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泉の秘密

続きです。

 少し前・・・・・・。


「コーラル・・・・・・あの泉にまつわる・・・・・・言い伝え?でいいのかな・・・・・・知ってる?」

「え・・・・・・あの、なんか・・・・・・ある、のは・・・・・・知ってる。何、それが役立つの・・・・・・?」

「・・・・・・かは、やってみてのお楽しみだけどね・・・・・・」


 ある種の賭け、あの森に踏み入らずに手を貸せる方法が一つ・・・・・・あるらしいのだ。

わたしたちは、その目的を果たすために・・・・・・慈光の泉からは離れていた。


 目的地へ向かっている間、ラヴィは話す。


「慈光の泉。それには聖なる力が宿っていて、魔を退ける。これに関しては・・・・・・ただの迷信、というより・・・・・・恣意的な解釈、かな? ともかく、その実態はどうなんだってことで・・・・・・実は一度真理の庭の手が入ってるんだ」

「ラ、ラヴィって・・・・・・なんかそういう、やたら変な知識持ってるけど・・・・・・そういうのどこで調べてくるの・・・・・・?」

「ギルドに収蔵されてる書籍に書いてあるよ」


 現在、泉の森を回り込むような形でその向こう側へ走っている。

ラヴィの足運びに迷いは無く、わたしは何も分からないのでその後を追うばかりだ。

ともかく、コムギをどうにかできる可能性があるなら・・・・・・ということで、それを信じてみるしかない。


 ラヴィは続ける。


「それでね・・・・・・その迷信は、あながち間違いでもないことがもう分かっているんだ。厳密にいうなら・・・・・・あれは、泉とは似て非なるもの。そもそも・・・・・・あそこの湧水は“水じゃない”んだ」

「ど、どういうこと・・・・・・???」

「真理の庭の検証によれば、あれは何らかの生物の“体液”。液体内部ではプラヌラが特異でありながら規則的な反応を起こしていて、その反応の副次的な効果として魔物の身体機能を低下させる。それを嫌って魔物が近づかないんだ。こういった“泉”はパシフィカの慈光の泉だけじゃなく、世界各地に点在しているらしい」

「そ、それは・・・・・・分かった、けど・・・・・・結局、それがコムギとどう関係あるの? っていうか、わたしたち・・・・・・いったいどこに向かってるの!?」


 本当はラヴィの言っていることを半分も分かっていないが、とりあえず目下どうするつもりなのかを確認することを優先する。

ラヴィは元々これからそれについて話すつもりだったみたいで、こちらを振り返ることもなく走りながら説明を続けた。


「重要なのはここから。泉の状態はその特異な反応の上で安定しているんだけど・・・・・・この状態は、実は不活性状態に過ぎない。というか、泉は・・・・・・既にこの世に存在しない生物の血液が奇跡的に安定的な状態を保っているにすぎない。だから泉はそこにありつつも、もう死んでいるんだ」

