メッセージ
続きです。
翌日。
朝食とそれから諸々準備を済ませたわたしたちは・・・・・・。
「どう・・・・・・する?」
コムギを中心に、これからどうするかを考えていた。
もちろん、コムギには気の済むまでここで心身を休めてもらって構わない。
けど、それはそれとして、だ。
「あ、あたしは・・・・・・」
ちょっと詰め寄りすぎてしまったのか、コムギは下を向いて困った表情をする。
別に困らせたかったわけじゃないので、慌ててラヴィと「別に今すぐじゃなくていい」と騒ごうとしたら・・・・・・。
「あたしは・・・・・・とりあえず、もう・・・・・・お兄ちゃんには会ってみてもいいかなって、思う。うん・・・・・・会いたい」
コムギの答えは、もう決していた。
※ ※ ※
そう遠くない、ナエギのパン屋・・・・・・コムギの家を目指して三人で歩く。
コムギは、やっぱり外を歩くときはローブを身に纏いその肌を隠している。
怪我の調子でいうなら、まだ右腕は満足に扱えないみたいだけどそれ以外は概ねもう大丈夫みたいだ。
多少コムギに気を遣って、わたしとラヴィでコムギを挟んで並ぶ。
昨日とは違って時間も時間なので、行き交う人影は多く、それにコムギも多少のビクビクしている感じはあった。
「大丈夫そ・・・・・・?」
「・・・・・・だいじょぶ」
小声で耳元に語りかけると、コムギは進行方向を見つめたまま言葉だけで答えた。
気持ち急いで、パン屋を目指す。
進めば進むほど人は増えていき、それを感じる度にコムギは息苦しそうになっていった。
それにしても・・・・・・。
「妙だな・・・・・・ここら辺に用がある人なんてそういないと思うけど、やけに人が・・・・・・多い・・・・・・」
わたしの違和感を代弁するようにラヴィが呟く。
そうなのだ。
いつもの朝と比べると、不自然に通りに人が多い。
ギルドとか、商業施設とかが並ぶ中央通りならこのくらいむしろ人が少ないくらいなのだけれど、ここの道はそういう道じゃない。
この場所で生活する人が使う道だ。
それにしてはあまりにも人が多すぎる。
この不自然な状況に、ラヴィの表情が少し険しくなる。
「少し・・・・・・よくない予感がするね・・・・・・」
ラヴィはそう言って歩調を早める。
わたしとコムギも一、二歩遅れでそれに続いた。
結果的に、その予感は的中する。
「どういう・・・・・・こと・・・・・・?」
目の前の光景に、コムギが唖然とする。
パン屋の周りには人だかりができ、そこを出入りする衛兵が・・・・・・パッと見でも五人ほど。
護衛に貸し出してもらった人数より既に多い。
「すみません、ちょっと・・・・・・!」
ラヴィは眼前にある人だかりに一言そう言うと、その身を滑り込ませていく。
パン屋を目指して。
「す、すみません! すみません! ちょっとわたしたちも・・・・・・通して・・・・・・!」
コムギの手を引いて、わたしもラヴィが拓いた隙間を駆け抜ける。
ちょっとコムギには無茶だったかもしれないけど、コムギ自身何がどうなっているのか知りたいはずだ。
人の塊の出口を目指して進む際、いくつかの関連する言葉を断片的に耳にする。
「また、例の・・・・・・ほら、なんだったかしら? 指名手配犯・・・・・・」
「・・・・・・護衛が薬で眠らされて・・・・・・」
「わたし、中見ちゃったの・・・・・・もうすごい荒れちゃって・・・・・・やぁねぇ・・・・・・」
心配になってコムギをチラッと見るが、その瞳は波のように押し寄せる情報に翻弄され落ち着きなく揺れ動いていた。
とりあえず一旦落ち着かないとマズそうなので、一気に駆け抜ける。
そしてとうとう人だかりの熱から抜け出すと、衛兵の一人と言葉を交わしていたラヴィが丁度こちらを見た。
「ラヴィ!」
慌ててそちらに駆け寄ると、衛兵の視線がわたしたちを一瞥する。
そうすると何か納得したようで、軽く会釈して脇にはけた。
「えっと・・・・・・?」
状況が掴めずラヴィの顔を見ると、ラヴィは頷いて答える。
「関係者だって分かってもらえたから、私たちは特別中に入っていいって」
「ま、待って! 待ってよ・・・・・・これ、どういう・・・・・・こと?」
コムギが精神的な負担から息を切らしながら、震える声でラヴィに尋ねる。
ラヴィはそのコムギの肩に手を置き、呼吸が落ち着くのを待ってからゆっくり答えた。
「ナエギが、行方不明になった。たぶん・・・・・・十中八九、ドラディラだ・・・・・・」
「行方・・・・・・不明・・・・・・?」
コムギはまるでその言葉を初めて聞いた単語かのように辿々しく繰り返す。
それにラヴィはなんと答えたものか悩み、何度か出かかった言葉を止める。
最終的には・・・・・・。
「現状、ナエギ自身が見つかってない以上・・・・・・その安否についてはなんとも言えない。私とコーラルは・・・・・・これから中の様子をあらためようと思う、から・・・・・・コムギは・・・・・・待っていて」
言いづらそうに、真実のみを伝えた。
「コーラル、行こう・・・・・・」
「え・・・・・・うん・・・・・・」
