お見舞い
続きです。
「眠って・・・・・・るんだよね?」
目を閉じてベッドに横になっているコムギに手を伸ばす。
そしてわたしの指先の影がコムギの瞼の上にかかった瞬間。
「誰っ・・・・・・!?」
「あうっ・・・・・・」
突然飛び起きたコムギに手のひらを叩かれてしまった。
親指の付け根がジンジンして、突然のことに痛いってよりかは驚いてしまう。
「えと・・・・・・ご、ごめん・・・・・・」
自分でもよく分かっていないまま謝ると、わたしの姿を捉えたコムギの瞳が少し震えた。
「え・・・・・・コー、ラル? なんで・・・・・・ていうかあたし・・・・・・その、ごめん・・・・・・」
「い、いや! いやいや! 今のはわたしが悪かったし、よく知らないままいきなり手近づけて・・・・・・そりゃびっくりするよね」
話しながら、遅まきながら気づく。
この過剰な反応は明らかになんらかのトラウマから来るもの。
そもそもこんなところに居る時点で、身体や心に傷を負っているのは間違いないのだから・・・・・・わたしは不用意に触れるべきじゃなかった。
コムギが起き上がったことで、その身体の状態も明らかになる。
わたしの手を払った左腕は肘から先が包帯で巻かれており、おそらく教会で着せられたであろう服の半袖からは同じように巻かれた包帯の端が少し覗けた。
右腕は完全に包帯で覆われており、その内側にはうねる聖樹の隆起が見てとれる。
それは・・・・・・少なくとも多少の欠損ないしは骨折があった証拠だ。
服の隙間から覗けた肩から胸にかけての位置も包帯で巻かれており、左胸の辺りはやや血が滲む。
他にも、きっともっとちゃんと見れば怪我はもっとたくさんあるのだろう。
それら傷の位置はこの部屋の壁にかけられていた衣服の破れとも一致する。
一応洗われたであろうそれは、土汚れや血の染みこそないが、もうとてもじゃないが服としては機能しないほどに引き裂かれていた。
見た感じ刃物とかで斬られたでもなく、力ずくで引きちぎられたかのような破れ方だ。
「えっと・・・・・・大丈夫そ?」
自分でも「大丈夫なわけないだろ」と思いながらコムギに尋ねる。
コムギは辛いのを誤魔化すように力なく笑い・・・・・・。
「あたしなら大丈夫・・・・・・」
と強がろうとしてから「ではないかな・・・・・・」と正直に続けた。
「ごめん・・・・・・そりゃそうだよね。その・・・・・・ナエギ、心配してたけど・・・・・・」
「・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・。あたし、昨日はお兄ちゃんに酷いこと言っちゃったかも・・・・・・」
「大丈夫だよ。ナエギはちゃんと分かってた。心配要らないよ。あいつ・・・・・・なんだかんだでちゃんとお兄ちゃんじゃん」
「・・・・・・そう、だね・・・・・・」
コムギは何かを悔いるように目を細める。
その瞳には複雑に折り重なった複数の感情が滲んでいた。
「ねぇ、その右手・・・・・・」
「・・・・・・たぶん、あたしが剣聖だから折られた。抵抗できないように。その後・・・・・・肩の肉も抉られたっていうか・・・・・・食べられちゃったから、今は自分の意思では動かせない」
「え、食べ・・・・・・」
言いかけて言葉を飲み込む。
たぶん、コムギはもうあんまり思い出したくないはずだし、その記憶を喚起するような言葉は避けるべきだろう。
わたしが来た手前、コムギも心配させまいとは振る舞っているが、やはりそうした努力では隠せないほどに疲弊していた。
再び、そろりそろりと恐る恐る手を伸ばす。
今度はコムギも来ると分かっていたし、それがわたしの手だと分かっていたから払うようなことはしなかった。
わたしの手は、そっとコムギの手のひらに触れ、それを包み込む。
それに意味があるかは分からないが、心なしかコムギは少し安堵した表情を見せてくれた気がした。
ただ、実際のところ・・・・・・それで安心するのはわたし。
今にも消えてしまいそうなほどに弱っているコムギに触れ、その体温を感じ、それでやっとこの世界にコムギを繋ぎ止められるような感じがするのだ。
「本当はね、もう身体は・・・・・・たぶんもういいの。治ったわけじゃないけど、ここに居なくていい。けど、まだ・・・・・・怖いんだ。あたし、知らなかった・・・・・・自分がこんなに臆病で、弱いだなんて・・・・・・」
「今からでもナエギ連れてこようか?」
「ううん、いい。ちょっと・・・・・・今は男の人全般に、なんとなく恐怖心があって・・・・・・もしまたパニックになったら・・・・・・お兄ちゃんに何言っちゃうか分かんないもん。まぁ・・・・・・会いたいは会いたいんだけどね・・・・・・」
「・・・・・・そっか。まぁこういうのは・・・・・・きっと急がない方がいいんだよ。知った風なこというけどさ、ナエギも待ってるから。コムギは安心して身体を休めるといいよ」
憔悴しきったコムギの心を癒すように、窓からは柔らかい日差しが差し込む。
多くは語らずとも、コムギがどういう目に遭ったのかは十分に察せられた。
今わたしにできることは多くない。
だから、ラヴィの真似事をして・・・・・・こうやってそばにいることしかできない。
わたしはラヴィみたいに人を気遣うのが上手じゃないけど。
でも、よく知ってる。
ラヴィがそうしてくれたように、ただこうしてそばにいるだけでも・・・・・・心に暖かいものが流れ込んでくるのだ。
まるでコムギのお姉ちゃんにでもなったかのような気分で、ちょっと頭を撫でてみる。
流石にやりすぎかなとも思ったけど、コムギはくすぐったそうにしながらもそれを受け入れていた。
コムギは泣かない。
落ち着いていて、今この時間は穏やかに過ごせている。
強い子だ、と・・・・・・そう思った。
続きます。




