二人の夜
続きです。
月明かりがやけに明るく、心境のせいかそれがどこか不気味に感じる。
妙に空気を冷たく感じ、時折吹く風の音がいやに耳についた。
眠らせた護衛たちは・・・・・・申し訳ないが、今はうちの“パンの木”と一緒に眠ってもらっている。
それもこれも・・・・・・あのドラディラとかいう息の根を俺自身の手で止めるためだ。
本当にドラディラがやって来るのか。
来るとして、それは今日なのか。
何一つ定かではない。
が、それでも俺はこうして待っていた。
そして・・・・・・そうした期待に応えるように、突然ドアが開く。
無造作に開かれたそこから風が流れ込み、外の匂いがやってくる。
俺は会計机の裏に身を隠しているため、誰がやって来たのかを目視することはできない。
慣れない緊張感に心臓が早鐘を打つ。
それを鎮めるように、空気の匂いを吸い込んだ。
手のひらには、種。
カニバルを焼いたものと同じ、火の種と・・・・・・短い冒険者期間の残り物。
爆発や雷電、そういった“現象”を種に閉じ込めてある。
普通なら俺の種は木になり実をつけるまで一日の時間を要するが、無茶をすれば二度・・・・・・かなり無茶をすれば日に三度、瞬間的に成長させることができる。
カニバルを焼いたのもその技だ。
こちらが仕掛けられる有効な攻撃は三回。
ドラディラはあのとき、なんらかの経路で俺のコードを把握済みだったようだが、火を使ったときの反応を見るに全貌は把握していない。
とすれば、この回数制限も知らないと考えていいだろう。
コツ、コツ・・・・・・と、静かに足音が近づいてくる。
俺はとうとう意を決して・・・・・・暗闇の中、ぬっと立ち上がった。
俺の目が、初めて侵入者の姿を捉える。
そしてそいつはやはり・・・・・・。
「ドラディラ・・・・・・!」
忘れるはずもない、よりにもよって俺の妹を狙い澄ました犯罪者。
そいつはまだのうのうと、我が物顔でここまでやって来ていた。
ドラディラは俺の顔を見て一瞬驚くが、すぐに薄らと笑みを浮かべて舌打ちした。
「チッ・・・・・・ったく、なんだよ・・・・・・。お前もそのつもりかよ・・・・・・」
ドラディラのそばに、俺が燃やしたカニバルの姿はない。
妹を傷つけられた怒りと不甲斐なさに頭を支配されていたときは気づかなかったが、向こうも殺意は十分ということだ。
護衛の話でこのことを俺に気づかせてくれたラヴィには感謝しないと。
もっとも、この状況は彼女の意図したものではないだろうが。
「なぁよぉ・・・・・・ナエギ・イースト。俺と取り引きしないか?」
「は? するわけないだろ」
「くっ、ふふ・・・・・・そうか。そうだよなぁ・・・・・・俺ももう、そんなつもりなくなっちまったよ」
ドラディラは肩を揺すり、自嘲的に笑う。
そうして、浅いポケットから・・・・・・今まで何人の血を吸ってきたか定かではない剣を抜いた。
「・・・・・・!」
瞬間、俺から仕掛ける。
手には種。
カニバルのときは口に入れたが、わざわざそんなことをする必要もない。
体のどこかに触れれば、種はたちまちドラディラの血肉を土と水代わりに成長する。
会計机を飛び越え、種を掴んだ拳を携えドラディラに近づく。
ドラディラの反応は・・・・・・。
「自惚れんなよ、ガキが・・・・・・」
「なっ・・・・・・!?」
完全に俺の動きを捕捉していた。
一瞬でカタをつけるつもりで飛び出したため、急停止は間に合わない。
間合いに入らないように無理矢理進行方向を変えるが、ぶち当てるつもりだった手のひらが体に追いつかない。
重心移動で斜めに倒れるようにドラディラを避ける俺だが、種を握った拳は丁度ドラディラの胸の前だ。
どうする・・・・・・?
