三人の夜
続きです。
お風呂上がり、わたしが髪を拭きながら声のする方へ行くと、ご飯を食べた部屋でラヴィとコムギが話していた。
ラヴィは飲み物片手に立ったまま、コムギは座って水の注がれたコップを両手で抱えていた。
「それは・・・・・・?」
ラヴィがコムギの取り出した紙袋について尋ねる。
あの紙袋・・・・・・教会で渡されたのを見たけれども、わたしもなんなのかはよく分かっていなかった。
「あ、これは・・・・・・解熱剤と鎮痛剤で・・・・・・聖雨の効果がきれるとまた傷が痛みだして熱が出るだろうからって」
「ええ・・・・・・ほんとに教会出て大丈夫だったの?」
「まぁまぁ・・・・・・そんな気にするほどではないから・・・・・・」
そう言ってコムギはその錠剤を水で流し込む。
思い返せば、お風呂に入る前からコムギの顔がちょっとぽやーっとしてるなって思っていたけど、あれは熱のせいだったのかもしれない。
「うう、ちょっと罪悪感・・・・・・」
しれっと会話に合流しながら、わたしもコムギの隣に座る。
コムギは「気にしないで」と手振りするが、まぁそれでも多少なりとも申し訳なさは残るのだった。
コムギの包帯はわたしが入浴していた時に巻き直されたようで、痛々しい傷口は隠れている。
ただところどころで包帯の面積も減っているようで回復の兆候も見てとれた。
「それじゃ・・・・・・今度は私がお風呂入ってくるから・・・・・・コーラルはコムギの寝る場所整えといて」
「ふぅあ〜い」
あくびしながらラヴィの言葉に返事する。
ラヴィはそれに手を振って答えると、お風呂へ向かっていった。
さて、コムギの寝場所だ。
コムギの寝場所なのだが・・・・・・。
「どうする?」
「え・・・・・・どうするって?」
「んーとね・・・・・・」
この家には寝室と呼べる部屋はわたしの部屋とラヴィの部屋、その二つしかない。
つまるところ・・・・・・。
「わたしとラヴィと・・・・・・どっちと一緒に寝たい?」
「へっ!? 一緒に・・・・・・!?」
「いや、一人で寝るのは心細いかなぁって・・・・・・。別に一人なら一人でも構わないんだけどさ・・・・・・。うちベッド二つしかないから、その人数の配分っていうか・・・・・・」
「な、なるほど・・・・・・。そういう・・・・・・」
コムギはとりあえずは納得したようで頷く。
「えっと・・・・・・因みに、あたしが一人で寝るって言った場合は・・・・・・」
「まぁ・・・・・・わたしがラヴィと寝ることになるけど、普通に。別に、普段から一緒に寝たり寝なかったりしてるからコムギは気にしなくていいよ?」
そういうことを気にしているのかはさておき・・・・・・。
「そ・・・・・・それじゃあ・・・・・・」
コムギは言葉にする前に、何かを確認するかのような瞳でわたしを見る。
「?」
その意図を汲み取れぬまま、コムギの言葉の続きを待つ。
「それじゃあ・・・・・・あたしは・・・・・・」
・・・・・・。
・・・。
「どうしてこうなった・・・・・・?」
コムギの決定に疑問を抱かずにはいられない。
わたしとラヴィ、そしてコムギ・・・・・・の“三人”は同じベッドの中で三列になっていた。
いわゆる川の字というやつ、何故かわたしが真ん中だけど。
二人でも手狭なベッド。
三人なら当然より狭い。
両側から挟まれてるわたしが一番窮屈な気がした。
コムギは薄らと笑みを浮かべながら、天井を見上げて言う。
「こういうの・・・・・・ちょっと憧れてたんだよね。一つの寝具を共有して夜を過ごすなんて・・・・・・なんかすごい冒険者っぽい!」
「それって・・・・・・その、外でやるやつじゃないの?」
「だから・・・・・・その再現ってことで!」
コムギの冒険者への憧れには驚かされる。
