは奇妙な巡り合わせだったり、抗い難い結末だったり・・・・・・君ならよく分かると思うんだけど・・・・・・」
「・・・・・・」
「運命は・・・・・・確かに君にとっては無情で不公平だ。これから君に待っているのは、今まで通りの最悪な結末かもしれない」
ドラディラはハロスから視線を逸らす。
ハロスという青年が、ドラディラはどうしても気に入らなかった。
「お前に俺の何が分かる。お前は俺とは違うだろ。“勇者”様」
「そうだね、僕と君は・・・・・・確かに違う。けれど、同じだ。僕も君も・・・・・・まだ旅の途中。君の運命は・・・・・・まだ君の旅路を終わらせなかったんだ」
「それがなんだよ・・・・・・」
吐き捨てるように、ドラディラが言う。
ハロスによって繋ぎ止められた命。
その使い方を、ドラディラはまだ見つけられていない。
「運命は決まっているかもしれない。結末は変えられないかもしれない。けれども、僕たちの旅路はまだ続いている。悪趣味な神様が・・・・・・僕たちにまだ足掻いて見せろって嘲笑ってるのかもしれない。けど・・・・・・そんな僕らの手の届かない誰かの掌の上で無力なサイコロみたいに転がっているだけだとしても、何も変えられないとしても・・・・・・運命は一つでも、それに対する答えは一つじゃないんだ。その先には死しかないと知りながら、全ての人は生き続けるだろう?」
ハロスは自分で言いながら首を傾げ、むず痒そうに笑い頬を掻く。
「つまり、その・・・・・・何が言いたいかっていうと・・・・・・」
「君はまだ生きているべきなんだよ、ドラディラ。君が今とは違う答えを出せることを・・・・・・僕は願ってる」
続きます。