「?????????」

「・・・・・・ま、まぁ! 今は分かんなくてもいい! とにかく! 今重要なのは、それを一時的に、ほんの一瞬だけ蘇らせる手段があるってこと!」

「それって・・・・・・でも、結局泉に行かなきゃできないんじゃ・・・・・・」


 分からないことは多いが、たぶんその感じだと泉・・・・・・というか、その謎の多い液体に何らかの干渉をしないといけないはずだ。

そして今わたしたちに課せられている縛りは「慈光の泉に近づいてはならない」というものだ。

もし近づこうものなら、その時点でナエギの死が確定する。


 ラヴィは走っている振動のせいで、まるで叫ぶような声で言う。


「重要ポイントその二! 真理の庭が調査した結果、この泉は別のところと繋がっていることが明らかになっているっ! それがっ・・・・・・!!」

「それがっ・・・・・・!?」


 ラヴィが急停止する。

わたしは止まりきれずその背中にぶつかってしまった。


「・・・・・・それが、ここだ」


 ラヴィはよろめきながらもわたしの体重を支えて言う。

目立つようなものは特にないけど・・・・・・強いて言うなら・・・・・・。


「穴・・・・・・だね」

「穴、だよ・・・・・・」


 ちょっと土が盛り上がったところに、握り拳が入るか入らないかくらいの・・・・・・まるで何かの巣穴みたいな穴が空いている。

中を覗くが、暗闇が見えるばかりで液体の気配は正直感じられない。


「えっと・・・・・・え、何かの・・・・・・冗談?」

「こんなときに冗談なんか言わないよ。正真正銘、慈光の泉と繋がった穴だよ・・・・・・たぶん・・・・・・」


 ラヴィも実物を見たのは初めてだったのか、流石にちょっと自信なさげな表情を浮かべる。


「う、でも・・・・・・結構近い位置まで液体は通ってるらしいし・・・・・・これなら届くと思うよ」

「え、届く・・・・・・って・・・・・・?」

「・・・・・・えっとだね・・・・・・。泉を活性化させる方法を話してなかったね。その方法って、実はすごく簡単で・・・・・・外部から一定濃度以上のプラヌラを加えるだけで、それを起点に泉が起きるんだ」

「は、はぁ・・・・・・」


 つまり・・・・・・結局、何をどうしたらいいのだろうか。

コードによってわたしたちはプラヌラを無意識のうちに制御しているとはいえ、意識的にプラヌラを扱っているわけじゃない。

つまり、こう・・・・・・プラヌラを送り込むったってどうしたらいいのか分からないのだ。


「コーラル、何もプラヌラっていうのはそう珍しい物質じゃない。どんなものにだって微量宿っているし、それは私たちの“人体”においても例外じゃない。例えば・・・・・・血、とかね。ギルドのコード観測紙も、血液に含まれるプラヌラを使ってその機能を発揮しているからね」

「血・・・・・・」


 自分の手のひらを見つめる。

わたしの体に通う赤い血潮。

それを・・・・・・穴と見比べる。

さて・・・・・・この穴のどこまで通っているかも分からない液体、それにわたしの血を届かせるためにはどれほどの傷を作る必要があるのだろう。


 しかし、ラヴィは見つめていた手のひらを傍から下ろさせる。


「えっと・・・・・・?」


 何かと思ってラヴィの方を向くと、ラヴィは下ろさせたわたしの手を撫でて首を横に振った。


「コーラル、なにも血だけがプラヌラを含んでいるわけじゃないよ。血以外で・・・・・・もっと現実的な方法がある。これを私に思い付かせてくれたのは・・・・・・実はコーラルなんだよ?」

「わ、わたしが・・・・・・? それで・・・・・・その方法、って・・・・・・?」


 ラヴィが、まるで勇気でも分け与えるみたいにわたしの肩をポンと叩く。

そしてその澄んだ色の瞳で、わたしの目を真っ直ぐに覗き込んだ。


「コーラル・・・・・・今こそ、おもらしの伏線を回収するときだよ」

「え・・・・・・?」

「おしっこにも、当然プラヌラは・・・・・・あるんだよ」

「え・・・・・・?」

「コーラル、出るよね? ちなみに私は今は出そうにない」

「え・・・・・・?」


 は?

は・・・・・・???


 え、つまり・・・・・・ここで、その・・・・・・するってこと・・・・・・?


