リベンジマッチ
続きです。
相手の出方を窺うが、ドラディラは仕掛けてこない。
それもそうだ。
前回の戦いで分かっている、ドラディラはあたしの出方を見てからその隙をつく形で応戦する。
ドラディラの剣聖との戦い方は必ず後手なのだ。
しかしこちらの動きを読むことで、その後手は後手でなくなる。
裏をかかれ、そしてドラディラの意のままに誘導されるのだ。
どうする・・・・・・?
この場合何が正しい・・・・・・?
この土壇場でやっと実際の戦い方に思考を巡らせる。
そして・・・・・・一番最初にあたしが仕掛けたときの、ドラディラの様子を思い出す。
あたしが最初にドラディラに型を仕掛けたとき、攻撃が掠ったのだ。
おそらく・・・・・・あたしがどの剣技を選択したか、それを確定させるまでの・・・・・・間。
ドラディラがペースを掌握する前に意表をつくことができればこちらのペースを作れるかもしれない。
そう・・・・・・こちとら、超攻撃的なコード“剣聖”なのだ。
だったら、それで攻め切る。
繰り出すのは連撃ではなく・・・・・・単発攻撃の型。
二撃目のない攻撃には動きを読むもクソもない。
単発の型を、矢継ぎ早に・・・・・・!!
「チッ・・・・・・テメェの考えてることなんざお見通しなんだよっ!!」
ドラディラに迫るあたしの斬撃、しかしその攻撃は容易く受け止められてしまった。
「くっ・・・・・・!」
ドラディラのペースは、あの日剣を交えたときからずっと続いていたのだ。
あのとき、ああいう風に完封された剣聖が、次はどんな手を選んでくるのか・・・・・・ドラディラは知っているのだ。
しかし、あたしだってあの時のままのあたしじゃない。
あたしはきっと・・・・・・今までドラディラが戦ってきた人と比べると、まだ“剣聖に染まりきっていない”。
経験値が少ない故の特徴だ。
だから、手だれの剣聖が収束する最適・・・・・・以外の動作を選べる。
防御に次いで、跳ね返るように迫ってくるドラディラの斬撃。
あたしの中の闘争本能が、それを剣技で迎え撃つように叫ぶ。
だから・・・・・・それに従わない。
剣聖だからって・・・・・・剣以外使わないわけじゃないのだ。
後退して回避したくなるのを我慢して、ドラディラの剣戟に飛び込んでいく。
そしてその刃をくぐるようにして・・・・・・。
「それで意表を突いたつもりか! その体勢から繰り出せる有効な型が! 俺に絞りきれないとでも思っ・・・・・・!!」
一体どんな攻撃が飛んでくると思っていたのかは分からないが、すっかりこっちを読み切ったつもりでいるドラディラに勢いのまま頭突きした。
あたしの頭がドラディラの無防備な腹に突き刺さり、それに呻き声が上がる。
実際にこの出方は想定できていなかったようで、驚くほどあっさりとこの一撃が決まってしまった。
流れが、あたしに傾く。
この瞬間より、ドラディラの積んできた経験、剣聖に対する知識が枷になるのだ。
「舐めやがって・・・・・・!」
ドラディラがあたしの肩を押して突き放す。
そうして距離を開けられながらも、あたしは既に次の攻撃に入っていた。
型を・・・・・・あたしの頭の中にも体の中にも記憶されていないはずの剣技をコードで呼び起こす。
ドラディラはあたしのその動作を見てニッと笑った。
それもそうだ。
ドラディラは嬉しいだろう。
あたしが選んだのが連撃の型なのだから。
この状況から繰り出せる型は一体何パターンあるのだろう。
あたしは知らないけど、ドラディラは知っているみたいだ。
一撃目は・・・・・・やはり受け止められ、続く二撃目も容易に躱される。
そして型が三撃目に入る前に・・・・・・あたしは剣の柄から手を離した。
剣技が中断され、予定調和の三撃目が繰り出されない。
あたしの体が型による鋭さを失い、代わりに型から解放される。
「な・・・・・・!」
あたしの“二止め”にドラディラがわかりやすく面食らう。
そうか、これもあんたは初めてか。
一瞬離した手で再び柄を握り、その開始位置からまた別の型を繰り出す。
ドラディラも流石にそれを見逃してはくれないが、それでも一瞬逡巡が発生する。
考慮すべき項目が増え、その対処に半自動に脳が働くのだ。
そしてそれは・・・・・・隙になり得る。
あたしが放った新たな斬撃は、ドラディラの胸を浅く斬る。
咄嗟の回避が間に合ってなんとか命中は免れたようだったけど、このタイミングのズレはここから更に大きくなる。
あたしが手数を重ねる度、攻め方を変える度・・・・・・ドラディラが段々と置いていかれる。
あたしに着いていけなくなる。
ドラディラの後手は、正真正銘の後手となった。
「ちく、しょう・・・・・・! ふざけっ・・・・・・!!」
ドラディラの表情から余裕が消える。
あたしは最初から余裕なんてなかったけど。
でも・・・・・・やっとここまで引きずり下ろした。
もう、お互いに・・・・・・なんのアドバンテージもないんだ。
だからあとは、真正面から殴り勝つ・・・・・・!!
剣と剣がぶつかり合う。
あたしは四肢が痛むたびにその苦痛を噛み殺し剣を振り抜き、ドラディラは憎々しげに二本の剣でそれを捌く。
「クソクソクソクソッ!! お前たちはいつもそうやって! 俺たちを踏み躙る! 馬鹿にして、見下して・・・・・・! 邪魔ばっかして! 俺たちがありきたりな幸せを掴むのを許さない!!」
「そんなの知らないよっ!!」
「返せよっ! カニバルを返せっ!!」
「お兄ちゃんを返してっ・・・・・・!!」
ドラディラが戦闘中にも関わらず、涙を溢れさせる。
悪いけど、あたしには・・・・・・それに同情してやることはできなかった。
「くっ・・・・・・ふぅ・・・・・・」
時間をかければかけるほど、あたしも疲弊していく。
ドラディラも感情の枷が外れて、どんどん荒々しくなっていく。
お互いに集中が乱れ、かすり傷が増えていく。
剣聖としての剣威のアドバンテージも、あたしの体のコンディションのせいで活きない。
ドラディラが二刀流なのも、地味にその防御を堅くした。
ほんの少しのきっかけがあれば、そこに攻め入ることができる。
逆にほんの少しのきっかけを与えてしまえば・・・・・・。
「ぐっ・・・・・・」
ドラディラの力強い一撃を受け止めた瞬間、左腕に鋭い痛みが走る。
治りかけの傷がパックリ開き、衣服に血液が染み込んでいくのを感じた。
今まで通り、その苦痛も無理矢理乗り越えようとするが・・・・・・指先が嫌に冷たい。
痺れとも違う、無茶をさせすぎたようで・・・・・・途端に感覚が希薄になっていった。
明瞭なのは筋肉の芯を走り抜け痛みだけ。
「死ね・・・・・・死ね死ね死ね死ねっ! 母さんみたいに、カニバルみたいにっ・・・・・・死ねぇ!!」
動きの鈍ったあたしに、ドラディラが一歩踏み込む。
二本の刃の切先をこちらに向け。
あたしの手は、まだ動いてくれない。
冷たい感触が、指先から全身に広がる。
呼吸が止まって、その瞬間を予見する。
ギラリと輝く、ドラディラの双刃。
世界から音が消え・・・・・・。
森の中、血飛沫が青空に向かって噴き上がった。
続きます。




