剣聖
続きです。
「ねぇ、本当に・・・・・・一人で行くの?」
「うん・・・・・・。お兄ちゃんがこんなことになったのは・・・・・・あたしのせいもあるから、絶対に死なせたりしない」
「でも・・・・・・」
わたしたちは、残されていたメッセージの通り・・・・・・慈光の泉に向かっていた。
けど、あくまでわたしとラヴィが着いていくのは途中まで。
最後まで着いていくことは許されない。
慈光の泉。
小規模な森の中にこんこんと湧き出る不思議な泉だ。
なんだか古い言い伝えみたいのがあるみたいだけど、わたしはよく知らない。
森ということで、視界も通らないし・・・・・・ドラディラの意表を突くこともできるかもしれないけど・・・・・・。
それはコムギが受け入れなかった。
万に一つのリスクも許容できなかったのだ。
たぶん・・・・・・ナエギを助けられないなら、そのまま自分も殺されてしまっても構わないとすら思っている。
本当ならギルドに協力を仰いで、この慈光の泉を包囲してしまうのがいいのだろうけど・・・・・・やっぱりそれについてもコムギは首を縦に振らなかった。
慈光の泉は、パシフィカからそう遠くない。
だから・・・・・・わたしに何か良い考えが浮かぶ前に、なんとかコムギを説得することができる前に・・・・・・もうその姿が見えて来てしまっていた。
ここに来るまでの道のりがあまりにも短すぎて、まだ話にケリはつかない。
けれども、コムギは視線で「あなたたちはここまで」とわたしたちを制した。
その揺るぎない覚悟を前に、気圧されるようにしてわたしたちの脚は止まってしまう。
そこから一人離れるように、コムギは前へ進む。
その背中に追い縋るようにラヴィが一歩を踏み出そうとして・・・・・・そしてそれを引っ込める。
その代わりに、ラヴィはコムギの背中に問いを投げかけた。
「コムギ・・・・・・勝算はあるの・・・・・・?」
ラヴィの言葉にコムギの肩がピクリと反応する。
そしてこちらへ振り返って笑った。
「あるに決まってるじゃん。なんてったって・・・・・・あたしは剣聖なんだから・・・・・・! 悪い奴ぶちのめして、あたしの鬱憤も晴らして・・・・・・今度こそ、お兄ちゃんにあたしが冒険者になるのを認めてもらうんだ! 結局さ・・・・・・ほんとはいつでも飛び出してって冒険者になれたのにさ、それでも・・・・・・あたしはお兄ちゃんの承認を欲しがってたんだ。なんだかんだでさ、信頼してたんだよ・・・・・・やっぱ」
心身に傷を負い、今は利き腕を動かせない剣士はどこか儚く笑う。
まるでそれが最後の言葉かのように・・・・・・すっきりとした表情で心の内をここに残していく。
一抹の物語が終わりに向かう。
こんなことになってしまって・・・・・・しかしその主人公は、夢見る少女から・・・・・・立派な剣士の姿に変わっていた。
コムギの背中が小さくなっていく。
森の緑色に吸い込まれるように、どんどん遠くなっていく。
「ラヴィ・・・・・・」
「・・・・・・大丈夫、きっと・・・・・・。それより、私たちは私たちにできることを考えよう。だって私たちはもう、あの兄妹の傍観者じゃないから。踏み込んだ責任は、必ず果たそう」
「・・・・・・うん!」
まず第一に、コムギを信じる。
そして・・・・・・わたしたちも、絶対にコムギを死なせない。
策らしい策はないけど、ここに残されたわたしたちにはまだ時間がある。
何か、コムギのためにできることがあるはずだ。
続きます。