普通こう・・・・・・一度痛い目を見たら懲りるというか、こうした憧れは挫かれるものかと思っていたのに・・・・・・。
冒険者になるということがどういう危険を伴うかを理解した上で、その憧れはまだ止まらないというのか。
ラヴィも、そのコムギの潰えることのない炎に気を引かれたのか、わたし越しにコムギの横顔を見ている。
そのラヴィの表情は・・・・・・どこか満足気というか、嬉しそうだった。
「んー・・・・・・せっかくのお泊まりだし、なんか夜更かし・・・・・・する?」
二人の嬉しそうついでに、ちょっとした提案をしてみる。
しかしラヴィはかろうじて枕元に灯していた明かりを消して、首を横に振った。
「いいや、コムギは体を休めないと。コーラルだって夜更かしするとなかなか起きないし・・・・・・。こういうときこそちゃんと休むものだよ」
「ちぇー・・・・・・」
ぶーたれつつも、明かりを消されるともう寝るスイッチが入ってしまう。
コムギは、体を横向きにしてそんなわたしとラヴィを見ていた。
窓から差し込む月明かりだけが、涼しげに部屋の中を照らす。
まぁベッドの中は暑いけど。
「二人って・・・・・・いつもこんな感じなの?」
コムギがゴソゴソとベッドの中で“丁度いい”姿勢を探しながらわたしたちに尋ねる。
「こんな感じって?」
「その・・・・・・なんか、なんていうの・・・・・・冒険者っぽくない感じ」
「ええ・・・・・・? 何それぇ・・・・・・?」
わたしも丁度収まりのいい姿勢を探して、狭いスペースの中でくねる。
どういうのなら冒険者っぽいってなるのだろう。
まぁわたし達にその・・・・・・風格みたいなものがないのは認めるけど。
コムギの方を向いたわたしの背中にぴったりとくっつくようにしてわたしと同じ方向を向いたラヴィが、コムギに尋ねる。
「ガッカリした? けど、私たちってこんなもんだよ。私たち以外だってそう・・・・・・冒険者なんて言っても、こうやって夜は普通に寝るし、家ではご飯食べて、お風呂入って・・・・・・そういう普通の生活をしてる」
「ううん・・・・・・ガッカリなんかはしない。あたしだって、こう・・・・・・のんびりするのは好きだし、ただ・・・・・・冒険者って、あたしからそんなに遠くなかったんだなって思っただけ。なんか、何をそんなに必死になってだんだっけって・・・・・・」
「ふふ、そうか・・・・・・」
わたしの首の後ろで、ラヴィが満足気に笑う。
息がかかるのがくすぐったかった。
抱き枕を抱えるみたいに、ラヴィの腕がわたしに絡められる。
同じように、脚も絡めてきた。
「ん・・・・・・ちょっと・・・・・・! 暑い!」
別にくっついて寝ること自体は珍しくないし、特別深い意味を持つわけじゃないのだが・・・・・・さすがに人の前だとなんだか恥ずかしい。
しかしわざわざ振り払おうとするのも、わたしが恥ずかしがってるのがラヴィに悟られるような気がしてできない。
わたしが言葉だけで抗議すると、ラヴィは子どもをあやすみたいにわたしの胸をポンポン一定のリズムで叩いてそれを鎮めようとした。
どうでもいいけど、ポンポンするのは普通背中だろう。
「二人って・・・・・・いつもこんな感じなの?」
「こ、これは違う・・・・・・!!」
「そう・・・・・・? 私たち大体いつもこんなだと思うけど?」
「あーあーあー! うるさいうるさい! もう寝る!!」
「一番うるさいのコーラルじゃん・・・・・・」
ぎゃーぎゃー言い合うわたしたちを見たコムギは、小さく笑った後「ふーん・・・・・・」っていう顔をする。
たぶんなんらかの誤解をしている表情だったが、それを否定すればするほど追い込まれるような気がしたので何も言えなかった。
「二人って・・・・・・いつもこんな感じなんだ・・・・・・」
三人で使うベッドは、その実際以上に暑く感じた。
続きます。