ラヴィに呼ばれるまま、一緒に入り口のドアへ歩みを進める。
コムギの様子が気になって途中振り向くが、コムギはまだ諸々の情報の衝撃を受け止められないでいた。
ところが・・・・・・。
「待って・・・・・・。あたしも、行く・・・・・・。だって、あたしの家のことだもん。あたしの・・・・・・お兄ちゃんのことだもん。きっと・・・・・・あたしにしか分からないこともあるはずだから・・・・・・!」
恐怖と不安の入り混じった表情。
しかしその瞳は揺るぎなく、純粋な決意を湛えていた。
「分かった。一緒に行こ。いいよね、ラヴィ?」
「ああ、もちろん。実際、コムギが居れば心強い。・・・・・・ありがとうね」
ゆっくりと、しかし確かな足取りでコムギはわたしたちに追いつく。
そして、三人で・・・・・・店のドアの内側へ歩みを進めて行った。
「・・・・・・」
入ってすぐ目に入るのが、荒れに荒れた店の内装。
商品を小綺麗に並べていた棚は、今では見る影もなくめちゃくちゃに破壊されている。
床に落ちたテーブルクロスの端には血の染みが出来上がっていた。
他にも、床や壁に飛散したであろう血の跡が残っている。
コムギはその光景の直視に耐えかねて、視線を斜めに逸らした。
「酷い・・・・・・」
「争った形跡・・・・・・というよりは、ただ単純にめちゃくちゃにされたように見えるね・・・・・・」
そろりと歩きながら、ラヴィと共に何か手がかりが残されていないかを探る。
血の跡はあれど、致命傷の出血量には見えなかった。
もちろん血を流させずに命を奪う方法なんていくらでもあるだろうから、それがそのままナエギの生存を確定させるわけではないけれど。
その後、コムギの手も借りてこの部屋中をくまなくチェックしたけど・・・・・・結局何か新しいことが分かることはなかった。
最後に、わたしたちは“パンの木”を育てていた部屋へと立ち入る。
もちろん、わたしとラヴィは初めて入る場所だから・・・・・・事件以前と何かが変わっているかは分からなかった。
ただ、こちらは荒らされたりした形跡もないし・・・・・・単純にドラディラはここには入らなかったということなのだろう。
収穫は無し・・・・・・と、この部屋も出ようとする。
・・・・・・と、その時・・・・・・。
「待って・・・・・・!」
コムギがわたしたちを呼び止めた。
コムギはいくつかのパンの木の奥へ進み、そして一つの・・・・・・まだ若い木に手を触れた。
「何か・・・・・・見つけたの・・・・・・?」
わたしたちからしたら、なんの変哲もないただの木。
細い枝に、重そうに果実を実らせ・・・・・・。
「ん・・・・・・?」
ナエギのコードと、そしてこの部屋の用途を理解しているものにだけ伝わる違和感。
パンの栽培部屋であるはずのここに、果物が成る木がある。
それもまだ若い・・・・・・。
「これって・・・・・・」
わたしが確認するようにコムギに視線を送ると、コムギはわたしの目を見て頷いた。
「前はなかった木。きっと・・・・・・昨晩のうちに植えた種が、今育って・・・・・・実をつけてる」
「じゃあ・・・・・・!」
「これを・・・・・・ナエギは何らかの意図を持って植えたってわけだね」
ラヴィが、さっそくその答えを確かめるように果実を一つむしる。
そしてその果実には・・・・・・よく見ると小さな傷がついており・・・・・・。
「・・・・・・」
ラヴィがその傷を指で広げると・・・・・・柔らかな果肉から、小さな・・・・・・人差し指ほどの長さもない筒が出てきた。
「これは・・・・・・」
何らかの、容器だ。
ラヴィがその筒から中身を取り出すのを、コムギと一緒に固唾を飲んで見守る。
筒から摘み出されたそれを広げると・・・・・・それはナエギの・・・・・・いや、ドラディラのメッセージが残された一枚の紙だった。
『コムギ・イースト。お前の兄は生きている。助けたければ慈光の泉へ来い。そこでお前共々葬ってやる。くれぐれも“一人で”だ。誰か連れてくるようだったら・・・・・・俺はナエギを殺す。来なくても殺す。猶予は、今日の日没までだ』
罠・・・・・・ですらない。
どうあっても死という結末しか描かれていない。
ただまぁ・・・・・・一人で助けに来たら解放してやるなんて書いてあっても、どちらにせよそれを信じる者などいないから同じことか。
コムギは、その文章を見つめ唾を飲む。
こういったものを前にしたとき、コムギがどんな決断をするか・・・・・・それはあまりにも明らかだった。
「コムギ、ダメだよ。まだ時間はある。他に手を考えよう」
ラヴィが先手を打ってコムギを制するが・・・・・・コムギは、どうしようもなく真っ直ぐな目をしていた。
「コムギ・・・・・・!」
「ごめん、ラヴィ・・・・・・。コーラルも。でも・・・・・・」
コムギはローブを脱ぎ捨てて、実の成っていた枝を左手で折る。
「二人にはお世話になったけど、でも・・・・・・こればっかりは、二人の意見は聞けない。あたし・・・・・・剣聖として今度こそ、守りたいもの・・・・・・守ってみせる」
続きます。