 頭が真っ白になって、何度も穴とラヴィの瞳の間で視線を往復させる。


「えっと・・・・・・何かの冗談?」

「滅相もない」


 確かに、それは血なんかより簡単にたくさん出せるだろうけども。

別に我慢してたわけではなくとも、普通に出そうと思えば出るけども・・・・・・。


「本気・・・・・・?」

「オフコース」

「勝算は?」

「・・・・・・半々、かな・・・・・・」


 逡巡。

後・・・・・・少し受け入れ始める。

この辺わざわざ通る人もいないし、コムギの助けになる・・・・・・かもしれないなら、払わなければならないコストはあまりにも少ない。


「・・・・・・・・・・・・分かった・・・・・・」


 躊躇いが無いわけじゃないけど、思い切って下着を下ろし・・・・・・お尻を外気に晒す。

胸中には「何やってるんだろう」という気持ちが凄まじい勢いで湧き上がった。


「あんま見ないでよね・・・・・・」


 ジト目でラヴィに釘を指しながら、穴に跨って屈んだ。

冒険者たるもの、野外で済ませることも少なくないが・・・・・・それは通常背後から熱い視線を注がれて行うものではない。

あんま見ないでって言ったのに・・・・・・ていうかなんかラヴィの気配がにじり寄って来てる気さえする。


「コーラル・・・・・・できるだけ泉に届かせたいから、あんまり土に当てないように! 穴の中央を通す感じで・・・・・・!」

「わ、分かってる! ちょっと、集中できないから静かにしてて!!」


 位置を調整して、力を緩める。

ラヴィの気配が背後にあるから、なかなか降りてこない。

それでも目を閉じて、本当なら人として外しちゃいけない枷を外して、今だけは獣になる。

あくまでイメージだけど。


「・・・・・・ふ」


 小さな息が漏れる。

それと同時に、暖かい液体が降りて来て・・・・・・体外に放出された。

コントロールは大きく逸れて穴の上を通り過ぎる。

それを出しながら合わせて、闇の中に注いだ。


 じわじわと恥ずかしさに飲まれながら、無心に続ける。

すると・・・・・・。


「・・・・・・!?」


 穴の中から、水音が響いた。

どうやら本当に・・・・・・ちゃんと近くまで泉の液体は通っていたようだ。


 その音を聞いたラヴィがガッツポーズしながら叫ぶ。


「これでまず最初の賭けはクリアだ! ちゃんと届いた!!」

「ちょっとラヴィ! 音聞かないで!」


 何やってるんだ・・・・・・?

この行為に二人の命がかかってるのなんなんだよ。


 心の中で愚痴るようにそう繰り返していると、予想より長く続いた排尿が終わる。

穴の周りには飛び散ったものが土に染みていた。


「えっと・・・・・・で、これで・・・・・・どうすんの?」

「あとは・・・・・・こっからは、二つ目の賭け。泉は何らかの意識みたいなものを持っている・・・・・・とされている。だから一時的に蘇った泉が・・・・・・私たちの意思を汲んでくれるか。そして・・・・・・泉に善悪を判断する能力があるか、その基準が私たちの利害に一致するか。そういう賭けになってくる」

「・・・・・・・・・・・・あのさ、なんかやけにオカルトっぽいっていうか・・・・・・それ、ほんとに真理の庭が言ってるの?」

「本当だよ」

「そっか・・・・・・それならまぁ、いっか・・・・・・」


 思いは託した。

だから後は・・・・・・お願いしますよ、泉くん・・・・・・。


※ ※ ※


 噴き上がった血液が、重力に従ってあたしの頬に落ちる。

もうダメだと思ったあの時、あの瞬間・・・・・・その奇妙な現象は起こった。


「な・・・・・・に・・・・・・?」


 突如、泉が・・・・・・そこに満ちていた清浄な水が・・・・・・まるで意思を持ったかのように動き、針のように細い一筋を伸ばし・・・・・・ドラディラの腕を貫いたのだ。


 それはあまりにも奇妙で不可解。

そしてあまりにも一瞬すぎて、その瞬間を目撃した直後なのにそれが現実だったのかすら疑わしい。


 ただ、それが招いた結果は明らかに現実で・・・・・・水に腕を貫かれたドラディラは、両手から血を流し、そして左手の指は不自然に開いたまま硬直し剣を握れなくなっていた。


「クソッ! 仲間かッ・・・・・・!? いや、違う・・・・・・俺たち以外に気配なんかっ、どこにもっ・・・・・・何故!! なんでなんだよっ!!」


 せっかく開かれた攻撃の機会を謎の現象に封じられて、ドラディラは血走った眼差しで悪態をつく。

その光景を、あたしとお兄ちゃんも、理解が追いつかず放心状態で見つめていた。


「はっ・・・・・・」


 しかしこうしてはいられないと、すぐに我を取り戻す。

ドラディラは、その激しい怒りを絶やさないまま・・・・・・その狂気じみた視線であたしを睨みつけた。

続きます。

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