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そして夜へ

続きです。

「えっと・・・・・・何かこう驚かそうとしてるのは察してたけど・・・・・・これはちょっと予想外だったな」

「へっへ〜・・・・・・流石に思いつかなかった・・・・・・っていうか、まだ無理だと思ってたでしょ〜」


 珍しくラヴィの意表をつくことができたので、帰って来たわたしを迎えてくれたラヴィに胸を張る。

ただラヴィはそれはそれとしてって感じで、わたしの隣にいる人物を見た。


「えっと・・・・・・本当に、無理させちゃってるとかではないよね?」

「あ、あたしなら・・・・・・だい、じょうぶ・・・・・・。自分で決めたことだし・・・・・・」


 わたしが連れて来たのは、他の誰でもないコムギ自身だった。

怪我自体はもうそこまで問題はないという話を聞いたとき、それならうちに来ないかと持ちかけていたのだ。

その答えを出すのに多少時間は要したみたいだけど、これはコムギの意思で間違いない。


 今のコムギは全身の傷を覆い隠すように、そしてコムギ自身の視界を狭めるように、目深にローブを身に纏っている。

一件以来男性恐怖症気味になっているから、できるだけ周りの人から意識を遠ざけるためだ。

それが功を奏した・・・・・・のか、コムギが頑張ったのかは定かではないが、結果的にここまで歩いて来られている。


「でも、どうして・・・・・・?」


 ラヴィがわたしにその意図を尋ねる。

わたしの考えとしては、至極単純だった。


「ほら、一人で居ると色々考えちゃうでしょ! だったらもうさ、わたしたちと一緒に夜を明かした方がこう・・・・・・いい感じかな〜って」

「は、はぁ・・・・・・なるほど・・・・・・」


 ラヴィ胸をわたしの単純さに呆れて頬を掻く。

でもコムギだって着いてくるって決めたんだから、わたしのこの考えに同意してるんだ。

どれだけ単純だろうが馬鹿っぽかろうが、もう着いて来てくれた時点で成功みたいなものだ。


「ま・・・・・・そういうことなら」


 ラヴィが苦笑いしつつも、ドアを開いたまま身を引いて通路を開ける。


「ようこそ、私と・・・・・・コーラルの家へ」


 ラヴィの声に応えて、わたしはコムギの・・・・・・まだ軽傷で済んでる方の左手を引いて玄関に入っていった。


※ ※ ※


 フミンとフキュウ。

二人は長らく肩を並べてパシフィカの門を守り続けてきた衛兵である。

たまたま同じ時間に同じ場所の番をすることが多かっただけの二人だが、そうして回数を重ねて来た二人はもはや・・・・・・阿吽でありイソギンチャクとクマノミであり目玉焼きと塩胡椒である。

二人で一つ。

積み重なった歳月の重みが、実は戦闘向けのコードでない二人に絶大な力を与えていた。


 人知れず平和を守る陰の功労者。

褒め称えられず、注目を浴びず・・・・・・されど二人は自身の仕事に誇りを持っていた。

「この街の平和は俺たちが支えているのだ」と。


 実際、それは嘘偽りではない。

いかに平和なパシフィカと言えど稀に魔物の襲撃に遭うこともある。

彼らはそんなとき、自らの力の及ばない圧倒的な魔物を前にしても膝をつくことなく、傷だらけになりながら門を守り抜いたのだ。

平和な街が平和であり続けられるのは彼らのおかげである。


 そんな二人に今回降りて来た任務は、あるパン屋の護衛である。

護衛対象はただの一人、店主のナエギ・イーストだ。


 フミンとフキュウの手にかかれば、たった一人の人間を守り切ればいいだけ・・・・・・こんなに簡単なことはない。

普通なら。


 しかしナエギ・イーストはこの街の平穏を乱そうとする黒い影・・・・・・指名手配犯ドラディラに命を狙われている・・・・・・可能性があるのだ。

二人はこの街の番人としてのプライドにかけて、指一本ナエギに触れさせるわけにはいかない。


 もっとも、普段からして全ての任務に全力を注ぐ彼らだが、今日はまた違った特別な緊張感があった。


「すみません、わざわざ・・・・・・」


 何やら妹が酷い目に遭ったらしいナエギは、店の中から出て来て二人に声をかける。


「今晩ずっとここを守っているのも大変でしょうから・・・・・・せめて体だけでも暖めていってください。スープを用意しましたから・・・・・・」

「いやはや、それはどうも・・・・・・」

「かたじけない・・・・・・」


 疲れた表情のナエギ。

二人は心身を疲弊させている護衛対象に気を遣わせてしまったことを申し訳なく思う。

そして、そんな健気なナエギの気持ちに応える術は一つだけ・・・・・・その厚意を受け入れることだ。


 二人は店内に案内され、そしてごく普通のパンを一つと・・・・・・季節の野菜を煮込んだシンプルなスープを差し出された。


 質素ではあるが・・・・・・いや、質素であるが故に、立ち昇る湯気と香りが骨身に染み込む。

体の細胞の一つ一つが歓喜するような、体の求める料理だ。


 食事においても、二人は阿吽の呼吸。

パンを口でむしるようにひとかじり、そして口内のパンの気泡の一つ一つに温度を染み渡らせるようにスープを流し込んだ。


 二人の喉を暖かなスープが流れていく。

その温度は心地よく胃に流れていき、その風味は舌先から全身に広がり血に乗って体内を流れる。

吸収され、染み渡っていく。


 二人は、同時に完食した。

そして・・・・・・。


「「ぐおぉ・・・・・・」」


 同時に・・・・・・その場に倒れ、寝息をたて始めた。

ごくごく平凡な彼らは、スープに仕込まれた睡眠薬に気づけなかったのだ。


 彼らの善悪を見分ける目は、曇っていたのだろうか?

否———彼らの瞳はしっかりとナエギを見ていた。


 先入観に瞳を濁らせることなく、ナエギをきちんと測れていたのだ。

であれば、何故こうも単純な手にかかってしまったのか。

それは・・・・・・ナエギは疑いようもなく“悪意を持っていなかった”からだ。


「悪いけど・・・・・・二人には眠っていてもらう・・・・・・」


 ナエギは暗くなり始めている窓の外を睨んで、一人呟いた。


「相手を殺したいと思ってるのが・・・・・・自分だけだと思うなよ、ドラディラ」

続きます。

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