この一瞬の判断が明暗を分ける。
そして俺の判断は当然・・・・・・。
ここまで来たならいっそ・・・・・・この片腕を断ち切られようとも、この種をあいつに・・・・・・。
回避のために倒れかけていた体を、一歩踏み出して無理矢理立て直す。
そしてその低姿勢から、種を・・・・・・!
俺の手のひらがゆるく開き、闇を貫く。
ドラディラの剣は月光を剣身に湛え、静寂に閃いた。
腕に刃の触れる冷たい感触。
次に訪れるであろう痛みに備え、歯を食いしばる。
だがその前にこの種だけは・・・・・・。
「ぐっ・・・・・・!?」
しかし、次いで訪れる痛みは斬撃によるものではない。
斬られる痛みよりずっと鈍く、そして重く・・・・・・ドラディラの剣はその刃を寝かせた側面で、俺の腕を掬うように叩いていた。
衝撃で俺の手が跳ね上がる。
俺の肉と骨を通り抜けていなければ困る刃は、しかし俺の想定とは違う動きをしてみせた。
バラバラと、辺りに種の散らばる音がする。
俺にとっての唯一の武器は、無情にも俺の手のひらから離れた。
「くっそ・・・・・・!!」
種を失った拳を握り締める。
弾かれた衝撃に振り回されながらも、それを振り切るように再び拳を突き出す。
床を蹴って、飛び上がるように殴りかかる。
「はぁ・・・・・・」
が、ドラディラがため息と共に放った突きが鳩尾に沈み、俺の拳は勢いを失った。
「あ、う・・・・・・ぐ・・・・・・」
ドラディラの突きは、刃ではない。
柄頭による非致死性の一撃。
込み上げてくる嘔吐感と熱い痛みに耐えながら、再び震える拳を握り込む。
「く、そ・・・・・・」
だが、その拳に勢いなど乗らず、俺の脚からは徐々に力が抜け、ずるずると重力に引き下ろされるように膝をついた。
俺の拳は弱々しくドラディラの腰に触れ、何らダメージを与えることなく振り払われた。
かろうじて膝立ちを保っていた俺を、ドラディラの猛烈な蹴りが襲う。
「あーあー・・・・・・。ったくよぉ・・・・・・」
八つ当たりするように、つま先で、足の裏で力のままに俺を蹴りつける。
そのたびに肉のはぜるような衝撃が体を駆け巡り、骨の軋むような痛みが響く。
唇が裂け、口の中に血の味が広がる。
どこか商品棚が衝撃で壊れて倒れ、俺にぶつかる。
「こんなやつに・・・・・・こんなやつによ・・・・・・」
ドラディラは店をめちゃめちゃにしながら、すでに朦朧としつつある俺を蹴り続ける。
「こんなやつに、俺はっ・・・・・・!!」
一瞬の溜めの後放たれた蹴りが、側頭部にクリーンヒットする。
ドラディラの声は怒りの高まりに合わせて、だんだんと涙声に変わっていった。
「こんなやつに俺はカニバルを殺されたのかよ・・・・・・!!」
心底悔しそうに、苦しそうに吐き捨てながら、もはや指先一つ動かせない俺を蹴りつける。
ドラディラは泣く。
それだけのことを感じる心があるなら、どうしてそれを他人に当てはめられなかったのか。
いや・・・・・・それは俺にしても同じか・・・・・・。
「ふ、はは・・・・・・そう、だよ。お前、こんな弱いやつに・・・・・・弟を、殺されたんだ・・・・・・」
無様なドラディラを、さらに無様な俺が嘲笑う。
「・・・・・・っ!!」
瞬間、ドラディラは激しい怒りの表情を浮かべ、俺の頭を床に押し付けるように体重を乗せて踏みつけた。
もはや痛みを痛みとして認識できなくなった俺の脳は、その衝撃に激しく震え・・・・・・とうとう意識を保てなくなった。
続きます。




